Tornado Cash共同創設者の再審へ、米検察が10月実施を要請——オープンソース開発者の責任問う

米検察当局は3月10日、暗号資産ミキシングサービス「Tornado Cash(トルネード・キャッシュ)」の共同創設者であるローマン・ストーム氏の再審を請求した。

マンハッタン連邦検事のジェイ・クレイトン氏は、前回の公判で陪審員の意見が分かれた2つの罪状について、2026年10月の公判開始を求めている。

この裁判は、オープンソースのソフトウェア開発者が、その技術を悪用した第三者の行為に対してどこまで法的責任を負うべきかという、暗号資産業界全体のプライバシーと自由に関わる重要局面を迎えている。

米検察がTornado Cash共同創設者の再審を請求

米検察がTornado Cash共同創設者の再審を請求
米検察がTornado Cash共同創設者の再審を請求

ニューヨーク州マンハッタンの連邦検察当局は、キャサリン・ポルク・ファイラ連邦判事に宛てた書簡の中で、ローマン・ストーム氏の再審を正式に求めた。検察側は、2026年10月5日から12日の間に公判を開始し、約3週間の審理期間を見込んでいる。

ストーム氏は2025年8月の公判において、無許可の送金事業を運営した共謀罪で有罪評決を受けている。しかし、マネーロンダリングの共謀および制裁違反の共謀という、より重い2つの罪状については、陪審員の意見が一致せず「評決不能」となっていた。当時のETH価格は約2,044ドルで推移しており、市場は規制当局の動向を注視していた。

未決となった2つの罪状

今回、検察が再審を求めているのは、マネーロンダリングの共謀と国際緊急経済権限法(IEEPA)違反の共謀の2点だ。これらの罪状は、北朝鮮のハッカー集団「ラザルス(Lazarus Group)」による不正資金の洗浄を助けたという嫌疑に基づいている。

マネーロンダリングとは、犯罪で得た「汚れたお金」の出所を分からなくする行為を指す。

検察側は、ストーム氏がTornado Cashの仕組みを通じて、数億ドル規模の不正資金洗浄を意図的に放置、あるいは促進したと主張している。一方、弁護側はストーム氏が開発したコードはオープンソースであり、デプロイ(公開)後は彼自身のコントロール下にないことを一貫して強調してきた。

2026年10月の公判開始を目指す

検察側は早ければ2026年春(3月から5月)の再審準備が整っているとしたが、ストーム氏の弁護団がスケジュールの都合で2026年後半まで対応できないと回答したため、10月の設定を提案した形だ。

ストーム氏側は、現在係争中の無罪申し立て(Acquittal motion)が解決する前に公判期日を設定するのは時期尚早だと反論している。この申し立てに関する口頭弁論は4月初旬に行われる予定であり、その結果次第では再審の行方にも影響を与える可能性がある。

ローマン・ストーム氏の主張と開発者責任の議論

ローマン・ストーム氏の主張と開発者責任の議論
ローマン・ストーム氏の主張と開発者責任の議論

ストーム氏は検察の再審請求を受け、自身のX(旧Twitter)アカウントで強い危機感を表明した。同氏は、再審される2つの罪状で有罪となった場合、最大で禁錮40年の実刑判決を受ける可能性があると指摘している。

「コードを書いただけ」で禁錮40年のリスク

ストーム氏は「自分が制御していないプロトコルのために、そして一度も触れていない取引のために、オープンソースのコードを書いただけで40年の懲役を科せられようとしている」と訴えた。

オープンソースとは、ソフトウェアの設計図であるソースコードを無償で公開し、誰でも利用・改変できるようにすることを指す。

この主張は、技術そのものは中立であり、それを利用する個人の責任を開発者に転嫁すべきではないという、暗号資産コミュニティにおける「コードは言論である」という思想に基づいている。もし開発者がユーザーの行動すべてに責任を負わされることになれば、革新的な技術開発が阻害されるという懸念が広がっている。

非中央集権型プロトコルにおける「管理」の定義

Tornado Cashはスマートコントラクトによって自動で動作する。

スマートコントラクトとは、あらかじめ決められた条件が満たされると自動的に実行されるプログラムのことだ。

これは「自動販売機」に例えられる。一度設置すれば、開発者がその場にいなくても、コインを入れれば商品は自動で出てくる。ストーム氏は、一度ネットワーク上に放たれたプログラムは開発者の手を離れており、特定の取引を停止させるなどの介入は不可能であったと主張している。

しかし、検察側はストーム氏らがプロトコルのガバナンスに関与し、利益を得ていたことから、実質的な管理権限を有していたとみなしている。この「管理」の定義を巡る攻防が、再審の大きな焦点となる。

米政府内の相反する見解と規制環境の変化

米政府内の相反する見解と規制環境の変化
米政府内の相反する見解と規制環境の変化

興味深いことに、米政府内でも暗号資産ミキサーに対する見解は必ずしも一致していない。司法省(DOJ)が厳格な追及を続ける一方で、財務省などは一部の正当な利用を認める動きを見せている。

財務省によるミキサーの「正当な利用」容認

米財務省が今月議会に提出した報告書では、暗号資産ミキサーの「合法的な利用」が存在することが認められた。具体的には、消費者の購買習慣におけるプライバシーを維持したいという正当なニーズが挙げられている。

ミキサーとは、複数のユーザーの取引を混ぜ合わせることで、資金の出所を特定しにくくする技術だ。

これは「シュレッダー」に例えられる。機密書類を細かく裁断して他人のゴミと混ぜることで、元の情報を読み取れなくするようなものだ。財務省はこの技術が、単なる犯罪の隠蔽だけでなく、個人のプライバシー保護という観点からも有用であることを公的に認めたことになる。

DOJの「規制当局ではない」とする方針との矛盾

また、トランプ政権下の司法省において、トッド・ブランシュ副長官が「司法省はデジタル資産の規制当局ではない」とするメモを発行したことも注目されている。このメモでは、司法省がデジタル資産に対して独自の規制枠組みを押し付けるような訴訟や執行を行わない方針が示されていた。

ストーム氏はこの方針を引用し、「同じ国、同じ司法省でありながら、自分に対しては依然として厳しい追及が続いている」と矛盾を批判している。政府内での足並みの乱れは、ストーム氏の弁護側にとって有利な材料となる可能性がある。

暗号資産市場への影響とプライバシー技術の今後

暗号資産市場への影響とプライバシー技術の今後
暗号資産市場への影響とプライバシー技術の今後

Tornado Cash事件は、単なる一開発者の刑事裁判に留まらず、DeFi(分散型金融)全体の未来を占う試金石となっている。

開発者の萎縮効果とOSSコミュニティへの打撃

暗号資産推進団体「DeFi Education Fund」のリーガルチーフ、アマンダ・トゥミネリ氏は、今回の再審請求を「非常に失望すべきもの」と批判した。

トゥミネリ氏は、検察側が前回の公判でブロックチェーンの証拠分析に誤りがあったことや、無関係な証人を呼んだことなどを挙げ、検察の論理的な欠陥を指摘している。もしストーム氏が有罪となれば、米国内の多くのオープンソース開発者が法的リスクを恐れ、開発を断念したり、海外へ拠点を移したりする「萎縮効果」が生じると指摘されている。

規制と技術的プライバシーの共存

筆者の分析によれば、この裁判の核心は「技術の自律性」と「法的な管理責任」の衝突にある。非中央集権的なプロトコルは、特定の管理者がいないことを前提に設計されているが、既存の法体系は常に「責任を問える主体」を求めている。

つまり、技術が進化して「管理者がいない世界」を実現しようとしても、法律がそれを許容しないというパラドックスが生じているのだ。

今後は、プライバシーを保護しつつも、不正利用を検知・排除できる「コンプライアンス対応型プライバシー技術」の開発が加速するとの見方がある。ゼロ知識証明(ZKP)などの高度な暗号技術を用い、身元を明かさずに正当なユーザーであることを証明する仕組みが、規制との共存の鍵となるだろう。

この記事のポイント

  • 米検察はTornado Cashのローマン・ストーム氏に対し、未決の2罪状で2026年10月の再審を求めた。
  • ストーム氏は「コードを書いただけで最大40年の禁錮刑」に直面しており、開発者責任の範囲が問われている。
  • 米財務省はミキサーの正当な利用を認める報告書を出しており、司法省の強硬姿勢との矛盾が指摘されている。
  • 本裁判の結果は、今後のDeFi開発やプライバシー技術の普及に極めて大きな影響を及ぼすと見られる。

出典

  • Cointelegraph「US prosecutors seek Roman Storm retrial after mixed verdict」(2026年3月10日)
  • CourtListener「United States v. Storm – Letter from US Attorney Jay Clayton」(2026年3月9日)
  • X (formerly Twitter)「Roman Storm’s statement on retrial」(2026年3月10日)
  • X (formerly Twitter)「Amanda Tuminelli’s comments on DOJ decision」(2026年3月10日)
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