Googleが量子コンピューティングの新たな研究成果を科学誌Scienceに発表した。量子チップWillowが、量子計算に必要な特殊な状態を作る工程でエラーを約40分の1に削減した内容で、将来のビットコイン攻撃につながる技術要素がまた1つ前進した形だ。
研究が扱ったのは「マジック状態」と呼ばれる量子計算の燃料だ。検査通過時の精度は約99.99%に達した一方、生成の成功率は約8%にとどまり、本格的な実用化にはまだ距離がある。発表は2026年10月、Googleの研究チームによるものだ。
この成果が重要視される理由は、ビットコインの古いウォレットに対する量子攻撃の実現可能性を考える材料になるからだ。公開鍵が長年露出したままの資産は、攻撃者に時間的な余裕を与えやすい。量子脅威の最前線に立つ存在である。
GoogleのWillowチップが示した新たな進展

Googleが発表したWillowチップの実験結果は、量子計算の中でも「準備作業」に焦点を当てたものだ。量子コンピューターは計算の途中で特殊な状態を大量に消費する。この状態を作り出す工程のエラーが、実用化への大きな壁になっていた。
今回の実験では、検査を通過した状態の精度は約99.99%に到達した。ただし生成の成功率は約8%で、100回試みても使える状態を得られるのは8回程度だった。この数字は、技術がまだ研究段階にあることを示している。研究チームが用いた手法は「栽培」と呼ばれ、まず粗い状態を作り、エラーを検査して不良品を捨てる方式を取る。
マジック状態の生成精度が向上
マジック状態とは、量子コンピューターが特定の計算を実行するために必要な「燃料」にたとえられる。1回の計算で消費されるため、計算中は継続的に作り続けなくてはならない。この準備作業が、量子コンピューターの実用化に向けたボトルネックの1つとされてきた。
今回の成果は、従来よりも少ないハードウェアでクリーンな状態を生み出すことを狙ったものだ。実験の結果、検査を通過した状態は研究者が目標とした状態とほぼ一致した。研究者らは、より大きな規模でプロセスを動かすことや、生成した状態をより長い計算に投入しても有用性を保つことが次の課題だと指摘している。
攻撃コストへの直接的な影響
今回の成果は、ビットコインへの攻撃コストを直接40分の1にするものではない。Googleが2026年3月に発表した攻撃モデルでは、効率的なマジック状態の生成をすでに想定していた。今回の実験はその工学的なアプローチの一部を実際に検証した位置づけだ。
Googleの3月時点の推計では、モデル化された攻撃を実行するには、公開鍵が露出してから約9分間の計算中に、毎秒およそ50万個の高品質なマジック状態が必要になる。今回の成果はその供給を支える技術の土台を固めるものだが、攻撃コストの見積もりがさらに下がったわけではない。
古いビットコインほど狙われやすい理由

ビットコインのウォレットは秘密鍵と公開鍵のペアで構成される。秘密鍵は支出を承認するための暗証番号であり、公開鍵はその承認をネットワークが検証するために使う。通常、送金時に公開鍵がブロックチェーン上に記録される。利用形態によっては最初から公開されている場合もある。
量子コンピューターが十分に大型化すれば、ショアのアルゴリズムと呼ばれる数学的手法を使って、公開鍵から秘密鍵を逆算できるとされる。この手法は1994年に数学者ピーター・ショアが考案したが、現在まで実証には至っていない。理論上は秘密鍵を入手した攻撃者が、所有者になりすまして取引を承認できてしまう。
公開鍵の露出がリスクを決める
後のビットコインでは、所有者が支出するまで公開鍵をハッシュと呼ばれるデジタル指紋の背後に隠す方式が導入された。この方式では、攻撃者は公開鍵が露出するまで待たなくてはならない。しかも支払いに干渉できるよう、秘密鍵を素早く復元する必要が生じる。
一方、サトシ時代と呼ばれる初期のコインの中には、採掘された時点から公開鍵が露出しているものがある。攻撃者は時間のプレッシャーを受けずに、じっくりと計算できる。この時間的な猶予の差が、古いコインを量子攻撃の標的として際立たせている。
鍵を失ったコインの構造的な弱点
物理的な金庫に回復フレーズを保管していても、この攻撃は防げない。攻撃者はブロックチェーン上にすでに存在する公開鍵情報を使って計算するからだ。そもそも量子攻撃は、オフラインの保管場所を突破するのではなく、公開されている数学的な手がかりから逆算する。
さらに厄介なのは、鍵を失ったコインの存在だ。ビットコインは将来、より強力な支出保護の仕組みを導入できる。しかし既存の保有資産をその仕組みに移すには、いまの鍵が必要になる。鍵を失った所有者には、その移行ができない。
つまり、鍵を失った古いビットコインは、公開鍵だけが露出したまま永遠に保護強化の機会を失う。将来の量子攻撃者にとって格好の標的になり得る構造だ。この問題は技術の進歩だけでは解決できず、時間が経つほど深刻になる。
休眠コインの移動が相次ぐ
2026年に入り、長期間動いていなかったビットコインが相次いで移動した。10月7日には、2010年7月から動いていなかった100.02BTCが16年以上ぶりに動いた。時価は約850万ドル相当だった。
8月には、2011年から2014年にかけて休眠していた6つのウォレットが合計553.59BTCを移動し、当時の価値で約4,000万ドルに達した。ただ、これらの移動が量子脅威への直接的な反応だと断定はできない。ウォレットの変更、資産の整理、売却準備など、コインを動かす理由は様々だからだ。
マジック状態とは何か、なぜボトルネックなのか

量子コンピューターはキュービット(量子ビット)と呼ばれる単位で情報を扱う。キュービットは熱や振動、外部からの信号に極めて弱く、エラーが発生しやすい。キュービットの数を増やせば増やすほど、エラーの発生機会も増える。
エンジニアは多数の物理キュービットをグループ化し、エラーを検出・訂正する仕組みで対応する。信頼性を高めたそれぞれのグループは「論理量子ビット」と呼ばれ、より安定した計算単位として機能する。
量子ビットのエラーと論理量子ビット
論理量子ビットに特定の計算をさせるには、マジック状態という特別に準備された量子状態が燃料のように必要になる。使うたびに消費されるため、計算の間中、作り続けなければならない。マジック状態の生成に割かれるハードウェアは、他の計算作業には使えない。
この制約は量子コンピューターの設計に大きな影響を与える。計算の実行に使えるハードウェアの量は、マジック状態の供給にどれだけのリソースを割くかで左右されるからだ。準備作業の効率化は、実用化に向けた重要な研究課題となっている。
レストランの厨房にたとえると
この仕組みは、調理のたびに使い捨てのソースが必要なレストランに似ている。料理人が調理を続けるためには、別のスタッフが常に新鮮なソースを作り続けなくてはならない。量子コンピューターでも同じで、燃料の供給が滞れば計算全体が止まってしまう。
Googleが今回発表した栽培という手法は、まず粗い状態を作り、エラーを検査して不良品を捨てる方式を取る。従来よりも少ないハードウェアで、クリーンな状態を生み出すことを狙っている。実験では検査を通過した状態の精度は約99.99%だったが、試行のうち合格したのは約8%にとどまった。
次に残る課題
研究者らが挙げる次の課題は、より大きな規模でプロセスを動かすことだ。生成した状態をより長い計算に投入しても有用性を保つこと、リアルタイム操作を改良すること、より強力なエラー訂正環境へ移行することも必要になる。
成功率8%という数字は、実験室レベルでは画期的でも、実用には遠い。100回の試行のうち92回は捨てている計算になる。この歩留まりをどこまで改善できるかが、量子コンピューターの実用化時期を左右する要素の1つだ。
過去の研究とどうつながるか

量子コンピューターによる暗号資産への攻撃を巡る研究は、ここ数年で急速に進んでいる。Googleは2026年3月、特定のハードウェア条件下で、物理キュービット50万個未満の超伝導量子コンピューターがビットコインとイーサリアムのウォレット暗号を破る可能性があると試算した。
2026年9月には、研究者らが攻撃の核となる計算の作業量を約50%削減できると報告した。ただしこの研究は攻撃の一部を扱ったもので、攻撃全体や物理的なハードウェアの運用コストは計算に含まれていない。
攻撃コストを巡る研究の進展
これらの研究は、攻撃者が実行すべき計算量そのものを減らす方向の成果だ。今回のWillowチップの成果は、計算を実行している最中のマシンへの供給コストに焦点を当てた。いわば計算の量と計算を支える燃料の2つの側面を、それぞれ別の研究が前進させている構図になる。
ただし、それぞれの成果を単純に掛け合わせることはできない。3月のGoogleの試算には、効率的なマジック状態生成がすでに織り込まれていた。今回の実験はその工学的アプローチの実現可能性を検証したもので、攻撃コストの見積もりをさらに40分の1にするものではない。
それでも、複数の研究領域が同時に前進している点は見逃せない。キュービット数の拡大、アルゴリズムの効率化、準備作業の改善という3つの要素が揃えば、量子攻撃の実現時期は当初の想定よりも早まる可能性がある。
これはビットコインに限った話ではない。イーサリアムをはじめとする他の暗号資産も、同様の公開鍵暗号に依存している。量子脅威への対応は、暗号資産全体が共有する長期的な課題だ。
この記事のポイント
- GoogleのWillowチップが、量子計算の燃料となるマジック状態の生成エラーを約40分の1に削減した
- 検査通過時の精度は約99.99%だが、成功率は約8%で量産には課題が残る
- 公開鍵が長年露出している古いビットコインは、量子攻撃者に時間的猶予を与える
- 鍵を失ったコインは保護強化へ移行できず、構造的に弱い立場に置かれる
- 今回の成果は攻撃コストを直接40分の1にするものではなく、工学的土台を固めるものだ

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
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