ニューヨーク州最高裁判所が3万9069件の休眠ビットコインウォレットの所有権をめぐる訴訟を停止した。
7月14日に予定される法廷助言書の審理まで一切の手続きが差し止められ、原告側が狙っていた欠席判決への道が事実上ブロックされた格好だ。この訴訟は、州の遺失物法を暗号資産に適用しようとする前例のない試みとして、ビットコインコミュニティから強い関心を集めている。
訴訟の概要「ノア・ドウ事件」とは

問題の訴訟は「ABC Company、XYZ Company、Noah Doe対John Does 1-39,069」という形式で提起された。匿名の原告らは、ビットコイン分析プラットフォームTimechain Indexの創業者Sani氏が5月24日にXで投稿したことで広く知られるようになった。原告側の代理人はブルックリンに拠点を置くLewis & Lin LLCである。
この訴訟の根幹にあるのは、ニューヨーク州の遺失物法(Personal Property Law Article 7-B)だ。同法は、拾得物が法定期間内に本来の所有者によって請求されなかった場合、拾得者に所有権が移転しうると定めている。原告側はこの法律をデジタル資産に当てはめ、対象ウォレットの所有権を確立しようとしている。ただし、この法律がブロックチェーン上のデジタル資産に適用された前例はない。
Galaxy Researchの5月時点の推計によれば、対象の3万9069件のアドレスには約380万BTCが眠っているとされる。当時の換算レートで約2935億ドル(約44兆円)相当だが、現在の相場では約2340億ドル(約35兆円)規模だ。もっとも、原告自身は訴状の中で、資産回収の困難さや不確実性を理由に、各ウォレットの価値は10ドル未満とする匿名専門家の評価を引用している。
被告リストに含まれる注目アドレス
被告としてリスト化されたアドレスの中には、著名かつ物議を醸してきたものも含まれている。代表的なのが「1Feex」ウォレットだ。このアドレスは約8万BTCを保有しており、2011年のマウントゴックス(Mt. Gox)ハッキングとの関連が長年にわたり報じられてきた。
また、Galaxy Researchはリスト内にサトシ・ナカモト時代の「パトシ(Patoshi)」パターンに合致するアドレスが含まれていると指摘している。これらのアドレスはビットコインの創始者に関連づけられているものだ。原告の訴えが認められれば、ビットコインの歴史的なアドレス群の所有権が根本から覆される可能性があるとして、業界関係者の警戒感は強い。
裁判所の停止命令と今後のスケジュール

キャシー・J・キング判事は6月4日に理由提示命令に署名し、翌5日に正式に提出された。口頭弁論は7月14日午前10時30分、ニューヨーク郡裁判所で開かれる予定だ。
この停止命令は、原告側の宣言的判決請求に関する「一切の訴訟手続き」を審理まで差し止める内容である。注目すべき点として、キング判事は定型の差止文言から「および判断」の文言を削除した。つまりこの命令は、あくまでも7月14日の審理まで手続きを止めるものであり、最終判断が出るまで差し止めるわけではない。
また同日に出された別の判断で、キング判事は原告側が求めていた差止命令(インジャンクティブリリーフ)の申立てを無効とした。5月1日付で提出された第一次修正訴状を引用し、もはや審理の必要性がないと判断した格好だ。
法廷助言書が突きつける根本的疑問

訴訟手続きが停止される直接のきっかけとなったのが、ニューヨーク州弁護士のイアン・R・コーエン氏が提出した法廷助言書(アミカス・ブリーフ)である。コーエン氏は2010年からニューヨーク州で弁護士資格を持ち、自身もビットコインを自己管理するM&A専門の弁護士だ。5月29日に提出された26ページに及ぶ意見書は、原告側の法理論に真っ向から反論する内容である。
コーエン氏は、この訴訟の当事者を代理しておらず、結果に対して金銭的利害関係もないと明言している。つまり、純粋に法的主張として意見書を提出した形だ。
物理的占有と可視性の議論
コーエン氏の意見書がまず指摘するのは、遺失物法が想定する前提条件そのものの問題だ。同法は拾得者が有形物を物理的に占有し、証拠保管庫に預けられることを前提としている。ビットコインの秘密鍵やブロックチェーンアドレスは、定義上こうした物理的保管に馴染まない。
次に、これらのウォレットは一度も「遺失」や「隠匿」されたわけではないと主張する。むしろ「全世界に対して継続的に可視化されていた」状態にある。ノア・ドウのアルゴリズムは「発見」ではなく「データマイニング」に過ぎず、一度のアルゴリズム処理で3万9069件ものウォレットを一斉に請求する行為は「産業規模の資産特定」であり、遺失物法のいかなる条項も想定していないものだと断じている。
「放棄」ではなく「アクセス不能」
意見書の核心ともいえる論点は、ノア・ドウ自身の訴状の文言を逆手に取った反論だ。修正訴状の第27項には、ドウが「所有者が資金を引き出せなくなるデジタルウォレットのセキュリティ問題を特定した」と記載されている。
コーエン氏はここを鋭く突く。対象所有者がセキュリティ上の欠陥によって引き出せないのであれば、「取引不能な状態は自発的な放棄ではなく、アクセス手段の非自発的剥奪である」と論じるのだ。そして意見書は象徴的な一文でこの状況を描き出す。「10年間休眠していたウォレットで、秘密鍵が銀行の貸金庫に鋼板で保管されているものは、遺棄財産ではない。それは安全に保持されている財産だ」
国際的な管轄権リスク
1Feexアドレスに関する指摘も重い。このアドレスは日本で裁判所が任命した管財人によって進行中の民事再生手続きの対象であり、米国司法省による刑事没収の潜在的対象でもある。ニューヨーク州裁判所がこれらの資産の私的所有権を宣言すれば、並行する法的手続きとの衝突リスクが生じ、連邦法による優越や国際礼譲の原則に基づいて異議申立てを受ける可能性があると警告している。
秘密鍵なき判決の無力さ
さらにコーエン氏は、たとえ原告勝訴の判決が出ても実効性がないと指摘する。原告側は秘密鍵を保有していないからだ。「ビットコインネットワークの分散型アーキテクチャは、司法判断に対して構造的に無関心である」とコーエン氏は述べ、暗号資産コミュニティで広く知られる「Not your keys, not your coins(鍵を握らねば、コインは汝のものにあらず)」の格言を引き合いに出しつつ、これを原告自身に当てはめる。こうした宣言的判決が「取引所やカストディアン、機関投資家」に対して原告が強制力ある権利を持つと誤認させる可能性も懸念材料だ。
州議会がすでに出した答え
意見書は最後に、ニューヨーク州の放棄財産法(Abandoned Property Law)に言及する。州議会は2022年にこの法律を改正し、仮想通貨を明示的に対象に含めた。休眠状態の金融資産は私的請求者ではなく州会計監査官に帰属する枠組みがすでに整備されているのだ。コーエン氏の表現を借りれば、州議会は「休眠暗号資産の問題を直視し、それに答えた」のであり、Article 7-Bはその答えではないのである。
「グレート・ビットコイン・ダスティング」作戦

原告側がウォレットに対してとった手法も、裁判の特異性を際立たせている。訴状によれば、ノア・ドウは独自のアルゴリズムを用いてウォレットを特定した後、2024年12月から2025年4月にかけて、アドレスを記録したUSBドライブをニューヨーク市警の第17分署に複数回に分けて提出した。
その後、ブロックチェーンの専門家に指示し、各ウォレットアドレスにOP_RETURNメッセージを送信。このメッセージは、Salomon Brothers Strategic Advisors(旧ウォール街の名門投資銀行と名称を共有するが別組織とみられる)がホストする放棄通知ページへのリンクを含んでいた。この一連の作業は、Galaxy Researchによって「グレート・ビットコイン・ダスティング」と名づけられ、昨年10月に報じられている。約4万1000件のOP_RETURNメッセージが、総額約230万BTCを保有するウォレットに送信されたとされる。
Galaxy Researchのアナリスト、ザック・ポコーニー氏とウィル・オーウェンズ氏は、一部の初期P2PKアドレスへの配信失敗はあったものの、「この作戦を実行した人物はビットコインネットワークを深い技術レベルで理解しており、痕跡を隠蔽しつつ大量のアドレスにメッセージを届ける巧みな手段を講じている」と分析している。
コミュニティの反応とウォレットの動き

訴訟提起後、被告リストに含まれる複数の休眠ウォレットがオンチェーンで動きを見せている点が注目されている。Galaxy Researchの責任者アレックス・ソーン氏が6月6日に指摘したところによれば、被告アドレス番号37923が47.26BTC(現在の価格で約300万ドル相当)を移動させた。このウォレットの前回の活動は2011年6月17日まで遡る。
また6月2日には、同じく訴訟で名指しされた2011年3月以来休眠状態にあった別のウォレットが35.55BTC(約220万ドル相当)を移動させている。こうした動きが訴訟への直接的な反応なのか、それとも偶然なのかは定かでないが、少なくとも14年以上沈黙を守ってきたウォレット所有者の一部が、この法的動きを察知して行動を起こした可能性は指摘されている。
欠席判決戦略の行方

原告側の戦略は本質的に、欠席判決を狙ったものだった。3万9069件の被告ウォレットへの「送達」は、OP_RETURNメッセージとグローバルなプレスリリースによって行われた。原告側の理論からすれば、被告が法廷に現れないことが前提となっており、誰一人として異議を唱えなければ自動的に所有権が認められる道筋を描いていたことになる。
コーエン氏が法廷助言書を提出したことで、このシナリオは大きく揺らいだ。もし裁判所がコーエン氏をアミカス・キュリエ(裁判所の友)として認めれば、少なくとも一人の反対意見が手続きに参加することになる。原告側は7月7日までにコーエン氏の申立てに対する反論書面を提出する機会があるが、現時点では提出されていない。Lewis & Lin LLCはThe Blockのコメント要請に即座の回答をしていない。
この記事のポイント
- NY州最高裁が約3万9000件の休眠ビットコインウォレット所有権訴訟を7月14日の審理まで全面停止
- 弁護士が提出した法廷助言書が、遺失物法のデジタル資産への適用に根本的疑問を投げかける
- 「秘密鍵を保有しない原告に実効的権利はない」との指摘が訴訟の実効性を揺るがす
- 訴訟提起後に14年超の休眠ウォレットが動くなど、ビットコインコミュニティへの波及も顕在化

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
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