世界の主要銀行が国際決済銀行(BIS)の実証実験で、トークン化したマネーを使った実際のクロスボーダー決済に成功した。中央銀行準備金と商業銀行預金をブロックチェーン技術でトークンに変換し、国境を越えた送金をテストした事例としては最大規模となる。
プロジェクト・アゴラと名付けられたこのパイロット実験には、5つの中央銀行とJPモルガン、シティ、UBS、ドイツ銀行、スタンダードチャータードを含む28の商業銀行が参加した。米ドル、ユーロ、英ポンド、日本円、スイスフラン、韓国ウォンの6通貨で合計約100万ドル相当の取引を処理している。
クロスボーダー決済は長年、複数の中継銀行を経由する構造や決済の遅延、為替リスクといった課題を抱えてきた。今回のテストは、トークン化技術がこれらの課題を解決し得ることを示した重要なマイルストーンだ。
プロジェクト・アゴラとは 最大規模のホールセールトークン化実験

プロジェクト・アゴラはBISが主導する実証実験で、トークン化された銀行マネーを使った国際決済の実用性を検証するものだ。参加した5つの中央銀行と28の商業銀行は、実際の通貨価値を持つトークンを使って30件の送金を実行した。
参加機関と取引の規模
今回のパイロットでは法人間決済、銀行間決済、そして外国為替(FX)決済の3種類の取引がテストされた。取引総額は約100万ドル(約80万スイスフラン)に達し、トークン化されたホールセール決済としては過去最大級の規模だ。
参加した商業銀行には、JPモルガンやシティといった米大手行に加え、UBSやドイツ銀行などの欧州勢、スタンダードチャータードのようなグローバルバンクも名を連ねている。中央銀行側も複数通貨圏の主要発行体が参加したことで、実験の信頼性と網羅性は高い。
わずか80秒、30件の送金が示した実用性
BISが公表した報告書によると、30件の取引は平均して約80秒で決済された。これはプロトタイプ段階のシステムであり、各銀行の既存決済インフラと直接統合されていない状態での数字だ。
通常の国際送金では、送金から着金までに数日を要することも珍しくない。80秒という決済速度は既存システムとの差を際立たせており、実用化が進めば企業の資金管理や流動性に大きなインパクトをもたらす可能性がある。
トークン化が変える国際送金の仕組み

プロジェクト・アゴラの核心は、国際送金の「裏方」にあたるインフラをどこまで刷新できるかにある。現在の国際送金が抱える非効率を、トークン化技術がどう解決しようとしているのかを見ていく。
共有台帳がもたらす記録の共通化
今回の実験では、トークン化された中央銀行準備金と商業銀行預金を「共有台帳」と呼ばれるシステムに置いた。これは複数の銀行が同時にアクセスできる共通の記録簿で、取引の所有権や決済状況を単一の記録として共有できる。
既存の国際送金では、送金元銀行と送金先銀行がそれぞれ自前の帳簿を持ち、中継銀行も独自の記録を保持する。記録が分散しているため、送金状況をリアルタイムで追跡するのが難しく、照合作業にも時間がかかっていた。共有台帳によってこれらの問題を一気に解消できる可能性がある。
コルレス銀行網からの脱却
今日の国際送金は多くの場合、複数のコルレス銀行(中継銀行)を経由する。送金元銀行と送金先銀行の間に直接の取引関係がない場合、仲介役の銀行が複数入ることで手数料が積み上がり、着金までの時間も長くなる。
共有台帳を使ったトークン化決済では、この中継構造を簡略化できる。参加銀行が同じ台帳上で取引を完了させるため、仲介者の数を減らし、決済のプロセスを直接的なものに変えられる。実験に参加した銀行も「送金の開始から完了までを追跡しやすくなった」と評価している。
FXリスクの同時決済 為替取引の安全性を高める

プロジェクト・アゴラでは為替取引についても重要なテストが行われた。異なる通貨を同時に交換する仕組みを導入し、国際送金に伴う決済リスクを軽減する効果が確認されている。
決済リスクの軽減メカニズム
通常、2つの通貨を交換するFX取引では、一方の通貨が先に送金され、もう一方の通貨が後から届くという時間差が生じる。この間に相手方が倒産したり、何らかの理由で送金が行われなかったりすると、先に送金した側が通貨を失うリスクがある。これを「決済リスク」や「ヘルシュタット・リスク」と呼ぶ。
プロジェクト・アゴラでは、2つの通貨を同時に交換する「PvP(Payment versus Payment)決済」を実現した。共有台帳上で両方の通貨の所有権を同時に移転させることで、片方だけが先に送金されるリスクを排除している。
既存システムとの共存が鍵
注目すべきは、この新しい仕組みが既存の決済システムを置き換えるのではなく、並行して動作するよう設計されている点だ。参加銀行は「プラットフォームが既存システムと共存できる」と評価しており、段階的な移行が可能であることを示唆している。
金融インフラの刷新は一夜にして実現するものではない。既存システムとの相互運用性が確保されていることは、実用化に向けた大きなハードルを一つ越えたことを意味する。
ステーブルコインとの違い 中央銀行マネーのトークン化

トークン化されたマネーと聞くと、サークル(CRCL)のUSDCやテザーのUSDTといったステーブルコインを思い浮かべる人も多いだろう。しかしプロジェクト・アゴラが扱うトークン化マネーは、これらとは根本的に異なる。
民間発行トークンと銀行マネーの比較
ステーブルコインは通常、民間企業が発行する暗号資産で、法定通貨と1対1の価値連動を目指している。これに対してプロジェクト・アゴラがトークン化するのは、中央銀行の準備金と商業銀行の預金だ。
中央銀行準備金とは、商業銀行が中央銀行に預けている資金で、銀行間の決済に使われる。商業銀行預金は企業や個人が銀行に預ける一般的な預金だ。いずれも既存の銀行制度の中核をなすマネーであり、中央銀行の信用に裏付けられている点が民間ステーブルコインとの最大の違いになる。
規制下でのトークン化の意義
民間のステーブルコインが急速に普及し、クロスボーダー決済や企業の財務運用に使われるケースが増えている。こうした動きを受けて、中央銀行や規制当局もトークン化技術の検討を加速させている。
プロジェクト・アゴラは、中央銀行が監督する枠組みの中でトークン化技術を検証する試みだ。規制された銀行マネーをトークン化することで、技術の効率性を取り込みつつ、法定通貨の信頼性や決済の最終性といった既存制度の強みを維持しようとしている。
トークン化の広がりと今後の展望

プロジェクト・アゴラはホールセール(金融機関向け)トークン化の代表例だが、同様の取り組みは世界中で進んでいる。トークン化された金融資産の流れは、もはや単なる実験段階を超えつつある。
他のホールセールトークン化プロジェクト
BISはプロジェクト・アゴラ以外にも複数のトークン化実験を進めている。主要中央銀行が主導するこれらのプロジェクトは、決済インフラの近代化という共通の目標を持つ。商業銀行単独ではなく、中央銀行と民間銀行が協調して取り組んでいる点が特徴的だ。
こうした動きの背景には、既存の国際送金網であるSWIFTの近代化や、各国が検討を進めるCBDC(中央銀行デジタル通貨)との連携も視野に入っていると見られる。
アセットマネジャーの動きと安定コインの普及
同時に、民間セクターでもトークン化は活発だ。大手資産運用会社はマネーマーケットファンドやプライベートクレジットファンドをトークン化して発行し始めており、安定コインの企業財務への導入も進んでいる。
プロジェクト・アゴラの成功は、こうした民間主導のトークン化と、中央銀行が監督する公的なトークン化の双方が補完し合いながら進化していく可能性を示している。グローバル金融の配管とも言うべき決済インフラは、今後数年で大きく姿を変えるかもしれない。
この記事のポイント
- BIS主導のプロジェクト・アゴラで28行が参加、6通貨で約100万ドル相当のトークン化送金を実施した
- 30件の取引が平均約80秒で決済され、プロトタイプ段階でも高い処理速度を示した
- 共有台帳による記録の共通化で、中継銀行を介さない効率的な国際送金が現実味を帯びている
- 為替取引では同時決済により決済リスク(ヘルシュタット・リスク)の軽減に成功した
- 民間ステーブルコインとは異なる「中央銀行マネーのトークン化」が金融インフラ刷新の鍵になる

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
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