民主党のアダム・シフ上院議員が3月10日、戦争・暗殺・テロ関連の予測市場契約を禁止する法案を提出した。米商品先物取引委員会(CFTC)の監督下にあるプラットフォームが、こうした契約を上場することを明確に禁じる内容だ。最近の米イラン軍事衝突を巡るインサイダー取引の懸念が、規制強化の直接的な引き金となっている。
法案は「DEATH BETS Act」と名付けられた。商品取引法を改正し、戦争や個人の死に関連する契約を「禁止商品」として指定する。シフ議員は声明で、暴力事件から利益を得る市場は機密情報の悪用を誘発し、国家安全保障を脅かすと主張した。
DEATH BETS法案が目指す規制の具体像

提出された法案の条文は明確だ。CFTC規制下の取引所またはその他の執行施設が、「テロリズム、暗殺、戦争、またはこれらに類似する活動」、あるいは「個人の死」に関連する予測市場契約を上場、取引執行、またはその他の方法で扱うことを禁止する。
商品取引法への直接的な改正
法案は既存の商品取引法に新たな条項を追加する形を取る。これにより、規制の対象はCFTCが監督権限を持つすべての主体に及ぶ。具体的には、KalshiやPolymarketなど、CFTCから規制の枠組み内で運営を認められている予測市場プラットフォームが想定される。
予測市場とは、未来の出来事の結果についてユーザーが取引できるプラットフォームだ。「次の大統領は誰か」「政策は実行されるか」といった事象について、「Yes」または「No」の株式を購入する。結果が「Yes」なら1ドル、「No」なら0ドルで清算される仕組みで、市場価格はその事象が起こる確率として解釈される。
「死と暴力」を商品化することへの倫理的批判
シフ議員は声明で、この種の市場が「無法地帯」化していると批判した。「戦争や暗殺で利益を得ることを可能にする市場は、機密情報の悪用へのインセンティブを生み、国家安全保障を危険にさらし、暴力を助長する」と述べている。
この主張は、予測市場が単なる情報集約のツールを超え、倫理的に問題のある結果に対して経済的動機付けを与えるという懸念に基づく。個人の死亡時期を推測する市場などは、その極端な例として長く論争の的となってきた。
米イラン衝突が露呈したインサイダー取引の現実

今回の法案提出の直接的な背景には、2026年2月に発生した米国とイスラエルによるイランへの軍事攻撃がある。この事件を巡り、主要な予測市場プラットフォームで大規模な取引が行われ、インサイダー取引の疑いが強く浮上した。
攻撃直前に集中した100万ドルの賭け
ブロックチェーン分析プラットフォームLookonchainのデータによると、Polymarket上で「米国が2026年3月1日までにイランを攻撃するか」という契約に、6つの新規ウォレットが計100万ドルを投じた。これらのウォレットは全て2026年2月に作成され、テヘランでの爆発が最初に報告されるわずか数時間前に賭けを実行していた。
取引は全て「Yes」側への購入で統一されていた。結果として米軍の攻撃は実行され、これらのウォレットは投資額に対して大きな利益を獲得した。一連の取引のタイミングと集中度から、攻撃に関する事前情報に基づいたインサイダー取引の可能性が指摘された。
イスラエル当局による実際の逮捕劇
疑念は現実の捜査に発展した。2026年2月、イスラエル当局は、イスラエルによるイラン攻撃に関する秘密情報を利用してPolymarketでインサイダー取引を行った疑いで2名を逮捕・起訴した。当局の発表によれば、被疑者は軍事関係者またはその情報にアクセスできる立場にあったとされる。
これは、暗号資産ベースの予測市場でのインサイダー取引嫌疑で実際に逮捕者が発生した初めてのケースの一つだ。従来の金融市場と同様に、未公開の重要情報を用いた取引が刑事罰の対象となり得ることを示した。
予測市場を巡る米国規制の複雑な立ち位置

戦争関連契約の禁止法案は、米国における予測市場全体の法的位置づけが未だ不安定であることを浮き彫りにした。CFTCは伝統的に予測市場を「事象先物契約」として規制する方針を示してきたが、その範囲と限界は明確ではない。
CFTC監督下のプラットフォームと暗号ネイティブの違い
現在、米国で活動する予測市場は主に二つのカテゴリーに分かれる。一つはKalshiのように、CFTCから明確な免許または不作為の許可を得て運営されるプラットフォームだ。もう一つはPolymarketのように、ブロックチェーン上で運営され、暗号資産でのみ取引される「暗号ネイティブ」なプラットフォームである。
今回の法案は、前者のCFTC監督下にあるプラットフォームを直接の規制対象としている。しかし、後者の暗号ネイティブなプラットフォームへの影響は間接的だ。法案自体はこれらのプラットフォームを直接禁止しないが、規制の方向性を示すシグナルとして機能し、将来のより広範な規制の前兆となる可能性がある。
州レベルでの規制動向との連動
連邦議会の動きと並行して、州レベルでも予測市場への規制圧力が高まっている。2026年3月初旬、ネバダ州の裁判所は、KalshiとPolymarketに対し、同州住民へのサービス提供を停止するよう命じる判決を下した。州の賭博規制に違反する可能性が理由だ。
オハイオ州でも同様に、Kalshiがスポーツ賭博に関する訴訟で敗訴している。これらの州レベルの判決は、予測市場が「賭博」として規制されるリスクが現実的であることを示した。連邦法による規制が進まない場合、州ごとの規制のパッチワークが事業者にとって大きな障壁となるシナリオも考えられる。
予測市場の本質的価値と規制のバランス

戦争や暗殺に関する契約の禁止は、一見すると倫理的に当然の措置に見える。しかし、この規制は予測市場が持つ「情報集約メカニズム」としての公共的価値との間で、微妙なバランスを要求する問題をはらんでいる。
「邪悪な予測」と「有益な予測」の線引き
予測市場の支持者は、市場が分散化された知恵を集約する強力なツールであると主張する。多くの参加者が少額を賭けることで、専門家の意見よりも正確に未来の確率を予測できる場合がある。これは「事象先物」の理論的根拠だ。
問題は、どこまでが許容される「有益な予測」で、どこからが「邪悪な予測」となるかの線引きである。選挙結果や経済指標の予測は社会的に有用とされるが、個人の死亡やテロ攻撃の詳細は明らかに倫理の境界を越える。しかし、例えば「特定地域の紛争リスク」といった、やや抽象度の高い事象については判断が分かれる。
法案は「戦争、テロリズム、暗殺」を明確に禁止項目として列挙した。これにより、少なくとも最も明白なケースについては規制の曖昧さが解消される。しかし、「戦争」の定義や、経済制裁やサイバー攻撃などの「ハイブリッド戦争」が該当するかといった新たな解釈問題を生む可能性もある。
暗号資産の特性が生む監視と執行の難しさ
Polymarketのような暗号ネイティブなプラットフォームは、その非中央集権的な性質上、規制の執行が特に困難だ。プラットフォーム運営者が特定の契約の上場を禁止したとしても、スマートコントラクトを用いた完全に分散型の予測市場を誰でも構築できる。
スマートコントラクトとは、ブロックチェーン上で自動的に実行される契約のことで、一度デプロイされると運営者ですら停止が難しい。この技術的現実は、従来の金融規制の枠組みでは対応しきれない課題を提起している。法案がCFTC規制プラットフォームのみを対象としているのは、この執行の現実性を反映した側面もある。
今後の立法プロセスと市場への影響

DEATH BETS法案は現在、シフ議員が所属する上院農業・栄養・森林委員会に付託された。同委員会はCFTCの監督権限を持つため、自然な流れだ。しかし、法案が成立するまでにはいくつかのハードルが存在する。
委員会審議と可否の見通し
法案は民主党議員単独での提出であり、超党派の支持が得られるかは不透明だ。戦争や暗殺を題材にした賭けを禁止するというコンセプト自体には、共和党側にも賛同者がいる可能性はある。しかし、規制の範囲の広さや、CFTCの権限拡大に対する保守層の抵抗が障壁となる。
仮に委員会を通過したとしても、本会議での採択、下院での可決、大統領署名といったプロセスが必要だ。現時点では、法案がそのままの形で成立する可能性は低いとの見方が支配的である。しかし、この法案が議論のきっかけとなり、より現実的な規制案や、業界による自主規制の強化を促す可能性は高い。
予測市場業界への即時的影響と対応
法案提出のニュースは、主要な予測市場プラットフォームに即座に対応を迫った。Polymarketは、同プラットフォームでは既に個人の死亡や暴力行為を予測する契約は禁止していると表明した。しかし、「戦争」一般を定義し、それに該当する契約を全て排除する作業はより複雑だ。
業界関係者の間では、規制の明確化自体は歓迎する声もある。現在のグレーゾーンな状態は、事業者にとっても長期的なビジネス計画を立てにくい環境だからだ。ただし、規制が行き過ぎて、政治選挙や経済政策など社会的に有益な予測市場まで萎縮させることへの懸念も根強い。
この記事のポイント
- アダム・シフ上院議員が、戦争・暗殺・テロ関連の予測市場契約を禁止する「DEATH BETS法案」を提出した。CFTC監督下のプラットフォームが対象。
- 法案提出の直接的な背景は、2026年2月の米イラン軍事衝突を巡るPolymarketでのインサイダー取疑惑。攻撃直前に100万ドルの賭けが集中し、イスラエルでは実際に逮捕者も出た。
- 規制はCFTC免許プラットフォームに直接適用されるが、暗号ネイティブなプラットフォームへの影響は間接的。州レベルでも予測市場を賭博と見なす規制動向が強まっている。
- 法案の成立には上院委員会・本会議、下院での可決など多くのハードルがあり、現状のまま通る可能性は低い。しかし、規制議論の加速と業界の自主規制強化を促すシグナルとなる。
- 根本的な課題は、予測市場の「情報集約ツール」としての価値と、「死や暴力を商品化する」倫理的問題のバランス。技術的に執行が難しい分散型市場への対応も未解決だ。
出典
- Cointelegraph “US Senate bill targets prediction markets on war and assassinations” (2026年3月11日)
- Senator Adam Schiff, Press Release “Sen. Schiff Introduces Legislation to Explicitly Ban Death and War Prediction Contracts” (2026年3月10日)
- Lookonchain X (Twitter) Post (2026年3月)

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
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