英国の金融当局が、ブロックチェーン技術を活用した次世代金融システムへの本格的な移行を開始する。イングランド銀行(BOE)のサラ・ブリーデン金融安定担当副総裁が5月20日、ロンドンで開催されたシティ・ウィーク2026での講演で、ステーブルコイン規制の草案公表やトークン化預金の推進といった具体的なロードマップを示した。
その構想の中核にあるのは、複数の形態のデジタルマネーが共存し、競争しながら決済効率を飛躍的に高める「マルチマネー・システム」だ。従来の銀行預金に加え、トークン化預金や規制下のステーブルコイン、そして将来的には中央銀行デジタル通貨(CBDC)までが互換性を持つ、新しいお金のインフラを目指している。
この動きは、金融のデジタル化で先行する他国を意識したものでもある。日本でも同日、自民党がAIとブロックチェーンを軸とした次世代金融システムの構築方針を正式に発表しており、トークン化と安定したデジタル通貨を巡る国際的な制度設計競争が本格化していることが鮮明になった。
目指すのは「交換可能な複数のお金」が共存する世界

イングランド銀行が掲げるビジョンの出発点は、消費者向けの小口決済システムの抜本的な刷新にある。ブリーデン副総裁は講演で、将来の決済インフラについて「私たちが望むのは、堅牢な形態のマネー同士が競争し、人々に選択肢を提供するマルチマネー・システムだ」と明言した。
この構想で重要なのは、異なる発行主体のデジタルマネーが、技術的に壁なく交換できる「相互運用性」だ。現在の決済システムでは、異なる銀行間の送金に時間や手数料がかかることがある。共有台帳技術(複数の参加者で取引記録を共有する技術)を使えば、こうした仲介者の数を減らし、より安く早い送金が可能になる。
ブリーデン氏は、スマートコントラクト(あらかじめ決めた条件が満たされたら自動で実行される契約プログラム)の活用にも期待を示した。決済に条件や自動化の仕組みを組み込むことで、例えば「商品が到着したというデータが確認できたら自動的に代金を支払う」といった取引が一般消費者レベルでも実現しやすくなる、ということだ。
ステーブルコイン規制、来月に草案を公表

ビジョンを現実にするための最初の大きな一歩が、ステーブルコイン(法定通貨と価値が連動するよう設計された暗号資産)に対する本格的な規制枠組みの策定だ。ブリーデン副総裁は、いわゆる「システミック(金融システム全体に影響を与えうる)」なステーブルコインに関する規則の草案を来月にも公表し、2026年末までに最終化する計画を明らかにした。
イングランド銀行は、ステーブルコインの急速な普及がもたらす潜在的リスクに対しても、かなり具体的な警戒感を示している。副総裁の説明によれば、制度の初期段階では、発行可能なステーブルコインの総量に対して一時的な上限を設けることも辞さない構えだ。新技術を安全に取り込むための、文字通り「予防的」な安全装置という位置づけになる。
これは単なる規制強化ではない。銀行が発行する預金についても、トークン化技術の採用を積極的に促す方針が示されている。ブリーデン氏は「我々は今後も銀行がトークン化預金で革新を起こすことを期待している」と述べ、次世代の小口決済インフラを通じて、異なる銀行間でもトークン化預金を使った決済を可能にする考えを強調した。従来の決済網では「同じ銀行の顧客同士」でしかできなかったことが、銀行の枠を超えて可能になる未来を描いている。
大手16社が参加する「デジタル証券サンドボックス」

規制の青写真と並行して、すでに実証実験の場も動き出している。5月18日、イングランド銀行と英国の金融行為監視機構(FCA)は、トークン化プログラムに関する共同の意見公募を開始した。このプログラムの中核を担うのが、2024年に開始され2029年1月まで続く「デジタル証券サンドボックス(DSS)」だ。
サンドボックスとは、新しい技術やサービスを、一時的に規制の一部を緩和した安全な環境で試せる制度を指す。金融分野の実験場のようなものだ。DSSでは、企業がトークン化証券のための実際の取引所や決済システムを構築し、稼働させることが認められている。
ブリーデン副総裁が講演で明らかにしたところによると、2026年後半からこのサンドボックス上で事業を開始する準備を進めている企業は16社にのぼる。参加企業の顔ぶれには、国際的な証券決済機構であるユーロクリア、英国の銀行大手HSBC、そしてロンドン証券取引所グループといった名だたる金融機関が名を連ねている。単なる技術検証ではなく、実際の金融インフラがブロックチェーンへと移行する具体的な第一歩として、市場関係者の注目を集めている。
この動きに併せて、規制面での整合性も明確にされた。ブリーデン氏は、英国の銀行がトークン化資産に投資する場合の自己資本規制について、「法的な権利や内在するリスクが同一であれば、トークン化されていない同等の資産と同じ取り扱いを受ける」と説明。技術的な形態の違いで規制が厳しくなったり、緩くなったりすることはないという、現実的な線引きが示された形だ。
デジタル国債とCBDC、残る「デジタルポンド」の選択肢

イングランド銀行のトークン化戦略は、民間の決済手段の改革だけに留まらない。裏付けとなる資産そのものをデジタル化する試みも並行して進んでいる。
その代表例が、実証実験が行われている「デジタル・ギルト」構想だ。ギルトとは英国政府が発行する国債のことで、これをブロックチェーン上で発行・管理するパイロットプログラムを、BOEは引き続き支援していく方針を示した。安全資産である国債がデジタル化されれば、それを担保にした新たな金融商品や、24時間365日取引可能な国債市場といった応用が考えられる。
そしてもう一つの大きなテーマが、中央銀行自身が発行するデジタル通貨、すなわち「デジタルポンド」とも呼ばれるCBDC(Central Bank Digital Currency)の行方だ。ブリーデン副総裁は、プロジェクトの設計段階の結論を今年後半に発表することを明言した。ただし、現時点では発行の可否は決定しておらず、あくまで選択肢を精査し、国民や議会との議論に備える段階にある。
ブリーデン氏は講演の締めくくりで、「当局、政府、そして業界に課された課題は、英国の強固な基盤の上に成果を積み上げ、トークン化金融のエコシステムを深化させていることを示すことだ」と呼びかけた。
国際競争が加速、日本の自民党も同日に戦略発表

英国が描く「トークン化された金融の未来」は、もはや一国だけのビジョンではない。ブリーデン氏の講演と同じ5月20日、日本の自由民主党はAIとブロックチェーンを使った次世代金融システムの構築を国家戦略として正式に打ち出した。その中核に据えられたのも、トークン化、ステーブルコイン、そして自律的な商取引だ。
偶然の一致というには、両国の方向性はあまりにも似通っている。金融のデジタル化という巨大な潮流の中で、ルールとインフラをどれだけ早く自国に整備できるかが、次世代の国際金融センターとしての地位を左右する。英国の今回の発表は、受け身ではない、制度設計で主導権を握ろうとする明確な意思表示として受け止められている。
この記事のポイント
- イングランド銀行が、トークン化預金や規制下のステーブルコインが共存する「マルチマネー」の決済未来像を提示した
- 主要なステーブルコイン規制の草案が来月公表され、2026年末の最終化を目指す。発行量に一時的な上限が設けられる可能性もある
- デジタル証券サンドボックスにはHSBCやロンドン証券取引所など16社が参加し、2026年後半から実証実験が本格化する
- デジタル国債の実証やCBDCの設計も進行中で、国際的なデジタル金融インフラの制度設計競争が本格化している

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
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