米連邦地裁、バイナンスへのテロ支援訴訟を棄却——CZ氏「CEXに動機はない」と強調

米ニューヨーク州南部連邦地方裁判所は、暗号資産(仮想通貨)取引所最大手のバイナンス(Binance)および前最高経営責任者(CEO)のチャンポン・ジャオ(CZ)氏に対する訴訟を棄却した。この訴訟は、バイナンスがテロ組織による資金移動を意図的に支援したと主張するものだった。

ジャネット・A・バルガス判事は、原告側が主張するバイナンスの運営と特定のテロ攻撃との間に十分な法的関連性が認められないと判断した。バイナンス側はこの決定を歓迎しており、CZ氏は「中央集権型取引所(CEX)がテロリストを支援する動機は皆無だ」とSNS上で自身の見解を述べている。

今回の判決は、暗号資産プラットフォームがユーザーの違法行為に対してどの程度の法的責任を負うべきかという議論に一石を投じるものとなった。法的リスクが完全に消滅したわけではないが、具体的な証拠なき主張に対して司法が一定の歯止めをかけた形だ。

米連邦地裁が下した棄却の判断と訴訟の背景

米連邦地裁が下した棄却の判断と訴訟の背景

今回の訴訟は、2016年から2024年の間に発生した64件のテロ攻撃の被害者およびその遺族、計535名によって提起された。原告団は、ハマス(Hamas)、イスラム国(ISIS)、アルカイダ(al-Qaeda)などのテロ組織が、バイナンスのプラットフォームを利用して資金を移動させ、それが攻撃の実行を助長したと主張していた。

バイナンスのネイティブトークンであるBNBは、このニュースを受けて底堅い動きを見せている。発表時の価格は約621.57ドルで、前日比0.84%の微増を記録した。

法的関連性の欠如が棄却の決め手に

バルガス判事は、原告側の訴えが「米国反テロ法(ATA)」および「テロ支援者制裁法(JASTA)」の要件を満たしていないと指摘した。これらの法律で損害賠償を求めるには、被告の行為がテロ攻撃の発生に対して「直接的かつ実質的な寄与」をしたことを証明しなければならない。

裁判所は、バイナンスのコンプライアンス(法令遵守)体制に不備があった可能性や、プラットフォーム上で不正な資金移動が行われていたとする主張自体は否定しなかった。しかし、それらの活動が原告が被害に遭った具体的な攻撃とどのように結びついているのか、その因果関係が立証されていないとした。

60日間の修正期間と今後の展開

今回の棄却は、訴状の内容が不十分であるとして審理の入り口で退けられた「申立棄却」の段階だ。バルガス判事は、原告側に対して訴状を修正し、再提出するための期間として60日間を与えている。

原告側がバイナンスの特定の取引とテロ攻撃の資金源を具体的に結びつける証拠を提示できれば、裁判が再開される可能性は残されている。しかし、数百万人のユーザーが利用するプラットフォームにおいて、特定の送金が最終的にどの攻撃に使われたかを特定するのは極めて困難であるとの見方が強い。

CZ氏が主張する「テロ支援に動機がない」経済的理由

CZ氏が主張する「テロ支援に動機がない」経済的理由

訴訟の棄却を受けて、バイナンスの創業者であるCZ氏は自身のX(旧Twitter)アカウントで沈黙を破った。同氏は、中央集権型取引所(CEX)の運営において、テロリストを支援することはビジネスの合理性に反すると断言した。

取引所にとっての経済的デメリット

CZ氏は、テロリストがプラットフォームにもたらす利益は極めて限定的であると説明した。テロ組織が取引所に資金を預ける場合、その多くは短期間で引き出されるか、追跡を逃れるための複雑な送金の一部に過ぎない。これらは取引所に多額の手数料収入をもたらすものではない。

一方で、テロ資金供与に関与したことが発覚した場合のリスクは甚大だ。巨額の罰金、営業ライセンスの取り消し、そしてブランドイメージの失墜は、取引所の存続を危うくする。CZ氏は「テロリストとの関わりを持つ動機はゼロだ」と強調し、合理的な経営判断としてそのような行為はあり得ないと主張した。

AMLとKYCによる防御策

バイナンスをはじめとする主要なCEXは、現在、厳格なKYC(本人確認 / Know Your Customer)とAML(アンチマネーロンダリング / Anti-Money Laundering)を導入している。KYCとは、口座開設時に身分証明書の提出を求め、ユーザーの正体を特定する手続きだ。

AMLは、不正な資金の流れを検知し、犯罪への利用を防ぐための一連の対策を指す。CZ氏は、これらの仕組みが機能している以上、テロ組織が公然とCEXを利用することは難しくなっていると示唆した。取引所は「警察」ではないが、不審な取引を当局に報告する義務を負っており、それがテロ組織にとっての抑止力になっているという。

バイナンスを取り巻く規制環境と過去の和解

バイナンスを取り巻く規制環境と過去の和解

今回の勝訴はバイナンスにとって追い風となるが、同社は依然として厳しい監視下に置かれている。2023年11月、バイナンスは米当局との間で、銀行秘密法(BSA)違反などを認め、43億ドル(約6,400億円)という巨額の罰金を支払うことで和解した経緯がある。

司法省との和解と監視員の導入

過去の和解条件に基づき、バイナンスは現在、独立した監視員によるコンプライアンス体制のチェックを受けている。これは、裁判所や政府が指定した専門家が、企業の内部を定期的に調査し、二度と不正が行われないように監視する仕組みだ。

今回のテロ支援訴訟において、原告側はこの「過去の不備」を論拠としていた。バイナンスが過去に不十分なAML体制を認めたことは、テロリストに門戸を開いていた証拠であるという論法だ。しかし、裁判所は「過去の一般的な不備」と「特定の攻撃への加担」を明確に区別した。

米上院議員からの新たな追及

司法の場では勝利を収めたものの、政治的な圧力は続いている。2026年3月、米上院の11名の議員が、バイナンスがイラン関連の制裁対象団体との取引を仲介した疑いがあるとして、さらなる調査を求めた。

バイナンス側はこれに対し、議員たちが依拠している報道は「明白に誤りである」と反論する書簡を送付した。同社は、イランの制裁対象団体に関連する資金移動を検知・ブロックするための高度なツールを導入していると説明し、不当な批判であると主張している。

独自分析:暗号資産取引所の「幇助責任」を巡る法的境界線

独自分析:暗号資産取引所の「幇助責任」を巡る法的境界線

今回の判決は、プラットフォーム提供者がユーザーの犯罪行為に対して負うべき「二次的責任(幇助責任)」の範囲を画定する上で重要な意味を持つ。インターネット上の掲示板運営者が書き込み内容のすべてに責任を負わないのと同様に、暗号資産取引所もまた、すべてのトランザクションの最終的な使途に責任を負うことは現実的ではないという判断だ。

筆者は、この判決が今後の暗号資産業界におけるコンプライアンスの「標準」を再定義すると分析する。単に「仕組みを提供した」だけでは責任を問われず、運営側が「特定の犯罪を意図的に助けていた」という具体的な証拠が必要とされるからだ。

しかし、これは規制の緩和を意味するものではない。むしろ、取引所には「犯罪を予見し、防ぐための最大限の努力」がこれまで以上に求められるだろう。CZ氏が言うように「動機がない」としても、不備があれば当局から巨額の罰金を科される事実は変わらない。今後は、法的な「無罪」を勝ち取るだけでなく、社会的な「信頼」をどう維持するかが各取引所の課題となる。

この記事のポイント

  • 米連邦地裁は、バイナンスがテロ組織を支援したとする訴訟を、具体的証拠の欠如により棄却した。
  • バルガス判事は、バイナンスの運営と特定のテロ攻撃との間に直接的な因果関係が認められないと判断。
  • CZ氏は、CEXにとってテロ支援は経済的リスクが大きく、合理的な動機が全くないと主張している。
  • バイナンスは過去の和解により厳格な監視下にあるが、政治的な制裁逃れの疑いに対する追及は続いている。
  • 今回の判決は、プラットフォーム側の法的責任の限界を示す重要な判例となる可能性がある。

出典

  • Cointelegraph「CZ says CEXs have ‘zero motive’ to aid terrorists as court dismisses terrorism case」(2026年3月8日)
  • US District Court for the Southern District of New York「Memorandum Opinion and Order: Dismissing claims against Binance」(2026年3月7日)
  • X (formerly Twitter)「Changpeng Zhao’s official post regarding CEX motives」(2026年3月8日)
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