暗号資産の世界とウォール街を繋ぐ架け橋として、長らく「資産のトークン化」が語られてきた。米国債をオンチェーンに持ち込み、マネー・マーケット・ファンド(MMF)をデジタル化すれば、機関投資家が雪崩を打って参入するというシナリオだ。
しかし、単に資産をデジタル化するだけでは、機関投資家にとっての真のゴールには到達しない。彼らが真に求めているのは、資産をトークンという「箱」に入れることではなく、その中から生み出される「利回り」を自由に操ることにある。
現在、分散型金融(DeFi)の領域では、伝統的な債券市場の仕組みをオンチェーンで再構築する動きが静かに進行している。これは単なる技術的な実験ではなく、資本市場そのものがブロックチェーン上へ移住するためのインフラ整備といえるだろう。
トークン化の先にある「利回りの金融化」とは

これまで「トークン化」という言葉は、現実世界の資産(RWA:Real World Assets)をブロックチェーン上のトークンとして表現することを指してきた。しかし、元記事の著者は、トークン化それ自体は最終目的ではないと指摘している。真のブレイクスルーは、利回りを「プログラム可能」にすること、つまり「利回りの金融化」にあるというのだ。
2025年に規制の透明性が高まったことを受け、機関投資家の関心は単なる「暗号資産への露出」から「インフラレベルでの参加」へとシフトしている。ビットコイン(BTC)が70,389ドル付近で推移し、市場が成熟を見せる中、投資家たちは単に資産を保有する以上の機能を求め始めている。
資産をデジタル化するだけでは不十分な理由
伝統的な金融市場において、債券などの固定利回り商品は、ただ金庫に眠らせておくものではない。それらは「レポ取引」の担保として使われ、リスクヘッジのために分割され、あるいは別の金融商品の一部として組み込まれる。レポ取引とは、債券などを担保に現金を借り入れる短期的な資金調達の仕組みだ。
トークン化された米国債や株式が、単なる「動かないデジタル証明書」であるなら、それは機関投資家にとって使い勝手の悪い道具でしかない。彼らが求めているのは、オンチェーンで自由に運用でき、リスク管理が可能で、他の戦略とシームレスに統合できる「生きた金融商品」なのだ。
伝統的金融の「配管」をオンチェーンで再現する
DeFiは今、伝統的金融(TradFi)で培われてきた高度な「配管」、つまり市場の裏側で動く決済や運用の仕組みを再現し始めている。利回りを元本から切り離して独立して取引したり、担保として流動的に動かしたりする機能だ。
これにより、トークン化された資産は「受動的な保有対象」から「能動的なポートフォリオツール」へと進化する。これが実現すれば、投資家はオフチェーンの複雑な手続きを経ることなく、オンチェーンだけで高度な資産運用を完結できるようになるだろう。
利回りと元本を分離する「セカンドオーダー」市場の台頭

記事によれば、現在のDeFiは「第1段階のトークン化」から「第2段階の利回り市場」へと移行しつつある。この段階では、単に資産をトークンにするだけでなく、その資産が持つ「利回りを受け取る権利」と「元本そのもの」を分離して扱う設計が注目されている。
例えば、あるトークン化された債券から発生する将来の利回りだけを先に売却し、即座に現金を得るような戦略が可能になる。これは伝統的金融における「ストリップ債」に近い概念だが、ブロックチェーン上ではこれがスマートコントラクトによって自動化・プログラム化される点が画期的だ。
プログラム可能な担保としてのRWA
現実資産(RWA)がプログラム可能になると、担保としての価値が飛躍的に高まる。スマートコントラクトによって、特定の条件が満たされた場合にのみ担保を解放したり、リスクに応じて自動的に証拠金を積み増したりする設定が容易になるからだ。
つまり、RWAが「静かな証明書」から、市場の状況に応じて自律的に動く「賢い担保」に変わるということだ。これにより、資本効率は劇的に向上し、機関投資家はより少ない資本で大きなリターンを狙う、あるいはより精緻なリスク管理を行うことが可能になる。
ハイブリッドな市場構造のメリット
現在、規制された「許可型(Permissioned)」の資産を担保に使い、一方で借り入れには「非許可型(Permissionless)」のステーブルコインや流動性プールを活用するというハイブリッドな構造が登場している。許可型とは、本人確認(KYC)を済ませた特定の参加者のみが扱える仕組みのことだ。
この構造により、機関投資家はコンプライアンスを守りながら、DeFiが持つ広大な流動性の恩恵を受けることができる。信頼できる資産を担保に入れつつ、世界中の誰もが参加するオープンな市場から資金を調達できるというわけだ。
機関投資家が求める「プログラム可能な機密性」

利回りインフラが整ったとしても、機関投資家が本格的に参入するには大きな壁がある。それが「機密性」の問題だ。パブリック・ブロックチェーンは全ての取引が公開されるため、プロの投資家にとっては自らの戦略やポジションが筒抜けになるリスクがある。
著者のアンドレイ・グラチェフ氏は、プロの世界では透明性が必ずしも正義ではなく、むしろ「運用上のリスク」になり得ると指摘する。清算価格が公開されれば、敵対的なトレーダーに狙い撃ちにされる恐れがあるからだ。
透明性がリスクになるプロの世界
機関投資家は、自分の手の内を競合他社に見せることを極端に嫌う。取引履歴が全て公開される環境では、大規模なポートフォリオの再構築やヘッジ戦略を隠密に行うことができない。これは、哲学的な好みの問題ではなく、ビジネス上の死活問題だ。
そこで重要になるのが「プログラム可能な機密性」という概念だ。これは、単に情報を隠す(不透明にする)のではなく、誰にどの情報を見せるかをプログラムで制御することを指す。
ZK技術によるコンプライアンスとプライバシーの両立
ここで鍵となるのが、ゼロ知識証明(ZKP:Zero Knowledge Proof)などの高度な暗号技術だ。ZKPとは、内容そのものを明かさずに「その内容が正しいこと」だけを証明する技術である。例えば、自分の残高を教えずに「取引に必要な資金を十分に持っていること」だけを証明できる。
この技術を使えば、当局への監査には必要な情報を開示しつつ、一般の閲覧者からは取引の詳細を隠すといった、高度なコンプライアンス対応が可能になる。これは、伝統的な市場における「ダークプール(取引所を介さない私設取引システム)」に近い機能を、より安全で検証可能な形でオンチェーンに再現するものだ。
許可型と非許可型が融合する新アーキテクチャ

次世代のDeFiインフラは、機関投資家の制約を「コード」として組み込む方向へ進化している。コンプライアンスを後付けのルールとして運用するのではなく、スマートコントラクトそのものに「誰が、いつ、どのように取引できるか」というルールを埋め込むのだ。
これにより、規制当局の要求を満たしながら、ブロックチェーンの持つ「相互運用性(異なるシステム同士が連携できる性質)」を維持することが可能になる。
許可型担保とオープンな流動性プールの共存
今後の主流になると予測されているのが、担保資産は厳格に管理された「許可型」でありながら、その運用先はオープンな「非許可型」のプールであるという設計だ。資産の出所や所有者は明確に特定されているが、その資産が市場で生み出す流動性はオープンに共有される。
このアプローチは、長年の課題であった「規制と自由の対立」に対する現実的な解となる。機関投資家は、資産の保管や顧客保護に関する法的義務を果たしつつ、DeFiの強力なネットワーク効果を利用できるようになる。
コードに埋め込まれるコンプライアンス
適格投資家の確認、制裁リストのスクリーニング、監査証跡の作成。これら伝統的金融では膨大なコストと時間がかかっていたプロセスが、オンチェーンでは自動化される。コンプライアンスが「手続き」ではなく「システムの仕様」になることで、運用コストは劇的に下がるはずだ。
元記事によれば、こうした変化はすでに始まっており、DeFiが機関投資家の資本を単に引き寄せるだけでなく、機関投資家のニーズによってDeFiそのものが作り変えられているという。暗号資産特有のボラティリティ(価格変動)の陰で、より強固な金融スタック(階層構造)が構築されているのだ。
独自分析:DeFiは「暗号資産の実験場」から「資本市場の移住先」へ

今回の動向を分析すると、DeFiの役割が根本的に変わろうとしていることがわかる。これまでのDeFiは、主に個人投資家が高いリスクを取ってリターンを狙う「実験場」としての側面が強かった。しかし、現在進行している債券市場の再構築は、既存の巨大な資本市場そのものをブロックチェーン上へアップグレードしようとする試みだ。
特に注目すべきは、プライバシー技術(ZK系)とコンプライアンスの融合だ。これまで「匿名性」こそが暗号資産の価値だと信じてきた層にとっては、こうした「許可型」の要素が入ることに抵抗があるかもしれない。しかし、数兆ドル規模の機関投資家マネーが動くためには、この妥協点こそが必須のインフラとなる。
筆者の見解としては、この「利回りの金融化」が進むことで、将来的に「オンチェーン金利」が世界の金融指標の一つになる可能性があると考えている。伝統的な銀行システムを介さない、プログラムに基づいた透明性の高い金利形成は、中央銀行の政策金利とは別の、よりダイレクトな資本の需給を反映する指標になり得るからだ。
トークン化は「第1章」に過ぎなかった。私たちは今、資産がブロックチェーン上で自律的に動き、複雑な金融取引を自動で実行する「第2章」の入り口に立っている。それは、暗号資産が「特別な投資対象」ではなく、「当たり前の金融インフラ」になる過程そのものだといえるだろう。
この記事のポイント
- 機関投資家の関心は、単なる「資産のトークン化」から、利回りを自由に操る「利回りの金融化」へ移っている。
- DeFiは、伝統的金融の債券市場におけるレポ取引やヘッジ機能をオンチェーンで再現し始めている。
- プロの投資家に不可欠な「機密性」は、ゼロ知識証明(ZKP)などの技術により、コンプライアンスと両立する形で実装されつつある。
- 許可型の担保と非許可型の流動性を組み合わせたハイブリッド構造が、機関投資家参入の標準モデルになりつつある。
- DeFiはもはや実験の場ではなく、資本市場が移住するための次世代インフラへと進化を遂げている。
出典
- CoinDesk「How DeFi is quietly rebuilding the fixed-income stack for institutional capital」(2026年3月21日)

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
分かりやすい解説で、ブロックチェーン革命の潮流を一般に広めることを目指す。初心者から上級者まで、最新情報を求めるすべての人に役立つ情報発信を心がけている。
