Chainalysisでセキュリティ事案、顧客の氏名やメールアドレスが流出

ブロックチェーン分析大手のChainalysis(チェイナリシス)が、自社でサイバーセキュリティ上の事案が起きたと公表した。

同社は10月30日に公式ブログでこの事案を明らかにした。ユーザーIDや氏名、メールアドレスといった顧客データの一部が外部に漏れたという。一方で、捜査関連の情報や認証情報への不正アクセスは、現時点で確認されていない。

Chainalysisは、暗号資産の不正な資金の流れを追跡し、北朝鮮系ハッカーの手口を暴いてきた企業だ。この記事では、何が漏れて何が守られたのか、利用者が気をつけたい点、そして「追う側」が狙われた背景を順に整理する。

Chainalysisで何が起きたのか、公表内容を整理

Chainalysisで何が起きたのか、公表内容を整理

Chainalysisは、ブロックチェーン上の取引データを解析する企業だ。ビットコインなどの取引は誰でも見られる公開台帳に記録される。ただ、そのままでは数字と文字列が並んでいるだけにすぎない。

同社はそこから「どのお金が、どこへ流れたか」を読み解くツールを提供している。顧客には各国の捜査機関や規制当局、暗号資産取引所などが名を連ねる。たとえるなら、暗号資産の世界の「鑑識チーム」のような存在だ。

その同社が、他のプラットフォームが最近受けたものと似たサイバーセキュリティ事案の標的になった。公表は米国時間の10月30日(金)で、詳細はChainalysisの公式ブログに掲載されている。

流出したのは「機密性の低い」顧客データ

同社の説明では、外部に露出したのは機密性が低いと判断される顧客データだ。具体的にはユーザーID、氏名、メールアドレスが含まれる。

影響を受けた顧客の人数や、攻撃がどの経路で行われたのかについては、報道の範囲では示されていない。今後の追加発表を待つ必要がある。

調査データや認証情報への不正アクセスは確認されず

Chainalysisは、これまでの調査で調査コンテンツ、認証情報、セッショントークンへの不正アクセスを示す証拠は見つかっていないと説明している。

認証情報とは、ログインに使うパスワードなどのことだ。一方のセッショントークンは、ログインした後に「この人は本人確認済み」と示し続けるデジタルの通行証にあたる。

通行証が盗まれると、パスワードを知らなくても他人になりすましてサービスに入れてしまう。要は、ここが守られていたかどうかで被害の大きさがまったく変わる。今回そこに侵入の痕跡がなかった点は大きい。

調査コンテンツは、顧客が同社のツール上で進めている捜査や分析の中身を指すとみられる。進行中の案件情報が漏れれば、犯罪者に手の内を知られかねない。今回の発表は、そうした最悪のシナリオは避けられたという内容だ。

「機密性が低い」データでも油断できない理由

「機密性が低い」データでも油断できない理由

パスワードが漏れていないなら安心、と考えたくなるかもしれない。ただ、氏名とメールアドレスの組み合わせは、攻撃者にとって十分に使い道のある情報だ。

氏名とメールアドレスはフィッシングの材料になる

よく使われるのがフィッシングだ。本物そっくりのメールや偽サイトで相手をだまし、パスワードや秘密鍵を入力させる手口を指す。釣り糸に餌をつけて獲物がかかるのを待つ姿から、この名前がついた。

宛名に本名が入っていると、メールの信頼度は一気に上がる。「アカウントに異常を検知しました」という文面に本名が添えられていれば、慎重な人でもつい開いてしまうかもしれない。

特定の組織や人物を狙い撃ちする攻撃は「スピアフィッシング」と呼ばれる。不特定多数に網を投げるのではなく、1人に向けて槍を突くイメージだ。

顧客層が特殊だからこそリスクが高い

Chainalysisの顧客には、捜査官や取引所のコンプライアンス担当者など、機微な情報に触れる立場の人が多い。一般的なウェブサービスの会員情報とは、性質がかなり異なる。

こうした人物の氏名とメールアドレスがわかれば、攻撃者は次の標的を絞り込みやすくなる。取引所の内部システムや捜査機関のネットワークに入り込むための「入口探し」に悪用される懸念がある、との見方もある。

流出データ自体は小さく見えても、その先に続く攻撃の足がかりになりうる。この点で、今回の事案は表面上の被害以上の重みを持つと考えられる。

利用者が意識したい3つの対策

Chainalysisのサービスを使っている人はもちろん、暗号資産関連のサービスを利用する人全般に役立つ対策を挙げておく。中でも重要なのが2段階認証だ。パスワードに加えて、スマートフォンのアプリなどで発行される使い捨てのコードを求める仕組みで、家の鍵を2つ付けるようなものと考えるとわかりやすい。

  • Chainalysisを名乗るメールのリンクは開かず、ブックマークした公式サイトから直接ログインする
  • 2段階認証を有効にし、可能であればSMSよりも認証アプリを使う
  • 同じパスワードを他のサービスで使い回しているなら、この機会に変更しておく

Binance事件とは無関係、それでも重なる業界の緊張

Binance事件とは無関係、それでも重なる業界の緊張

今回の事案は、暗号資産業界でセキュリティへの警戒が強まっているさなかに起きた。同社の説明からは、業界全体を取り巻く状況も透けて見える。

同社は「Binanceの盗難とは関係ない」と説明

Chainalysisは、今回の事案が最近Binanceで起きた暗号資産の盗難とは関係がないと明言している。Binanceは世界最大級の暗号資産取引所だ。

Cointelegraphのマガジン記事では、Binanceを狙ったハッカーが、資金を凍結される前に数十億ドル規模を動かそうと急いだ様子が取り上げられている。業界に大きな衝撃を与えた事件だ。

大型の盗難事件の直後に、資金追跡を担う企業でもセキュリティ事案が公表された。タイミングが重なっただけに関連を疑う人がいても不思議ではないが、同社ははっきり否定した形だ。

他のプラットフォームでも続く類似の事案

同社は、今回の事案が他のプラットフォームで最近起きたものと似ているとも述べている。どの企業かは示されていない。

それでも、単発の事故ではなく、業界をまたいだ一連の攻撃の中で起きた可能性がうかがえる。同じ手口が複数の企業に使われているなら、1社の対応だけでは被害を止めきれない。攻撃の手がかりを業界内で共有する体制が、これまで以上に求められそうだ。

外部の専門家とAIで防御を見直す

対応策として、同社は世界トップクラスの外部セキュリティ専門家を起用した。あわせて、LLM(大規模言語モデル / Large Language Model)を使い、セキュリティ体制の点検と防御の強化を進めているという。

LLMとは、ChatGPTのように大量の文章を学習し、言葉を理解したり生成したりするAIのことだ。膨大なログ(システムの動作記録)やプログラムのコードを、人間だけで読み込むには限界がある。AIに下読みをさせれば、見落としやすい不審な痕跡を早く拾える可能性がある。

言い換えると、人間の専門家とAIが手分けして、家中の鍵のかけ忘れを探すような作業だ。公の発表でLLMの活用に触れた点は、業界のセキュリティ対応のあり方が変わりつつあることを映しているとの見方もある。

北朝鮮系ハッキングを追う企業が狙われた意味

北朝鮮系ハッキングを追う企業が狙われた意味

今回の事案を考えるうえで外せないのが、Chainalysisが日頃どんな相手を追っているかという点だ。直近の同社の動きを見ると、その立ち位置がよくわかる。

ハッキング被害額の約89%が北朝鮮関連の疑い

Chainalysisは10月30日、X(旧Twitter)で今年の暗号資産ハッキングに関するデータを公表した。報告された被害額のうち、北朝鮮との関連が疑われるハッキングが約89%を占めたという。

2021年の時点では、この割合は15%にとどまっていた。5年ほどで、被害の大半を1つの国家系グループが占める構図に変わったことになる。

北朝鮮のハッカー集団は、国家ぐるみで外貨を稼ぐために暗号資産を狙っているとされる。代表格の「Lazarus Group(ラザルス・グループ)」は、大型ハッキングのたびに名前が挙がる存在だ。

ロシア経由の換金ネットワークを解明した直後

Cointelegraphは10月29日、Chainalysisが北朝鮮のIT労働者による暗号資産の換金を手助けしたロシアの仲介者ネットワークを突き止めたと報じた。換金された額は数百万ドル規模にのぼる。

北朝鮮のIT労働者とは、身分を偽って海外企業のリモート業務を請け負い、報酬を本国に送る人々を指す。稼いだ暗号資産はそのままでは使いにくく、現金に換える「出口」が欠かせない。

同社はこの出口役のネットワークを可視化した。資金洗浄の流れを断つうえで、重要な手がかりとなる成果だ。その翌日に、自社のセキュリティ事案を公表したことになる。

「追う側」が抱える構造的なリスク

念のため強調しておくと、今回の事案と北朝鮮の活動との関係は一切示されていない。攻撃者が誰なのかは不明で、安易に結びつけるべきではない。

そのうえで、構造的なリスクは指摘できる。不正資金を追跡する企業は、犯罪者にとって最も邪魔な存在でもある。捜査の進み具合や、誰がどのウォレットを監視しているかを知りたいという動機は強いはずだ。

今回は調査コンテンツへの侵入が確認されなかった。しかし仮に突破されていれば、各国の捜査に影響が及んだおそれがある。分析企業のセキュリティは1社だけの問題ではなく、業界全体の防衛線の一部になっているとの見方もできる。

ブロックチェーンの透明性を武器にする企業ほど、自社のシステムは厳重に守る必要がある。侵入経路や影響範囲について追加の説明が出るかどうかが、顧客の信頼を取り戻すうえでの目安になりそうだ。

この記事のポイント

  • Chainalysisがセキュリティ事案を公表し、ユーザーID・氏名・メールアドレスが流出した
  • 調査コンテンツや認証情報、セッショントークンへの不正アクセスは確認されていない
  • 氏名とメールの組み合わせはフィッシングに悪用されやすく、利用者は不審なメールに注意が必要だ
  • 同社はBinanceの盗難事件との関連を否定し、外部専門家とLLMで防御を強化している
  • 同社の集計では、今年のハッキング被害額の約89%が北朝鮮関連の疑いがあり、2021年の15%から急増した
共有:

コメントする

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)