米証券取引委員会(SEC)は2026年3月12日、暗号資産プロジェクト「BitClout(ビットクラウト)」および「DeSo(ディーソー)」の創設者であるナダー・アルナジ氏に対する民事詐欺訴追を取り下げた。ニューヨーク連邦地方裁判所に提出された共同申立書によると、この棄却は「再提訴不可(with prejudice)」という条件付きであり、当局が同じ主張で再びアルナジ氏を訴えることはできない。
SECは当初、アルナジ氏が未登録証券の販売を通じて2億5,700万ドル(約380億円)以上を不正に調達し、そのうち700万ドル(約10億円)を私的に流用したと主張していた。しかし、今回の棄却により、約2年にわたる法廷闘争は事実上の全面勝利という形で幕を閉じた。
この決定は、トランプ政権下で進むSECの規制方針転換を象徴する動きの一つである。単なる登録不備の指摘に留まらず、詐欺という重大な容疑を伴うケースが「再提訴不可」で棄却されたことは、暗号資産業界にとって極めて重要な意味を持つ。
SECがナダー・アルナジ氏への訴追を完全棄却

SECが提出した書類によると、今回の棄却は「証拠記録の再評価」および「本件特有の事実と状況」に基づいている。SECは、アルナジ氏およびその家族を含む6人の救済被告(事件から不正な利益を得たとされる人物)全員に対する訴えを退けた。
ビットコイン(BTC)などの主要銘柄が堅調に推移する中、規制環境の変化が価格にも影響を与えている。BTCは一時70,685ドルを記録し、市場全体が規制緩和の動きを好感している状況だ。
今回の棄却で注目すべきは、SECが2025年1月に発足させた「暗号資産タスクフォース」の関与だ。マーク・T・ウエダ長官代行の下で設立された同組織は、デジタル資産に対する新たな規制枠組みの構築を進めている。今回の訴追取り下げは、過去の強硬な執行姿勢を修正し、より明確なルールに基づいたアプローチへ移行する過程で判断されたものとの見方が強い。
「再提訴不可」が意味する決定的な終結
法的手続きにおける「再提訴不可(with prejudice)」とは、その訴訟が完全に終了し、同一の事由で二度と裁判を起こせないことを意味する。これは通常の棄却よりも重い意味を持ち、被告側にとっては完全な潔白の証明に近い結果となる。
アルナジ氏側は今回の合意の一部として、政府に対する弁護士費用や経費の請求権を放棄した。また、SECおよびその職員に対する一切の請求も行わないことで合意している。これにより、双方が将来的な法的リスクを完全に排除した形となる。
BitCloutとDeSo:2億ドルを集めた分散型SNSの軌跡

ナダー・アルナジ氏は、Googleの元ソフトウェアエンジニアであり、かつてステーブルコインプロジェクト「Basis(ベイシス)」を率いた人物としても知られる。Basisは規制上の懸念から1億3,300万ドルの資金を投資家に返還して閉鎖されたが、その後に彼が手がけたのがBitCloutだった。
BitCloutは、個人の影響力をトークン化する「ソーシャル・トークン」という概念を導入した。著名人の名前を冠したトークンを売買できる仕組みは大きな話題を呼び、アンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)やセコイア・キャピタル、コインベース・ベンチャーズといった著名なVCから計2億ドルの出資を受けた。
匿名創設者「Diamondhands」の正体
当初、アルナジ氏は「Diamondhands」という仮名でBitCloutを運営していた。しかし、2021年9月に分散型ソーシャルブロックチェーン「DeSo(Decentralized Social)」の立ち上げと共に、自身の正体を明らかにした。
DeSoは、既存の中央集権的なSNSが抱えるデータ独占や検閲の問題を解決することを目指している。アルナジ氏は、DeSoを「コンテンツのための世界で唯一のブロックチェーン」と称し、その分散性を強調してきた。SECはこの「分散性」が偽りであり、実際にはアルナジ氏が中央集権的にコントロールしていたと主張していたが、今回の棄却によってその主張の法的根拠は失われたことになる。
2024年の提訴内容:未登録証券販売と700万ドルの流用疑惑

SECが2024年7月に起こした訴訟の内容は極めて深刻なものだった。主な争点は、ネイティブトークンである「BTCLT」の販売が未登録証券にあたるかどうか、そして投資家への虚偽の説明があったかどうかの2点だ。
訴状では、アルナジ氏が「資金は自分自身の報酬には使わない」と投資家に説明しながら、実際にはビバリーヒルズの大邸宅の賃料や家族への現金ギフトなど、私的な支出に700万ドル以上を充てたと指摘されていた。
証拠の解釈を巡る対立
アルナジ氏はこれらの疑惑に対し、一貫して無実を主張してきた。特に、SECが証拠として提示したプライベートなテキストメッセージについて、政府が文脈を無視して一部を切り取り、プロジェクトが真に分散化されていたことを示す後続のメッセージを意図的に除外したと反論していた。
また、アルナジ氏はSNSへの投稿を通じて、政府の調査によって自身のメールや文書が精査された結果、不正は見つからなかったと述べている。SECが主張した「被害者」とされる投資家についても、実際にはトークンの保有によって利益を得ており、自身を被害者だとは認識していないと指摘した。
刑事・民事ともに終結:アルナジ氏が主張する「無実」の根拠

今回のSECによる民事訴訟の棄却に先立ち、米司法省(DOJ)もアルナジ氏に対する刑事告発を取り下げている。ニューヨーク南地区連邦検察局は2025年2月、電信詐欺の容疑を理由を示さずに取り下げた。
DOJの棄却は「再提訴可能(without prejudice)」であったため、理論上は再起訴の可能性が残されていた。しかし、今回のSECによる「再提訴不可」での棄却により、民事・刑事の両面でアルナジ氏を追及する動きは事実上完全に停止したことになる。
アルナジ氏による勝利宣言
刑事訴追が取り下げられた後の2025年3月、アルナジ氏はX(旧Twitter)で自身の潔白を強く主張した。彼は、捜査当局が数百万件に及ぶ通信記録を精査したものの、詐欺や流用の証拠は一切見つからなかったと強調している。
アルナジ氏は、BitCloutおよびDeSoは最初から分散化を意図して設計されており、自分自身でもコンテンツの検閲やネットワークの停止は不可能であると説明した。この主張が、最終的に当局の判断を覆す要因になった可能性がある。
独自分析:規制当局の「一斉撤退」が示唆する市場の転換点

今回の事件は、単一のプロジェクトの勝利に留まらない。現在、米国ではSECによる暗号資産関連の訴訟が相次いで取り下げられている。コインベース、クラーケン、コンセンシス、リップルといった主要プレイヤーに対する訴訟の縮小や棄却が続いており、アルナジ氏のケースはその流れの延長線上にある。
しかし、他の多くのケースが「証券か否か」という法的定義を巡る争いだったのに対し、アルナジ氏のケースは「詐欺(Fraud)」という実害を伴う容疑が含まれていた点が特殊である。
詐欺容疑の棄却が持つ重み
政府が一度「詐欺」として訴えた案件を、しかも「再提訴不可」で取り下げることは異例だ。これは、SECの当初の主張が法廷で維持できないほど脆弱だったか、あるいは政治的な力学が働き、暗号資産セクター全体に対する「魔女狩り」的な執行を停止させる強い圧力がかかったことを示唆している。
つまり、これは「規制の明確化」というよりも、「過剰な執行の是正」が行われたと解釈すべきだ。投資家にとっては、プロジェクトの創設者が不当な法的圧力から解放され、開発に集中できる環境が整ったことはポジティブな材料となる。一方で、当局が一度振り上げた拳をここまで完全に下ろしたことは、過去の執行の妥当性に対する疑問を投げかける結果ともなっている。
分散型ソーシャルメディア(DeSo)の今後とこの記事のポイント

法的重圧から解放されたナダー・アルナジ氏は、今後もDeSoおよび関連プロジェクト「Focus」のサポートを継続する意向を表明している。彼は「DeSoはコンテンツのための世界で唯一のブロックチェーンであり、真に分散化されている」と改めて強調した。
暗号資産業界では、中央集権的なプラットフォームからの脱却が大きなテーマとなっている。今回の勝利により、DeSoのような分散型インフラが、規制の壁に阻まれることなく技術的な革新を追求できる前例が作られた。
この記事のポイント
- SECはBitClout創設者ナダー・アルナジ氏への民事詐欺訴追を「再提訴不可」で棄却した。
- アルナジ氏は2.5億ドルの未登録販売と700万ドルの私的流用を疑われていたが、法的争いは終結した。
- 刑事告発も既に司法省によって取り下げられており、アルナジ氏は完全に自由な身となった。
- 今回の棄却はトランプ政権下のSECによる規制方針転換を象徴する出来事である。
- アルナジ氏は今後もDeSoプロジェクトの推進を継続し、分散型SNSの普及を目指す。
出典
- The Block「SEC dismisses civil fraud case against BitClout, DeSo founder Nader Al-Naji with prejudice」(2026年3月14日)
- SEC.gov「Joint Stipulation of Dismissal with Prejudice – Nader Al-Naji」(2026年3月12日)
- X @nadertheory「Statement on DOJ Dismissal」(2025年3月)

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
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