8月9日、ビットコインの改善提案BIP-110を支持する一派が独自にチェーンを立ち上げたが、約8時間でわずか2ブロックを生成しただけで、事実上の停止状態に陥っている。メインチェーンが同期間に48ブロック進んだのに対し、分裂チェーンの進捗はほぼ皆無だ。
この分裂は、ビットコイン上で画像やテキストといった非金融データの保存を1年間禁止する提案を強制的に発動させようとしたものだった。しかし事前のマイナー支持率はわずか2.53%にとどまっており、開始時点から持続可能性への疑問は強かった。ビットコインの取引自由を巡る根本的な思想対立が表面化した事例として、業界の注目を集めている。
分裂チェーン、開始からわずか2ブロックで停滞

BIP-110の支持者らがビットコインネットワークから分離したのは、日本時間8月9日未明のことだ。BIP-110用ソフトウェアを稼働させたノード群が、この提案への支持シグナルを含まないブロックを拒否し始めた瞬間が分裂の起点となった。ブロック高961,632で枝分かれが発生したのである。
分裂後の状況は厳しい。BIP-110状況モニターによれば、新チェーンは日本時間同日午後3時頃の時点でブロック高961,633にとどまっていた。一方、ビットコインのメインチェーンは同時刻にブロック高961,681まで進んでいた。48ブロックという差は、ほぼ丸1日分の取引活動に相当する。
ブロックとは、およそ10分ごとにビットコインの台帳に追加される取引データの束だ。つまり新チェーンは、通常なら10分で1つ積み上がるはずのブロックを数時間に1つしか生み出せていない計算になる。事実上、取引を処理する機能を果たせていないと言ってよい。
BIP-110とは何か、なぜ分裂が起きたのか

非金融データの保存を禁じる提案
BIP-110は「Bitcoin Improvement Proposal-110」の略で、ビットコインの取引に画像やテキストなどの非金融データを埋め込む行為を、約1年間にわたって禁止する内容だ。こうしたデータ埋め込みは、送金とは無関係な情報でネットワークを混雑させ、本来の支払いトランザクションの手数料を押し上げる一因になっていると、提案者は主張している。
ビットコインの取引には「OP_RETURN」と呼ばれるデータ記録用の仕組みや、SegWit(セグウィット)と呼ばれるアップグレードで追加された領域を活用することで、任意の情報を書き込む余地がある。これを使って画像やメッセージをブロックチェーン上に刻む行為は以前から存在する。いわば、帳簿の余白に落書きをするような使い方だ。
取引自由か、ネットワーク負荷対策か
この提案を巡っては、ビットコインコミュニティ内で深い意見対立があった。提案に反対する人々の主張は明確だ。取引手数料を支払ってブロックスペースを購入した時点で、その領域をどのように使うかは利用者の自由であるべきだというものだ。マイナーやノード運営者が、どの取引を「正当」と見なすかを決めるのは、検閲への入り口になりかねないという懸念が根強い。
一方、提案を支持する人々は、ビットコインの第一義的な目的は分散型の電子通貨として機能することだと考えている。送金以外の用途で帯域が圧迫されれば、小口の送金が割高になるなど実用性が損なわれる。公共の道路に違法駐車が増えれば、交通の流れが悪くなるのに似ている。
発動条件は55%の支持、現実は2.53%
BIP-110は本来、分裂を起こさずに発動するためには、直近2週間のブロックのうち55%が支持シグナルを含む必要があった。しかし実際に支持を示したブロックは、全体のわずか2.53%にとどまっていた。この低い支持率のまま強行された分裂は、当初から極めて脆弱な基盤しか持っていなかったことになる。
少数チェーンが直面する技術的な壁

分裂チェーンが即座に停滞した理由の核心は、ビットコインのマイニング難易度調整の仕組みにある。ビットコインは2,016ブロックごとに難易度を再計算し、ブロックが平均して約10分間隔で生成されるよう調整している。分裂チェーンはビットコインから分岐した時点の難易度をそのまま継承したが、稼働している演算能力(ハッシュパワー)はごくわずかだ。
少人数で巨大な岩を動かそうとするようなものだ。本来なら大人数で押す想定の岩を、数人で押しているに過ぎない。難易度を下げる再調整が行われるまでには、2,016ブロックを積み上げなければならない。現状のペースでは、そこに到達するのに約350日かかると試算されている。メインチェーンなら約14日だ。
さらに、この分裂チェーンを動かすためのシグナリング期間は、ブロック高963,647までのわずか2週間と定められている。1日に数ブロックしか生み出せない状況では、期限までに到達することすら物理的に不可能である。
フォークコイン売却に潜むリプレイ攻撃のリスク

分裂が起きると、新しいチェーン上で新しい「コイン」が発生する。過去のビットコインキャッシュ(BCH)などの分裂時と同様に、元のビットコインを保有していた人は分裂チェーン上の同等のコインを受け取ることになり、それを売却して利益を得ようと考える投資家が出てくる。
しかし今回の事例では、そこに特有の危険が潜んでいる。両方のチェーンは取引フォーマットが同一であり、分裂チェーン用に署名したトランザクションは、そのままメインチェーンでも有効になってしまう。これは「暗証番号が同じ金庫が二つ並んでいる」ような状況だ。一方の金庫を開けようとしたつもりが、もう一方の金庫まで開いてしまう。
具体的には、買い手がフォークコインを受け取るために送られたトランザクションを、そのままメインチェーンに再送信してビットコインを入手できてしまう可能性がある。しかもフォークチェーン側ではブロック生成が極端に遅いため、取引の確定確認に時間がかかり、攻撃者が動く猶予が生まれやすい。フォークコインを売ろうとして、本物のBTCを失うリスクが現実に存在しているのだ。
今回の分裂が示すビットコインのガバナンス課題

今回のBIP-110騒動は、ビットコインの意思決定プロセスに内在するジレンマを改めて浮き彫りにした。ビットコインには中央集権的な管理者が存在せず、プロトコル変更はマイナー・ノード運営者・開発者・利用者といった多様な参加者の合意形成に依存している。大規模な変更には広範な支持が不可欠であり、わずか数%の支持で強行した分裂が機能不全に陥ったのは、この現実を冷徹に示した格好だ。
一方で、取引の自由を巡る議論自体が消えたわけではない。非金融データによるネットワーク混雑が深刻化すれば、再び同様の提案が台頭する可能性はある。今回の分裂は結果的に短命に終わったが、ビットコインの利用目的をどこまで許容するかという問いは、コミュニティ内でくすぶり続けるだろう。
この記事のポイント
- BIP-110支持者による分裂チェーンが8月9日に始動したが、約8時間で2ブロックを生成したのみで事実上停止
- 非金融データの禁止を強制しようとしたが、事前のマイナー支持率はわずか2.53%だった
- 高いマイニング難易度を受け継いだため、難易度再調整までに約350日を要する見込み
- フォークコイン売却時にリプレイ攻撃のリスクがあり、BTCを失う危険性が現実に存在
- ビットコインの意思決定の分散性と、強行的な変更の困難さを示す事例となった

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
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