米銀行業界がステーブルコイン規制の遅延工作、銀行免許取得へ動くAgora

米議会で成立した画期的なステーブルコイン規制法「Genius Act」をめぐり、銀行業界と暗号資産企業の綱引きが激化している。

主要銀行グループは規制当局に対し、同法の完全施行を遅らせるよう圧力をかけ始めた。一方、暗号資産業界のAgoraは先週、連邦銀行免許の申請に踏み切り、真っ向から対抗する構えだ。

この記事では、米国金融のデジタルドル基盤をめぐる攻防を読み解く。規制の枠組み、銀行の本音、暗号企業の戦略を順にみていこう。

ステーブルコインとは何か、なぜ銀行と衝突するのか

ステーブルコインとは何か、なぜ銀行と衝突するのか

まず前提を整理しておこう。ステーブルコインとは、米ドルや円など法定通貨の価値に連動するよう設計された暗号資産だ。価格変動が激しいビットコインとは異なり、常に1ドル相当の価値を保つことで、支払いや送金手段として使える。

代表的なものとしてテザー(USDT)やUSDコイン(USDC)が挙げられる。時価総額は数千億ドル規模にまで成長し、もはや無視できない存在になった。

問題は、誰が発行し、どう監督するかだ。Genius Actはステーブルコイン発行者に対し、銀行と同等の規制を課す。具体的には連邦または州レベルの銀行免許を取得し、厳格な資本・流動性・消費者保護ルールに従うことを求める内容だ。

これが現行銀行には脅威に映る。なぜか。

銀行が恐れる「預金流出」のシナリオ

AgoraのCEO、Nick van Eck氏が指摘した核心は「預金の逃避(deposit flight)」だ。仕組みはこうである。銀行は顧客から預かったお金を運用し、利益を上げている。ところが預金者に支払う金利はごくわずか。対して米連邦準備制度理事会(FRB)に預ければはるかに高い利回りが得られる。この差額が銀行の稼ぎだ。

ステーブルコイン発行者が預金と同じように安全性を保ちつつ、この運用益の一部を利用者に還元できるようになれば、銀行にお金を預ける動機が薄れる。預金が一斉にステーブルコインへ流れれば、銀行のビジネスモデルは根底から揺らぐ。銀行業界が規制のスピードを落としたい真意は、まさにここにある。

銀行業界の遅延戦術とGenius Actをめぐる攻防

銀行業界の遅延戦術とGenius Actをめぐる攻防

米国の主要銀行団体は、規制当局に対しパブリックコメント期間の延長を要請した。法律の施行を急がず、時間をかけて影響を精査すべきだという理屈だ。

CoinDeskの記事でvan Eck氏は、この動きを「驚くにはあたらない」と一蹴している。Genius Actを「銀行史において最も重要な法律の一つ」と位置づけ、銀行側が事業モデルへのリスクを評価するため、今後1年ほどはあらゆる手段で引き延ばしを図るとの見方を示した。

法律がもたらす2つの未来

統一的な連邦規制の枠組みができれば、米国市場のイノベーションは加速し、ドルのグローバルなデジタル採用も進む。一方、銀行サイドの影響力が強まれば、規制は暗号企業の参入障壁を高める方向に傾くかもしれない。

Genius Actはステーブルコイン発行者に対し銀行としての業務を義務づける。これは暗号企業にとってはコスト増だが、きちんと免許を取得すれば正当な競争相手として認められる扉でもある。今後数カ月の規制当局の動き次第で、どちらに舵が切られるかが決まる。

Agoraの戦略、銀行免許で「デジタルドルの基盤」を狙う

Agoraの戦略、銀行免許で「デジタルドルの基盤」を狙う

こうした状況のなか、Agoraは先週、通貨監督庁(OCC)に対し全国信託銀行免許を申請した。年内の承認取得を目指すという。

信託銀行免許とは、預金を受け入れず、資産の管理や運用を専門に行う銀行形態のことだ。これが取得できれば、Agoraは連邦政府の直接監督のもとでステーブルコインを発行できる。州ごとに異なる規制に対応する必要がなくなり、事業のスケールに弾みがつく。

法定通貨と暗号資産の「架け橋」を安くする

van Eck氏が強調するのは、直接発行による手数料の圧縮効果だ。現在、ドルなどの法定通貨を暗号資産に交換する「オンランプ」、あるいはその逆の「オフランプ」では、複数の中間業者を介することで手数料がかさむ。

これはデジタルマネーの世界では「目に余る手数料(egregious fees)」だと同氏は指摘する。Agoraが自ら発行体となり、銀行インフラを内製化できれば、こうした中間コストの多くを削り落とせるわけだ。

ステーブルコイン覇権争いの行方

ステーブルコイン覇権争いの行方

Agoraの狙いは単なる発行体にとどまらない。将来的にはカストディ(資産保管)、コンプライアンス(法令順守)、そして金融インフラ全般へと事業を広げる計画だ。van Eck氏は「企業が気づかないうちにブロックチェーン上に移行している」状態を理想と語る。要は、ユーザーに技術を意識させず、自然にオンチェーン金融を浸透させる構想だ。

日本への示唆

この米国の構図は、日本市場を考える上でも示唆に富む。日本ではすでに資金決済法の改正により、銀行や信託会社がステーブルコインを発行できる制度が整った。しかし現状、発行はまだ始まっていない。

米国で銀行業界と暗号企業が正面からぶつかることで、規制の完成度やイノベーションの速度に影響が出る。日本もその結果を見ながら、自国のデジタル通貨戦略を微調整していくことになる。具体的な発行に踏み切るタイミングや、外資系ステーブルコインの受け入れルールなど、政策判断の重要な材料になるはずだ。

この記事のポイント

  • 米銀行業界はステーブルコイン規制法「Genius Act」の施行遅延を画策している
  • 最大の懸念材料は、準備金の運用益を還元するステーブルコインへの「預金流出」だ
  • 暗号企業Agoraは連邦銀行免許を申請し、規制下での直接発行を目指す
  • 統一された連邦規制の枠組みにより、デジタルドル基盤をめぐる競争が本格化する
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