米証券取引委員会(SEC)が暗号資産業界にとって極めて重要な政策を準備している。ポール・アトキンス委員長の下、企業の株式などをブロックチェーン上でトークン化する「革新的免除」と呼ばれる制度だ。
ところがこの政策、業界が長年求めてきた「石に刻んだような」恒久的なルールにはならない公算が大きい。元SEC弁護士らは、証券法の適用を免除する権限は簡単には覆せないものの、当初は限定的かつ時限的な内容になると指摘する。
いわば、これは未来のグランドデザインを描く前の「実験場」を提供する動きだ。この記事では、SECの狙いと、この政策が持つ法的な「重み」の実態を、専門家の見解をもとに読み解いていく。
なぜSECは「恒久ルール」ではない道を選ぶのか

暗号資産業界にとって、明確で変更不可能なルールほど渇望されているものはない。しかし、SECが2026年3月にアトキンス委員長が予告した「トークン化証券の限定的な取引を認める革新的免除」は、そうした要望とは違う形をとりそうだ。
証券法の世界には、政策の「強度」に明確な階層がある。最も強固なのは、連邦議会が制定する法律だ。その次に位置するのが、SECが正式な手続きを踏んで定める「規則(ルール)」である。この規則作りには、草案の公表、パブリックコメントの募集、そのフィードバックを反映した修正案の作成など、通常12~18カ月を要する複数のステップが含まれる。
そして3番目に、今回SECが用いようとしている「免除(Exemptive Authority)」という権限がある。これは、特定の活動や事業者に対し、証券法の一部適用を一時的に外すことができる権限だ。過去にSECの執行部門でアシスタント・リージョナル・ディレクターを務めたチャールズ・ライリー氏は「最終目標は確実性を提供する法律か規則だ。革新的免除がそこへの一歩になり得るかが問題」と語る。
「免除」という中程度の権限を選んだ理由
SECのヘスター・パース委員はCoinDeskの取材に対し、「これは規則制定として行う必要はない。我々には日常的に使用している免除権限がある。規則としてもできるが、必ずしもそうしなければならないわけではない」と明言した。
背景には、既存の証券法が1930年代を基礎としており、暗号資産やブロックチェーン技術を具体的に想定していないという根本的な問題がある。K&Lゲイツの弁護士で、元SEC投資管理局の共同チーフカウンセルを務めたトロー・バートマン氏は「免除の道の方が委員会にとって理にかなうかもしれない。暗号資産はこれらのルールに従わなくてよいと宣言しているのであり、何らかの永続的な規則制定権限が得られるまでのつなぎだ」と解説する。
つまりSECは、法的な裏付けが不十分なまま性急に恒久ルールを作るリスクを避け、まずは限定的な実験の場を設けることで、データと経験を蓄積しようとしているわけだ。
トークン化とは何か? なぜ「革命」と呼ばれるのか

ここで、そもそも「トークン化(Tokenization)」とは何かを整理しておこう。トークン化とは、株式や債券、不動産といった伝統的な資産の所有権を、ブロックチェーン上のデジタルトークンとして表現することだ。
イメージとしては、紙の「株券」や「不動産登記簿」を、誰でも検証可能で改ざんが極めて困難なデジタル台帳に載せ替えるようなものだ。この技術が実現すれば、年中無休24時間の取引、仲介業者の排除、取引完了までの時間の大幅短縮といったメリットが期待されている。だからこそ、ウォール街の大企業も含め、金融業界全体が熱い視線を送っている。
「トークン化された証券」に伴う難題
技術的な夢は大きいが、法的なハードルも高い。SECは革新的免除を設計するにあたり、いくつかの難題に直面している。具体的には、発行体と無関係の第三者によって生成されたトークンの取り扱い、二次流通市場での購入者をどう特定するか、そしてトークンがいかにして議決権や配当を受け取る権利、投資家保護のための安全策を埋め込むか、といった問題群だ。
これらを一つひとつ解決していくには、机上の空論ではなく、実際のマーケットで限定的に動かしてみて生じる課題を観察するのが近道という判断が、SECの中で働いているものと考えられる。
政策は「歯磨き粉」 一度出したら戻せないのか

今回の免除政策の法的な「粘り強さ」について、元SEC職員である複数の弁護士はCoinDeskの取材に概ね同意した見解を示した。彼らによれば、このアプローチはSECの最強の権限ではないものの、一度導入された後で、次の政権がまったく異なる見解を持ったとしても、簡単に覆せるものではないという。
「歯磨き粉をチューブに戻すのは難しい」という英語の比喩がある。デジタル資産市場への参加が拡大し、経済的価値を生み出す新商品やサービスが一度定着し熟成されれば、それを破壊するような政策の撤回は、将来のSECにとっても政治的・経済的に大きな困難を伴う。
フォーリー・アンド・ラードナー法律事務所で暗号資産関連の業務を手がけるパトリック・ドーハティ氏は「将来の委員会が、『一度導入され熟成された新商品やサービスが生み出した経済的価値を破壊する』ような政策を覆すのは非常に難しいだろう」と述べる。
職員レベルの声明よりは重い「委員会決定」
SECの行動の重みを測る上で、もう一つ重要な分類がある。それは「委員会(Commission)としての決定」と「職員レベルの声明」の違いだ。
近年のSECは、ミームコイン、マイニング、カストディの定義など、多くの暗号資産関連の問題について、スタッフレベルの見解や声明で対応してきた。これらは委員会の正式な承認を経ていないため、数年後に新たな指導部が誕生すれば、比較的容易に一掃され得る軽量な政策だ。
その点、今回のトークン化免除は「委員会としての決定」となる見込みで、法的な重みは一段上だ。バートマン氏も「証券法の下では、ほぼすべての法律について、委員会が活動を免除する非常に広範な権限を持っている」と指摘する。
恒久性を求めるなら立法しかない

より根本的な解決策は、やはり連邦議会による新たな立法だ。アトキンス委員長自身も、2026年4月の業界イベントで「我々は本当に議会にこの分野で発言してもらう必要がある」と述べ、現行の法的基盤が1930年代に制定された法律であることの限界を認めている。
議会では「デジタル資産市場明確化法(Digital Asset Market Clarity Act)」のような新法が議論されてきたが、本稿執筆時点では可決の見通しは立っていない。こうした法律が成立すれば初めて、SECは「将来にわたって通用する枠組み」としての正式な規則制定に乗り出す強固な権限を得ることになる。
大手金融機関にとっての「リスク許容度」問題
ソロジェニックの最高法務責任者で、元SEC上級顧問のアシュリー・エバーソール氏はこう指摘する。「機関投資家や大手金融機関が本格的に参入するかどうかは、その企業のリスク許容度次第だ。暗号資産分野に参入したり、米国で特定の商品を提供したりするために一部のプレイヤーが要求する永続性を得るには、立法が唯一の道だ」
つまり、SECの免除政策は「お試し期間」としては有意義だが、本当の意味で金融の大波を開く水門となるには、議会が制定する法律という強力な後ろ盾が不可欠というわけだ。
今後の展望 「将来耐性のある」枠組みへの長い道のり

アトキンス委員長は2026年5月、より具体的な将来像についても言及し始めた。それは「将来耐性のある(future-proofed)枠組み」であり、「通知とコメントを経る正式な規則制定という形をとり、オンチェーン取引システムに適用される『取引所』の定義にも対処するもの」だと述べた。
しかし、そのような本格的な規則制定には前述の通り1年半もの時間を要し、さらに一度完成したルールを撤回するにも、長い手続きが必要となる。例えば、バイデン前政権時代の気候変動関連規則を撤回しようとしている現在のSECの動きは、そのたいへんさを如実に示している。
ドーハティ氏は「業界が規則制定を待つ間に経験する困難を考慮すれば、一時的な免除を与える方が堅実で、かつ実用的に覆すことが難しいというSECの判断がある」と分析する。結局のところ、これは「完璧を求めて動かない」より「まずは動かしながら完璧を目指す」という、極めて現実的な戦略選択なのだ。
この記事のポイント
- SECが準備するトークン化の「革新的免除」は、恒久的な規則ではなく時限的・限定的な措置となる見込み
- 既存の証券法に明確な権限がない中、まずは実験の場を設けてデータを蓄積するのが狙い
- 免除は委員会の正式決定であり、単なるスタッフ声明より法的に重いが、将来の政権交代でリセットされるリスクは残る
- 本当の恒久性を求めるなら、議会による新たな立法が必要であり、その成立までは道のりが長い

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
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