AaveとCoW Swapが5000万ドルの損失事後報告書を公開、インフラ不全の連鎖が判明

2026年3月12日に発生した、5,040万ドル(約75億円)相当の暗号資産がわずか3万6,000ドル程度に激減したスワップ事案について、DeFi(分散型金融)大手のAaveとCoW Swapは3月15日、それぞれの調査結果をまとめた事後報告書(ポストモーテム)を公開した。

この事件は、あるユーザーがAaveのインターフェースを通じて、5,040万ドルのaEthUSDTをaEthAAVEに交換しようとした際に発生した。実行後の資産価値が99.9%以上減少したこの事例は、DeFiにおける実行損失としては史上最大級のものとされている。両者の報告書からは、単なる市場の流動性不足にとどまらない、インフラ側の複合的な不備が浮き彫りになった。

本記事では、公開された2つの報告書を基に、技術的な失敗の連鎖と、背後で暗躍したMEV(最大抽出可能価値)ボットの実態、そして今後の再発防止策について詳述する。

インフラ不全の連鎖:CoW Swapが明かす実行プロセスの内幕

インフラ不全の連鎖:CoW Swapが明かす実行プロセスの内幕

CoW Swapが公開した報告書によれば、今回の巨額損失は、複数のインフラ障害が重なった「コンパウンド・フェイラー(複合的失敗)」の結果だ。CoW Swapは、ユーザーに代わって「ソルバー」と呼ばれる第三者が最適な取引ルートを競り合う仕組みを採用しているが、このプロセスにおいて致命的なバグと不履行が発生した。

調査によれば、まず見積もり段階で、CoW Swapの検証システムが古いコードに制限されていたことが判明した。システムには1,200万ガスユニットというハードコードされた上限が設定されており、より良い価格を提供する複雑なルートが「ガス不足」として自動的に拒絶された。その結果、検証を通過した唯一の見積もりは、本来の価値の150〜200倍も悪い価格を提示した「ソルバーA」のものだった。

さらに、実行段階でも問題が続いた。より有利なルートを見つけた「ソルバーE」が2回連続でオークションに勝利したが、オンチェーンでの実行に失敗した。オンチェーンでのリバート(取引の差し戻し)も確認されておらず、取引自体が送信されなかった形だ。Solver Eが最終的に入札を放棄したことで、最も条件の悪いソルバーの注文が実行される結果となった。

プライベートメムプールからのデータ漏洩

CoW Swapの報告書は、取引データがプライベートメムプールから漏洩した可能性にも言及している。本来、プライベートRPCを通じて送信された取引は、ブロックに含まれるまで公開されないはずだが、Etherscan上には「30秒以内に確認」というタグが表示されていた。これは、ブロックに含まれる前に公共のメムプールで取引が観測されたことを示唆している。

この漏洩が、後に詳述するMEVボットによる大規模なバックラン(取引直後の利益確定)活動を誘発した可能性が高い。CoW Swap側はこの漏洩経路について現在も調査を継続中だとしている。

Aave側の見解と「Aave Shield」による再発防止策

Aave側の見解と「Aave Shield」による再発防止策

一方で、Aave側の報告書は、市場の流動性不足とユーザーの意思決定に焦点を当てている。調査によれば、今回の取引は最終的にSushiSwapのAAVE/WETHプールを経由したが、当時の同プールの流動性はわずか7万3,000ドル程度であった。5,000万ドルという巨額の資金を投じるには、あまりにも市場が細すぎたと言える。

Aaveは、自社のスワップウィジェットが「価格インパクトが非常に高い(99.9%)」という警告を表示していた事実を強調している。内部の監査ログによれば、ユーザーはモバイル端末からこの警告を確認し、「100%の価値を失う可能性がある」というチェックボックスを手動で承認していた。Aave側は、システムは設計通りに警告を発していたとの立場を崩していない。

新機能「Aave Shield」の導入

今回の事態を受け、Aaveは「Aave Shield」と呼ばれる新しい保護機能を導入すると発表した。この機能は、価格インパクトが25%を超えるスワップをデフォルトで自動的にブロックするものだ。ユーザーがどうしても取引を継続したい場合は、設定画面から手動でこの保護を無効にする必要がある。

Aave側は、チェックボックスによる警告だけでは、5,000万ドル規模の資産を守るには不十分であったことを認めている。今後はより強制力の強い制限を設けることで、同様の悲劇を防ぐ構えだ。

語られなかったMEVの影:3,400万ドルの利益はどこへ消えたか

語られなかったMEVの影:3,400万ドルの利益はどこへ消えたか

両者の報告書で詳細な記述が避けられたのが、この取引から巨額の利益を得たMEVボットの存在だ。オンチェーン分析データによれば、ブロックビルダーである「Titan Builder」がこの取引から約3,400万ドルのETHを抽出した。さらに、別のMEVボットがサンドイッチ攻撃を仕掛け、約990万ドルの利益を得たことが判明している。

MEV(Maximum Extractable Value)とは、マイナーやバリデーターがブロック内の取引順序を操作することで得られる利益を指す。今回のケースでは、ユーザーが極端に不利な条件を許容したことで、その「隙間」をボットが埋め、差額をほぼすべて収益として持ち去った形だ。

「MEV保護」の看板と現実の乖離

皮肉なことに、AaveとCoW Swapの提携は、もともと「フロントランニングやサンドイッチ攻撃からの保護」を大きな売り文句にしていた。CoW Swapのインテントベース(意図ベース)の実行モデルは、MEV耐性が高いとされていたが、今回のようなインフラの不全が重なると、その保護機能が完全に無効化されることが露呈した。

CoW Swapは報告書の中で、「技術的に正しい(警告を出した、承認を得た)ことが、我々が目指すべき天井であってはならない」と述べ、自己批判的な姿勢を見せている。保護機能が機能しなかった原因の一つである、古いガスリミットの制限については、すでに修正済みであると報告している。

ガバナンスの火種:手数料構造を巡るAave DAOの対立

ガバナンスの火種:手数料構造を巡るAave DAOの対立

この事件は、Aave DAO(分散型自律組織)内で進行していた別の論争にも油を注ぐ結果となった。それは、CoW Swapとの統合によって発生するスワップ手数料の帰属先を巡る問題だ。当初、Aave側は約60万ドルの手数料をユーザーに返還する意向を示していたが、今回の報告書では実際の手数料は11万368ドルであったと下方修正された。

この手数料(25ベーシスポイント)が、Aave DAOの財務に流れるべきか、それとも開発元であるAave Labsが管理するプライベートなアドレスに流れるべきかという議論は、2025年末から続いている。この対立は、主要なサービスプロバイダーであるAave Chan Initiativeの離脱を招くなど、プロトコルの統治体制を揺るがす事態に発展している。

プロトコルの私物化への懸念

一部のガバナンス参加者は、今回の誤スワップ事件が、開発側によるインフラ管理の不透明さを象徴していると批判している。手数料の帰属先が曖昧なまま、今回のような巨額の実行損失が発生したことは、DAOによる監督機能が十分に及んでいない可能性を示唆している。Aave LabsをDAOが吸収すべきだという「ポイズンピル(毒薬条項)」提案もなされており、組織のあり方そのものが問われている。

独自の分析:DeFiの「利便性」と「安全性」のジレンマ

独自の分析:DeFiの「利便性」と「安全性」のジレンマ

今回の事件を単なる「ユーザーの不注意」や「プログラムのバグ」として片付けるべきではない。ここには、DeFiが直面している「利便性の追求」と「安全性の確保」の深刻なジレンマがある。Aaveのような大手プロトコルは、ユーザー体験を簡素化するために複雑なルーティングを自動化しているが、その裏側にあるソルバーやオラクル、ガスリミットの設定といった「目に見えないインフラ」が、実は非常に脆いことが証明された。

特に注目すべきは、ソルバーモデルの限界だ。最適な価格を競わせる仕組みは、流動性が十分な市場では機能するが、今回のような異常値が発生した際、システムが「最悪の選択肢」を排除できずに実行まで至ってしまう点は致命的だ。検証システムが古いガス制限に縛られていたという事実は、急成長するDeFiエコシステムにおいて、メンテナンスの優先順位が追いついていない実態を物語っている。

著者の見解によれば、今後は「Aave Shield」のような強制的なガードレールが、すべてのDEX(分散型取引所)やレンディングプロトコルにおいて標準装備されるべきだろう。自由な取引を尊重するDeFiの理念と、今回のような壊滅的な損失を防ぐための制約。このバランスをどう取るかが、DeFiがメインストリームに普及するための最大の課題となるはずだ。

この記事のポイント

  • 5,040万ドルの損失:aEthUSDTをaEthAAVEに交換した際、99.9%以上の価値が消失するDeFi史上最大級の実行損失が発生した。
  • インフラの連鎖的失敗:CoW Swapのガスリミット制限による優良ルートの拒絶、ソルバーの実行不履行、メムプールからのデータ漏洩が重なった。
  • Aave Shieldの導入:25%以上の価格インパクトがある取引をデフォルトでブロックする新機能が、再発防止策として導入される。
  • MEVボットの暗躍:Titan BuilderなどのMEVボットが合計で4,000万ドル以上の利益をこの一件から抽出しており、MEV保護機能の限界が露呈した。

出典

  • The Block “Aave and CoW Swap publish dueling post-mortems after $50 million DeFi swap disaster” (2026年3月15日)
  • Aave X公式アカウント ポストモーテム投稿 (2026年3月15日)
  • CoW Swap X公式アカウント ポストモーテム投稿 (2026年3月15日)
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