ビットコインの非管理型スワップサービスを提供するBoltzが、大規模なハッキング攻撃を受けてサービスを一時停止した。攻撃にはAIが活用されていたとみられ、その頻度と巧妙さが急激に上昇しているという。
これは単独の事件ではない。AIの民主化によって、これまで国家レベルの攻撃者だけが使えた手法が誰にでも利用可能になりつつある。暗号資産サービス全体が新たな防御戦略を迫られる転換点に立っている。
Boltzとは、Bitcoinを橋渡しする「非管理型」交換所

Boltzは、ユーザーが自分の資産を常に管理したまま、ビットコイン(BTC)やビットコイン建て資産を異なるネットワーク間で交換できるサービスだ。扱うのはメインネットのほか、高速決済を実現するLightning Networkや、機密性の高い取引ができるLiquid Networkといった「レイヤー2」と呼ばれる仕組みである。
ここで中核となる技術が「Atomic Swap(アトミックスワップ)」だ。これは第三者を信頼する必要のない取引手法で、両者の資産が同時に交換されるか、まったく交換されないかのどちらかしか起こらない。つまり、途中で片方だけが資産を持ち逃げするリスクが設計上排除されている。日本語では「原子交換」とも呼ばれ、部分的な実行がありえないという性質からこの名がついた。
Boltzの特長は、このAtomic Swapをユーザーが簡単に利用できる形で提供している点にある。中央集権型取引所とは異なり、ユーザーは交換の開始から完了まで自分のウォレットで資産を保持し続ける。DefiLlamaのデータによると、サービス停止時の運用資産総額(TVL)は約180,860ドルであった。
AI支援による攻撃が急増、「非対称性は逆転しない」

Boltzは今回の攻撃について、「過去数日だけでも攻撃の急加速が見られ、この非対称性が逆転するとは考えていない」と声明で明らかにした。ここでいう非対称性とは、攻撃者と防御側の力関係のバランスが崩れ、攻撃側に極端に有利な状況が生まれていることを指す。
従来のハッキング攻撃には高度な技術力と時間が必要だった。だがAIの登場によって、脆弱性の探索や攻撃コードの生成が大幅に効率化されている。標的の選定から実行までを自動化し、短期間に大量の攻撃を仕掛けることも可能になった。人間のオペレーターが対応する前に、AIが学習しながら突破口を見つけ出すという構図である。
Boltzは、今回の決定は「オープンソーススタックで運営されるビットコインサービスにとっての大きなパラダイムシフト」だと説明している。オープンソーススタックとは、プログラムの設計図が公開されている技術基盤のことだ。誰でもコードを検証できるという透明性の高さが強みだが、同時に攻撃者も同じ情報にアクセスできるという弱点にもなる。
In the past few days alone we saw a drastic acceleration of attacks and we do not believe this asymmetry will reverse.
サービス停止と攻撃の急増についてBoltzが公式声明で報告。オープンソースのビットコインサービスが直面するパラダイムシフトに警鐘を鳴らしている。
業界全体に広がるAIハッキングの脅威

Boltzの事例は氷山の一角にすぎない。Solana Foundationで最高情報セキュリティ責任者を務めるMichael Coates氏は7月、Cointelegraphの取材に対して「業界として転換点に差し掛かっており、人間の対応力だけではこれらの脅威に対処できない」と警鐘を鳴らした。
Coates氏はさらに踏み込んで、「我々に残された唯一の道は、機械の速度で動作する自律的な防御システムの構築だ」と述べている。これは人間が監視して手動で対応する従来のセキュリティモデルが、もはや通用しなくなっているという厳しい現実認識だ。
PayPerQもAI攻撃に苦戦
同様の被害は他の暗号資産サービスにも広がっている。ビットコインやその他の暗号資産で支払いを受け付けるAIサービス「PayPerQ」も、ここ数カ月にわたってAIによるものとみられる攻撃の急増に直面している。
PayPerQの関係者によれば、「数カ月間、数週間おきに攻撃を防いでおり、そのほとんどがAIによるものと考えられる。非常に危険な時期だ」とのことだ。攻撃の間隔が狭まり、その精度も上がっているという実感が、現場の切迫感として伝わってくる。
AIがもたらす攻撃の民主化
ここで理解しておきたいのは、AIがハッキングを「民主化」しているという構図である。これまで高度な攻撃には、プロトコルの深い理解と長年の経験が必要だった。いまやAIツールを使えば、比較的スキルの低い攻撃者でも自動化された高度な攻撃を仕掛けられる。
具体的には、コードの脆弱性を自動でスキャンする、攻撃の成功率を高めるためにリアルタイムで戦略を修正する、標的の防御策を学習して迂回する、といったことがAIによって可能になっている。防御側はこのスピードについていくために、同じくAIを活用した自動防御へのシフトを迫られている。
ノンカストディアル設計の強みと今回の教訓

今回の攻撃で重要なのは、Boltzが「ユーザー資金は一度も危険にさらされていない」と明言している点だ。これはBoltzのノンカストディアル(非管理型)という設計思想に起因する。
ノンカストディアルとは、サービス提供者がユーザーの資産を預からない仕組みのことだ。暗号資産の世界では「Not your keys, not your coins(鍵を預けるな、さもなくば資産はお前のものではない)」という格言があり、これは中央集権型取引所の破綻事例が繰り返されるたびに、その重みを増している。
Boltzのスワッププロセスでは、すべての取引が高度な暗号技術で保護され、ユーザーは取引の間じゅう資産の完全な管理権を保持する。仮にサービスが攻撃を受けても、攻撃者がユーザー資金に直接アクセスすることはできない設計になっているのだ。
ただし今回のケースで浮き彫りになったのは、ノンカストディアルであってもサービスそのものは停止せざるを得ないという現実である。資金の安全性は保たれても、サービスの可用性が損なわれればユーザーは取引ができなくなる。分散型サービスにとって、「止まらないこと」もまた重要な価値であることを、この事件は教えている。
Boltzは現在もAPIを通じた返金処理を受け付けており、サポートチームへの連絡も可能な状態を維持している。ただし「スワップサービスがすぐに再開されるとは思わないでほしい」としており、根本的な対策には時間を要する見通しだ。
AI時代のセキュリティ、人間から機械の防御へ

今回の事件が示すのは、暗号資産業界のセキュリティモデルが大きな転換期を迎えているという事実だ。これまでは「攻撃を検知したら専門家が対応する」という人手中心のモデルで回っていた。
しかしAIによる攻撃は、従来の10倍、100倍の速度で実行される。人間がログを見て判断し、手動で防御策を講じている間に、AIはすでに次の攻撃を仕掛けている。Solana FoundationのCoates氏が言う「機械の速度で動作する自律的防御」とは、このギャップを埋めるための必然なのである。
実際の対策としては、AIを使って異常なトラフィックパターンをリアルタイムで検知する、攻撃の兆候を先読みして自動的に対策を展開する、といった方向性が考えられる。もはや「攻撃されてから対処する」のではなく「攻撃される前に防ぐ」こと、そしてその判断を機械に委ねることが求められている。
ただしこれは諸刃の剣でもある。自動防御が誤検知を起こせば、正当なユーザーの取引が遮断されるリスクもある。分散型サービスの理念である「パーミッションレス(誰の許可もいらない)」という価値と、安全性をどう両立させるかは、業界全体でこれから向き合うべき難題だろう。
この記事のポイント
- ビットコインの非管理型スワップサービスBoltzが、AI支援によるハッキング攻撃の急増を受けてサービスを一時停止した
- ノンカストディアル設計によりユーザー資金は保護されているが、サービスの可用性が損なわれるという新たな課題が浮き彫りに
- Solana FoundationやPayPerQなど、業界全体でAI攻撃の脅威が拡大しており、防御側もAIによる自動化へのシフトを迫られている
- オープンソースの透明性が強みである一方、攻撃者も同じ情報にアクセスできるというパラダイムシフトが進行中
- 「機械の速度で動作する自律的防御」への転換が急務だが、パーミッションレス性との両立はこれからの大きな課題となる

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
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