Circle CEOが独断でのUSDC凍結を否定、ハッキング被害よりも法的手続きを優先する理由

世界第2位のシェアを誇るステーブルコイン「USDC」の発行元、Circle(サークル)社の姿勢が大きな議論を呼んでいる。同社のジェレミー・アレールCEOは、ハッキングなどの不正事案が発生した際、裁判所の命令や法執行機関からの具体的な指示がない限り、自らの判断でウォレットを凍結することはないと明言した。

この発言は、暗号資産(仮想通貨)業界で長年議論されてきた「中央集権的な発行体の責任」と「分散型金融(DeFi)の自律性」という対立軸に改めて光を当てるものだ。迅速な凍結を求める声がある一方で、企業の独断による介入がもたらすリスクを懸念する専門家も少なくない。

なぜCircle社は、目の前で数億ドルもの資金が盗まれている状況でも「待機」を選択するのか。その背景には、同社が目指す「伝統的金融システムとの融合」という巨大な戦略と、法治国家としてのルールを守るという強いこだわりがある。

Circle社が独断での凍結を行わない理由

Circle社が独断での凍結を行わない理由

韓国のソウルで開催された記者会見において、Circle社のジェレミー・アレールCEOはUSDCの運用方針について非常に明確な回答を示した。同氏によれば、USDCはリアルタイムでハッキングに介入するためのツールではなく、あくまで法的に規制された金融商品であるという立場だ。

法治国家のルールに従う姿勢

アレール氏は、Circle社には法律の下で果たすべき明確な義務があることを強調している。同社は法治主義に従っており、ウォレットの凍結などの措置は、法執行機関や裁判所からの指示があった場合にのみ実施される仕組みだ。これは、伝統的な銀行が疑わしい取引を検知しても、公的な命令なしに個人の口座を完全に封鎖することが難しいのと似ている。

暗号資産の世界では、スマートコントラクトによって資金が瞬時に移動するため、法的手続きを待っていては手遅れになるケースが多い。しかし、Circle社はそのスピード感よりも、法的なプロセスと監督を重視している。このアプローチは、同社が規制当局や既存の金融機関と密接に連携し、USDCを世界的な決済インフラとして定着させようとしている戦略の現れといえる。

伝統的金融システムとの融合

USDCは、米ドルと1対1で価値が連動するステーブルコインであり、その裏付け資産は米国の規制下にある金融機関で厳格に管理されている。アレール氏にとって、USDCは「インターネット上のドル」であり、その運用は恣意的であってはならない。ハッキングという緊急事態であっても、一企業の経営者が独断で他人の資産を差し押さえるような権限を持つべきではない、という考えが根底にあるようだ。

批判の的となった4億2,000万ドルの流出劇

批判の的となった4億2,000万ドルの流出劇

しかし、このようなCircle社の慎重な姿勢に対して、コミュニティからは厳しい批判の声が上がっている。特に、オンチェーンの不正資金を追跡する著名な調査官であるZachXBT氏は、Circle社の対応の遅さが被害を拡大させていると指摘している。

オンチェーン捜査官ZachXBTによる指摘

ZachXBT氏がX(旧Twitter)で公開した分析によると、2022年以降、Circle社が凍結を見送ったことで逃げ延びた不正資金は合計で4億2,000万ドル(約630億円)以上に上るという。同氏は、盗まれたUSDCが特定可能なウォレットに数時間、時には数日間も留まっていたにもかかわらず、Circle社が何のアクションも起こさなかった事例を複数挙げている。

具体的には、NomadやSwapNet、Cetusといったプロジェクトがハッキングを受けた際、犯人のウォレットにあるUSDCは放置され、最終的にミキシングサービスなどを通じて洗浄されてしまった。ZachXBT氏は、Circle社には技術的に凍結する能力があるにもかかわらず、それを使わないことはハッカーを助けているのと同じだと主張している。

競合Tether(USDT)との対照的な対応

批判が強まるもう一つの理由は、業界最大手のTether(テザー)社との対応の違いにある。Tether社は、ハッキングや不正利用が発覚すると、法執行機関からの正式な命令を待たずに、自主的な判断で数時間以内にUSDTを凍結することが多い。実際に、LedgerやRemitanoのハッキング事件では、Tether社が即座に犯人のアドレスをブラックリストに登録した一方で、同額程度のUSDCは凍結されずに移動し続けたという例が報告されている。

この対照的な姿勢は、ユーザーの安全を優先するTether社と、法的な手続きの正当性を優先するCircle社という、二つの異なる哲学を浮き彫りにしている。投資家にとっては、盗まれた資金がすぐに凍結されるTether社の方が安心感があるかもしれないが、一方で「一企業の判断で資産が凍結される」というリスクも孕んでいる。

Drift Protocol事件で見えたCircleの境界線

Drift Protocol事件で見えたCircleの境界線

最近の事例では、Drift Protocol(ドリフト・プロトコル)で発生したハッキング事件が大きな注目を集めた。この事件では、北朝鮮のハッカー集団が関与している可能性が浮上しており、総額で2億8,000万ドル(約420億円)相当の損失が発生している。

北朝鮮ハッカー集団の関与

事件の際、約2億3,000万ドル(約340億円)分のUSDCが数時間にわたって複数のチェーンをまたいで移動された。これほどの巨額資金が動いているにもかかわらず、Circle社が介入しなかったことに対し、批判が再燃した。北朝鮮のような国家レベルの脅威が関わっている場合、通常の法的手続きを待っていては、資金はすぐに兵器開発などの資金源へと変わってしまうからだ。

しかし、Circle社側は、たとえ相手が誰であっても「法的な根拠」が必要であるというスタンスを崩していない。これは、特定の国や団体を差別することなく、一貫したルールに基づいて運用されていることを証明するための、ある種の苦渋の決断とも取れる。もし一度でも「例外」を認めてしまえば、同社は世界中のあらゆるハッキングに対して、自らの判断で「誰が善で誰が悪か」を裁く裁判官の役割を演じなければならなくなるからだ。

迅速な凍結がもたらすDeFiの信頼崩壊というリスク

迅速な凍結がもたらすDeFiの信頼崩壊というリスク

Circle社の姿勢を支持する専門家も存在する。コロンビア・ビジネス・スクールの客員教授であるオミッド・マレカン氏は、発行体による独断的な凍結は、分散型金融(DeFi)の根本的な信頼を損なう可能性があると警鐘を鳴らしている。

コードは法なりの原則

暗号資産の世界には「Code is Law(コードは法なり)」という格言がある。これは、プログラムされたルール通りにシステムが動くことこそが信頼の源泉であるという考え方だ。もしステーブルコインの発行元が、法的な裏付けなしにいつでも特定のウォレットを凍結できるのであれば、それはもはや分散型システムではなく、ただの「デジタル銀行」に過ぎなくなってしまう。

企業の独断が招く中央集権化への懸念

マレカン氏は、法律を超えた範囲で発行体が恣意的に凍結や差し押さえを行えるようになれば、それは「法律が法律でなくなる」ことを意味すると指摘している。一企業の幹部が、自らの判断で誰の資産を凍結するかを決める権利を持つことは、極めて危険な中央集権化を招く恐れがある。DeFiのエコシステムにおいて、USDCのような基盤となる資産が予測不可能な形で凍結される可能性があることは、システム全体の安定性を揺るがしかねない。

Krakenで発生した恐喝事件と取引所のセキュリティ

Krakenで発生した恐喝事件と取引所のセキュリティ

ステーブルコインの凍結問題と並行して、暗号資産取引所のセキュリティ意識についても新たな動きがあった。大手取引所のKraken(クラーケン)は、犯罪グループから恐喝を受けていることを公表した。このグループは、Krakenの内部システムの動画を公開すると脅しているというが、同社はこれに屈しない姿勢を見せている。

Krakenによれば、今回の事件は外部からのハッキングによるシステム侵入ではなく、内部に関連した2件の不正アクセス事案が発端だという。影響を受けたのは約2,000アカウントのサポートデータに限定されており、ユーザーの資金が危険にさらされた事実はないと説明している。Krakenは法執行機関と協力しており、恐喝には一切応じない方針だ。

このKrakenの事例は、暗号資産業界が常に外部からの攻撃や内部リスクにさらされていることを示している。同時に、犯罪者に対して断固とした態度を取り、法的な枠組みの中で解決を目指す姿勢は、Circle社の「法治主義」とも共通する部分があるといえるだろう。安易な解決策(身代金の支払いや独断での凍結)を選ばず、長期的な信頼を守るための決断が、業界全体に求められている。

【独自分析】ステーブルコインに求められる中立性の正体

【独自分析】ステーブルコインに求められる中立性の正体

今回のCircle社の決断をどう評価すべきだろうか。筆者の見解としては、これはUSDCが「真の金融インフラ」へと脱皮するための避けて通れない試練であると考える。ハッキング被害を目の前にして動かないことは、短期的には「不誠実」や「無能」に見えるかもしれない。しかし、長期的な視点で見れば、一企業の裁量を排除し、法という客観的な基準に身を委ねることは、通貨としての中立性を確保するために不可欠な要素だ。

もしUSDCが、米ドルのデジタル版として世界中で使われることを目指すのであれば、その運用は特定の個人の正義感や感情に左右されてはならない。たとえそれが「悪」であっても、法的な手続きなしに資産を奪うことができないという「不自由さ」こそが、健全な金融システムにおける「自由」を担保しているともいえる。

一方で、ブロックチェーンのスピードに法的手続きが追いついていないという現実は重い。今後は、Circle社のような発行体に対し、法執行機関がいかに迅速に、かつ誤認のない凍結命令を出せるような仕組みを構築できるかが鍵となるだろう。技術(ブロックチェーン)と社会(法律)のギャップを埋めるのは、発行体の独断ではなく、制度の進化であるべきだ。

この記事のポイント

  • Circle社のジェレミー・アレールCEOは、裁判所の命令なしにUSDCを凍結しない方針を明言した。
  • 背景には法治主義の遵守と、伝統的金融システムに準拠した「中立な金融商品」としてのUSDCの地位確立がある。
  • オンチェーン捜査官ZachXBT氏は、この方針により2022年以降で4億2,000万ドル以上の不正資金が流出したと批判している。
  • Tether社が積極的に凍結を行うのに対し、Circle社は慎重な姿勢を保っており、業界内で哲学の対立が生じている。
  • 専門家からは、企業の独断による凍結はDeFiの信頼を損ない、中央集権化を招くリスクがあるとの指摘も出ている。
共有:

コメントする

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)