Aaveで60億ドルの預金流出、Kelpハックが露呈させたLRT担保の構造的リスクと不良債権問題

DeFi(分散型金融)の巨人であるAave(アーベ)が、かつてない試練に直面している。2026年4月19日、Aaveの預かり資産を示すTVL(Total Value Locked)が、わずか1日のうちに巨額の流出を記録した。この衝撃的な事態の引き金となったのは、Aave自身の脆弱性ではなく、外部の再ステーキングプロトコルであるKelp DAO(ケルプ・ダオ)で発生したハッキング事件だった。

今回の事件は、現在のDeFi市場で主流となっている「LRT(液体再ステーキングトークン)」を担保に利用することの危うさを浮き彫りにした。複数のプロトコルが複雑に絡み合う現代のDeFiエコシステムにおいて、一つの歯車が狂うと、業界の「背骨」とされる巨大プロジェクトさえも連鎖的にダメージを受けることが証明された形だ。

本記事では、Kelp DAOのハックがどのようにしてAaveに波及したのか、そしてAaveが抱えることになった「不良債権」の正体と今後の影響について、最新の情報を基に整理していく。

Kelp DAOのブリッジハックがAaveを直撃した経緯

Kelp DAOのブリッジハックがAaveを直撃した経緯

事の始まりは、Kelp DAOが運用するブリッジ(異なるブロックチェーン間で資産を移動させる仕組み)への攻撃だった。CoinDeskの報道によれば、攻撃者はLayerZeroを利用したKelpのブリッジから、約11万6,500枚のrsETHを不正に引き出すことに成功した。これは当時の時価で約2億9,200万ドルに相当し、rsETHの総供給量の約18%を占める膨大な量だった。

盗まれたrsETHが「担保」として悪用される

ハッカーの巧妙な点は、盗んだトークンを単に売却するのではなく、Aave V3に持ち込んだことにある。攻撃者は盗み出したrsETHをAaveに担保として預け入れ、それを元手にWETH(ラップド・イーサリアム)を大量に借り出した。rsETHは、イーサリアムを再ステーキングした際の「預り証」のようなトークンであり、Aaveではこれを担保に他の資産を借りることが可能だった。

rsETH(Liquid Restaking Token / 液体再ステーキングトークン)とは、本来ステーキングされて動かせないはずの資産を、流動性を保ったまま運用できるようにしたトークンだ。身分証を預けて代わりに発行してもらった「仮のカード」で買い物をしているような状態をイメージするとわかりやすい。しかし、その身分証(裏付け資産)が盗まれてしまったことで、仮のカードの価値は事実上ゼロになった。

Aave V3におけるWETH借り入れの仕組み

Aaveのようなレンディングプロトコルでは、預け入れた担保の価値に応じて、一定割合の資産を借りることができる。攻撃者は、裏付けが消失したはずのrsETHを「正規の価値がある資産」としてAaveに認識させ、価値の安定したWETHを市場から吸い上げた。これにより、Aaveのプールからは本物の資産が流出し、代わりに価値を失ったrsETHだけが担保として残される結果となった。

数字で見る被害状況とAAVEトークンの急落

数字で見る被害状況とAAVEトークンの急落

事件の発覚後、市場は即座に反応した。DefiLlamaのデータによると、AaveのTVLは4月18日時点の約264億ドルから、翌日には約200億ドル付近まで急落した。わずか24時間足らずで約66億ドルもの資金がプロトコルから引き抜かれたことになる。これは、Aaveの支払能力に不安を感じた預金者たちが、一斉に資金を回収しようとした「取り付け騒ぎ」に近い状態だったと言える。

ガバナンストークンであるAAVEの価格も大きな打撃を受けた。発表直後から売りが先行し、AAVEは前日比で16%下落して92ドル付近で推移した。市場は、Aaveが負うことになった損失がトークンホルダーに転嫁されるリスクを警戒している。

TVL 60億ドル超の流出と市場のパニック

流出した66億ドルという数字は、DeFiの歴史の中でも最大級の規模だ。預金者が逃げ出した理由は、Aaveが「自分たちが作ったわけではない穴」を抱えてしまったことにある。Kelp DAOのブリッジハックという外部の事故により、Aaveの内部で担保と借入金のバランスが崩れ、システム全体に波及するリスクが生じたからだ。

AAVE価格の推移と連鎖清算の懸念

AAVE価格が92ドルまで落ち込んだことで、他のユーザーのポジションにも清算リスクが波及した。週末にかけて清算が相次ぎ、1日の手数料収入は約199万ドルまで跳ね上がった。これはプロトコルにとっては収益になるが、ユーザーにとっては強制的な資産売却を意味する。パニックがパニックを呼ぶ展開となり、DeFi市場全体のセンチメントを悪化させた。

「不良債権」1.9億ドルの行方とUmbrellaリザーブの役割

「不良債権」1.9億ドルの行方とUmbrellaリザーブの役割

現在、Aaveが最も頭を悩ませているのが、約1億9,600万ドルにのぼると推定される「不良債権(Bad Debt)」の処理だ。攻撃者がrsETHを担保に借りたWETHは返済される見込みがなく、残されたrsETHは裏付けを失って価値が暴落している。この差額が、そのままAaveの損失となる。

stkAAVEホルダーが損失を被る可能性

Aaveには、こうした不測の事態に備えた「Safety Module(セーフティモジュール)」という仕組みがある。AAVEトークンをステーキングしているユーザー(stkAAVEホルダー)の資産を、最大で一定割合まで切り崩して損失補填に充てるものだ。しかし、今回の約1億9,600万ドルという巨額の欠損を、現在のリザーブだけで完全にカバーできるかどうかは不透明だ。

当初、Aave側は「Umbrellaリザーブが赤字をカバーする」と説明していた。しかし、CoinDeskの記事によれば、その後「赤字を相殺するための道を模索する」という、より慎重な表現にトーンダウンしている。これは、損失の規模が想定以上に大きく、stkAAVEホルダーに直接的な痛みが及ぶ可能性を示唆している。

安全モジュールの限界と今後の対応

安全モジュールは、いわば保険のような役割を果たす。しかし、保険金(リザーブ)を上回る損害が発生した場合、誰がその差額を埋めるのかという問題が浮上する。Aaveの創設者であるスタニ・クレチョフ氏は、プロトコルのコントラクト自体に不備はなかったと強調しているが、外部トークンのリスク評価を誤ったという点では、ガバナンスの責任が問われることになるだろう。

LRT(液体再ステーキングトークン)が抱える構造的リスク

LRT(液体再ステーキングトークン)が抱える構造的リスク

今回の事件で浮き彫りになったのは、LRTという新しい金融商品の危うさだ。LRTは、イーサリアムのステーキング報酬に加えて、EigenLayer(アイゼンレイヤー)などの再ステーキングによる追加報酬を得られるため、投資家の間で急速に普及した。しかし、その利便性の裏には、複雑な依存関係が隠れている。

外部ブリッジへの依存という盲点

rsETHのようなLRTは、複数のチェーンで利用されることが多い。そのため、各チェーン間で資産を移動させるための「ブリッジ」が不可欠となる。今回、Aaveが直接関与していないKelpのブリッジが攻撃されたことで、Aave内の担保価値がゼロになるという事態が発生した。これは、どんなにAave自体のセキュリティが強固であっても、担保に採用したトークンの「運搬経路(ブリッジ)」が弱ければ、システム全体が崩壊し得ることを意味している。

リスクモデルの再考が迫られるDeFi業界

これまでのリスクモデルは、トークンの価格変動や流動性を中心に設計されていた。しかし、「担保の裏付け資産がブリッジ経由で盗まれる」というシナリオは、十分に織り込まれていなかったと言わざるを得ない。週末の深夜に、自分たちが触れてもいないチェーンのブリッジがハックされ、その結果として預金が危険にさらされる。このような連鎖的なリスクをどう評価し、制限をかけるべきかが、今後のDeFi業界の大きな課題となるだろう。

独自分析、DeFiの「背骨」が揺らいだ意味と今後の展望

独自分析、DeFiの「背骨」が揺らいだ意味と今後の展望

Aaveは、DeFiの世界において「銀行」のような役割を果たしている。多くの新しいプロジェクトがAaveのコードをコピー(フォーク)して作られており、トレーダーのAltcoin Sherpa氏がXで指摘したように、まさに業界の背骨だ。そのAaveが外部要因で巨額の不良債権を抱えたことは、DeFi全体の脆弱性を露呈させたと言える。

今回の教訓は、利回りの高い新しい資産(LRTなど)を担保として受け入れる際の「ホワイトリスト(許可制)」の基準を、より厳格にする必要があるということだ。利回りが高いということは、それだけリスクがどこかに隠れていることを意味する。Aaveのような巨大プロトコルは、成長を急ぐあまり、LRTが持つ多層的なリスクを過小評価していた可能性がある。

今後は、担保資産の裏付けとなるブリッジのセキュリティ状況をリアルタイムで監視し、異常があれば即座に担保価値をゼロとして扱うような、より動的なリスク管理システムが求められるだろう。また、損失補填の仕組みについても、AAVEホルダーだけに頼るのではなく、より多様なバックストップ(最終的な買い手)を用意する議論が加速すると予想される。

短期的にはAAVE価格やTVLに厳しい状況が続くかもしれないが、この苦い経験を経てリスク管理体制が強化されれば、長期的にはより堅牢なDeFiエコシステムの構築につながるはずだ。DeFiが既存の金融システムに代わる存在になるためには、こうした「想定外の連鎖」をいかに防ぐかが、避けては通れない壁なのである。

この記事のポイント

  • Kelp DAOのブリッジハックにより約2億9,200万ドル相当のrsETHが流出した。
  • ハッカーは盗んだrsETHをAaveの担保として悪用し、約1億9,600万ドル分のWETHを借り出した。
  • AaveのTVLは約66億ドル激減し、AAVEトークン価格も16%下落して92ドル付近となった。
  • LRTを担保にすることの構造的リスク(外部ブリッジへの依存)が浮き彫りになった。
  • Aaveの損失補填を担うUmbrellaリザーブやstkAAVEホルダーへの影響が懸念されている。
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