米財務省、北朝鮮の8億ドル規模資金洗浄に関与したIT支援者を制裁対象に

米財務省外国資産管理局(OFAC)は3月12日、北朝鮮のIT労働者による不正な資金調達スキームを支援したとして、6名の個人と2つの団体を制裁対象に指定した。

これらのネットワークは2024年だけで約8億ドル(約1,200億円)の収益を上げ、北朝鮮の大量破壊兵器(WMD)および弾道ミサイル開発プログラムの資金源となっていた。

今回の措置は、北朝鮮が高度なITスキルを悪用して米国の雇用市場に浸透し、暗号資産(仮想通貨)を介して国際的な制裁を回避している実態を浮き彫りにしている。

巧妙化する北朝鮮のIT労働者スキームと暗号資産の役割

巧妙化する北朝鮮のIT労働者スキームと暗号資産の役割

北朝鮮は長年にわたり、国外に派遣したIT労働者を通じて外貨を稼ぎ出している。

彼らは身分を偽り、米国を含む世界各国のテクノロジー企業にリモートワーカーとして雇用される。

財務省の発表によると、これらの労働者はフリーランスのプラットフォームを利用し、高度な技術を要する開発案件を受注している。

ビットコイン(BTC)などの暗号資産は、このスキームにおいて資金洗浄の主要な手段として機能している。

ビットコインは現在、1BTCあたり71,847ドル付近で推移しており、その高い流動性と国境を越えた送金の容易さが悪用されている形だ。

不正雇用から資金洗浄までのプロセス

北朝鮮のIT労働者は、まず第三国の協力者を通じて偽造された身分証明書や履歴書を入手する。

これを用いて米国の企業に採用された後、給与を米ドルで受け取る。

その後、今回制裁対象となった「支援者」たちが、これらの給与を暗号資産に交換する役割を担う。

資金洗浄(マネーロンダリング)とは、犯罪で得た資金の出所を隠すために、複数の口座や資産を経由させる行為だ。

暗号資産に変換することで、従来の銀行システムによる監視を回避し、最終的に北朝鮮政権へと資金が送られる。

特定の支援者による250万ドルの洗浄実態

今回の制裁で名前が挙がったベトナム拠点のグエン・クアン・ベト(Nguyen Quang Viet)氏は、その象徴的な存在だ。

同氏は、ベトナムの「Quangvietdnbg International Services Company」のCEOを務めている。

2023年中盤から2025年中盤にかけて、北朝鮮労働者のために約250万ドル相当の資金を暗号資産に変換したとされる。

これには、すでに制裁対象となっている「Amnokgang Technology Development Company」に関連する労働者の収益も含まれていた。

制裁対象となった個人と団体の詳細

制裁対象となった個人と団体の詳細

OFACは、北朝鮮の核開発に関与する調達担当者や、資金洗浄を仲介する複数のネットワークを特定した。

制裁対象(SDN)リストとは、米国が指定するテロリストや犯罪組織のリストである。

このリストに掲載されると、米国内の資産が凍結され、米国人や米国企業との取引が一切禁止される。

ベトナム、ラオス、スペインに広がるネットワーク

制裁の対象は北朝鮮国内にとどまらず、ベトナム、ラオス、スペインにまで及んでいる。

ベトナム国籍のホアン・ヴァン・グエン(Hoang Van Nguyen)氏は、北朝鮮の核調達担当者であるキム・セウン氏を支援していた。

グエン氏は銀行口座の開設や暗号資産取引を代行し、2022年には20万ドル以上の偽造タバコ取引も仲介したという。

ラオスのボーテンを拠点とするユン・ソンクク(Yun Song Guk)氏は、北朝鮮IT労働者のグループを率いていた。

ユン氏に関連する2つのイーサリアム(ETH)アドレスも、新たに制裁対象としてリストに追加されている。

ブロックチェーン上の追跡と特定アドレスの公開

OFACは今回、複数のブロックチェーンネットワークにわたる暗号資産アドレスを公開した。

具体的には、イーサリアム(ETH)やトロン(TRON)のアドレスが複数含まれている。

イーサリアムとは、スマートコントラクト(自動契約)機能を持つ分散型プラットフォームである。

トロンは、高い処理速度と低い手数料を特徴とするブロックチェーンだ。

これらのアドレスを公開することで、暗号資産交換業者や金融機関が北朝鮮関連の資金流入を遮断することを狙っている。

北朝鮮によるサイバー攻撃の激化と被害額の推移

北朝鮮によるサイバー攻撃の激化と被害額の推移

北朝鮮に関連するサイバー犯罪は、近年かつてない規模に達している。

ブロックチェーン分析企業チェイナリシス(Chainalysis)の報告によると、2025年上半期だけで21.7億ドル以上の暗号資産が北朝鮮関連ハッカーにより盗まれた。

これは2024年通年の被害額をすでに上回る異常なペースである。

取引所Bybitからの15億ドル流出事件

2025年2月21日に発生した暗号資産取引所Bybitのハッキング事件は、過去最大級の被害をもたらした。

この事件では、約15億ドル相当のイーサリアム(ETH)がウォレットから不正に引き出された。

北朝鮮のハッカー集団は、盗み出した資金を「ミキサー」と呼ばれるサービスで洗浄する。

ミキサーとは、多数のユーザーの資金を混ぜ合わせることで、送金元と送金先の関係を分断し、追跡を困難にする技術だ。

国家規模で展開される「IT派遣」という新たな脅威

従来のハッキングによる「窃取」に加え、今回の制裁が示す「労働による収益」は、より検知が難しい。

企業は正規の業務委託として報酬を支払っているため、その資金が北朝鮮に流れていることに気づきにくい。

米政府は、リモートワークを採用する企業に対し、本人確認(KYC)の徹底を強く求めている。

独自分析:北朝鮮の資金調達戦略の転換と今後の展望

独自分析:北朝鮮の資金調達戦略の転換と今後の展望

今回の制裁は、北朝鮮が「ハッキング」から「潜伏型IT労働」へと戦略を多様化させていることを示唆している。

ハッキングは一度に多額の資金を得られるが、ブロックチェーン上の追跡が厳格化され、現金化のハードルが上がっている。

一方、IT労働者による収益は「給与」という形を取るため、既存の金融監視網をすり抜けやすい。

エコシステム全体に求められる「KYB」の重要性

暗号資産業界は、顧客確認(KYC)だけでなく、取引先の正当性を確認する「KYB(Know Your Business)」を強化する必要がある。

特に、ベトナムやラオスといった第三国の法人が仲介役となっている現状では、単一のアドレス追跡だけでは不十分だ。

企業は、採用プロセスにおいてビデオ通話による本人確認や、バックグラウンドチェックをより厳格化せざるを得なくなるだろう。

規制当局と民間企業の「いたちごっこ」は続く

OFACがアドレスを指定しても、北朝鮮側はすぐに新しいアドレスを生成し、活動を継続する。

しかし、今回のように実名や関連法人を特定し、制裁を課すことは、協力者に対する強力な抑止力となる。

暗号資産の匿名性と透明性という相反する性質を巡り、規制当局と北朝鮮の攻防は今後も激化の一途をたどると予想される。

この記事のポイント

  • 米財務省(OFAC)が、北朝鮮のIT労働者スキームを支援した6名・2団体を制裁対象に指定した。
  • 北朝鮮は2024年だけで約8億ドルの不正収益を上げ、武器開発の資金源としている。
  • 制裁対象にはベトナムやラオスの協力者が含まれ、250万ドルの資金洗浄に関与した事例も判明した。
  • 北朝鮮のサイバー犯罪は激化しており、2025年上半期の被害額は過去最高の21.7億ドルに達している。
  • 企業にはリモート採用における厳格な本人確認と、暗号資産取引の監視強化が求められている。

出典

  • The Block「US sanctions DPRK IT facilitators over crypto transactions in $800 million scheme」(2026年3月13日)
  • U.S. Department of the Treasury「Treasury Sanctions Facilitators of DPRK IT Worker Schemes」(2026年3月12日)
  • Chainalysis「North Korean Crypto Hacks Escalate in 2025」(2025年9月)
共有:

コメントする

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)