暗号資産取引所最大手のバイナンスが、米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の新たな調査報道に真っ向から反論した。報道は、バイナンスがイラン関連の疑わしい取引約8億5,000万ドルを処理し、内部警告を無視し続けたと主張している。
バイナンスのリチャード・テンCEOはこれを「完全に虚偽」と断じ、同社はすでにWSJを相手取り名誉毀損訴訟を起こしている段階だ。制裁対象国との取引を巡る疑惑と、それに対する取引所側の激しい反論。この記事では、騒動の経緯と見えてきた構図を整理する。
読者がこの記事を読むと、WSJ報道の具体的な内容、バイナンスの反論の根拠、そしてこの件が暗号資産業界全体に投げかけるコンプライアンス上の重い課題を理解できる。
WSJ報道の核心、Zedcex口座を巡る疑惑

WSJの新たな報道は、取引所「Zedcex」名義の口座に焦点を当てている。記事によれば、バイナンスの内部コンプライアンス報告は、2024年後半にこの口座がイランの首都テヘランからアクセスされているのを検知した。口座が制裁対象国から操作されている可能性が濃厚だったわけだ。
より深刻なのは、この警告が出された後も、口座が1年以上にわたって閉鎖されなかった点だとWSJは指摘する。口座を閉鎖して当局に報告するよう促す内部通知が十数回にわたって発せられた後も、取引活動が続いていたというのだ。バイナンスの自社捜査チームも閉鎖を推奨していたとされている。
イラン中央銀行から1億ドル超の資金流入か
WSJの報道はこれだけに留まらない。問題の口座は、イランにおけるビットコイン取引の中心人物であり、すでに米財務省から制裁指定を受けているとされるアリ・ザンジャニ氏のネットワークと関連している可能性を報じている。制裁逃れの構図が背後に見えるというわけだ。
さらに踏み込んだ主張もある。WSJによれば、イラン中央銀行が2025年に総額1億700万ドルの暗号資産をバイナンスの口座に移動させた形跡があり、海外の法執行機関は2024年から2025年にかけて、バイナンス口座とイランのテロ資金提供者との間の直接取引約2億6,000万ドルを追跡したという。この報道が事実であれば、国家規模での制裁回避が行われていたことになる。
バイナンスの全面反論、訴訟提起の経緯

これに対し、バイナンスは一切の不正を否定している。リチャード・テンCEOはX(旧ツイッター)への投稿で「バイナンスは不正行為に対して一切容赦しない」と述べ、業界トップクラスのコンプライアンス体制を構築・運用していると強調した。
両者の対立はすでに法廷に持ち込まれている。バイナンスは、2026年3月に米司法省(DOJ)が同社の制裁違反疑惑を捜査していると報じたWSJに対し、名誉毀損訴訟を起こした。陪審裁判と損害賠償を求めている。バイナンスは当時、Cointelegraphの取材に対し「司法省の捜査については一切把握していない」と答え、規制当局との協力関係を継続していると説明していた。
過去の巨額制裁金と「改善」の実態
バイナンスを巡っては、2023年にマネーロンダリング(資金洗浄)防止や制裁関連法違反で米司法省と和解し、43億ドルという暗号資産業界史上最高額の制裁金を支払った経緯がある。この際、コンプライアンス(法令順守)体制の全面的な刷新を約束した。
コンプライアンスとは、企業が法律や社会規範を守るための社内ルールや監視システムのことだ。銀行でいえば、怪しい送金を自動検知して口座を凍結する仕組みを指す。WSJは、この和解成立の直後から疑惑のイラン関連資金の流れが再開したと報じており、ここが最大の争点となっている。
制裁の中抜け手段となる暗号資産の特性

この問題の根底にあるのは、暗号資産が国境を越えた資金移動に使われやすいという特性だ。制裁とは、特定の国家や個人を国際金融ネットワークから締め出す経済措置である。銀行を介したドル取引は、米国を経由するため必然的に監視の目が及ぶ。
しかし、暗号資産を使えば、ウォレットアドレスさえあれば地理的な制限なく価値を送れる。特定の国家が、自国に対する制裁の「抜け道」として暗号資産を活用しようとするインセンティブは以前から指摘されてきた。要は、取引所のコンプライアンス担当者と制裁逃れを狙う国家の間では、常に「いたちごっこ」が続いているというわけだ。
バイナンスが開示する内部調査の反証
バイナンスは、一連の報道を強く否定するブログ記事も公開している。2026年2月のWSJ報道(約10億ドルのイラン代理勢力への資金流入疑惑)への反論として公開されたものだ。ここで同社は、むしろ内部調査が継続され、アジア、中東などをまたぐ高度で複雑な多国間の資金移動パターンを特定したと説明した。
つまりバイナンス側のロジックはこうだ。「不正を見逃したのではなく、極めて高度な偽装工作があったために調査が複雑化した」という主張である。2026年3月の米上院への回答書でも、イラン組織との取引を幇助した事実を全面的に否定している。
独自分析、Clowd9事件が示す見逃しリスク

この疑惑を考える上で、類似の前例を振り返る価値がある。2024年には、英国の決済処理会社Clowd9が、バイナンスの元最高コンプライアンス責任者の関与のもと、制裁対象者からの大量の取引を見逃していた疑惑が浮上した。
暗号資産取引所は、たとえ中央集権型であっても、分散型の思想を背景に持つ。監視を最小限にしたい利用者と、厳格な規制を課したい国家の板挟みになる構造は、業界全体の難題だ。WSJの一連の報道が「事実無根」なのか「氷山の一角」なのかは、法廷での証拠開示を待たねばならない。
しかし、仮に内部で十数回もの警告が発せられていたとしたら、取引所のコンプライアンスシステムは、実務レベルでは機能していても、最終的な経営判断の段階で封じられていた可能性が残る。AIを使った不正検知システムを誇り、2025年以降だけで100億ドル規模の不正を未然に防いだと発表しているバイナンスにとって、この「見逃し」疑惑は、技術力の限界よりも組織運営の問題を示唆しているとの見方もある。
この記事のポイント
- WSJはバイナンスがイラン関連の取引8億5,000万ドルを処理し、十数回の内部警告を無視したと報道した
- バイナンスは報道を「完全に虚偽」と断じ、WSJに対して名誉毀損訴訟を提起している
- 過去に43億ドルの制裁金支払いとコンプライアンス刷新を約束した後の出来事だけに、疑念が生じやすい構図となっている
- 暗号資産の持つ国境を越える特性が、国家レベルの制裁逃れに利用されるリスクが改めて浮き彫りになった

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
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