米国で仮想通貨ATMに対する規制の波が急速に広がっている。2026年3月にインディアナ州が全米で初めて全面禁止に踏み切って以降、テネシー州、ミネソタ州と追随する動きが続いていた中、新たにデラウェア州とニュージャージー州でも同様の禁止法案が提出された。
両州の法案は、仮想通貨ATMを利用した詐欺被害の急増をその主な理由に挙げている。高齢者を中心に多発する「ロマンス詐欺」や「政府機関を装った詐欺」で、被害者がATMから現金を投入し、取り返しのつかない送金を行ってしまうケースが後を絶たない。州議会はもはや警告や取引制限では不十分だと判断し始めているのだ。
この記事では、規制の最前線で何が起きているのか、各州の法案にはどのような違いがあるのか、そして事業者側の反論や業界全体への影響までを、具体的な事例とともに整理していく。
全米に広がる「禁止」のドミノ、インディアナ州が口火を切った規制の現状

仮想通貨ATMの規制をめぐる状況は、ここ数カ月で劇的に変化した。これまでは取引額の上限設定や事業者登録の義務付けといった「管理」が主流だった。しかし、詐欺被害の報告件数が高止まりする中で、物理的な端末そのものを街から撤去させる「禁止」へと政策の軸足が移りつつある。
先行する3州の規制状況
この流れを決定づけたのは、2026年3月にインディアナ州で成立した法律だ。同法は州内での仮想通貨ATMの新規設置と既存端末の運営を全面的に禁止するもので、これを皮切りに各州が独自の禁止法案を準備し始めた。
4月にはテネシー州が続き、5月にはミネソタ州が同様の禁止措置を可決した。いずれの州も、ATMを通じた詐欺被害の増加を法整備の最大の根拠としている。テネシー州の事例では、被害者の大半が「税金の未払いがある」と脅されてATMからビットコインを購入し、犯人に送金させられていたという。相手が巧妙に官公庁の名称やロゴを悪用していたため、被害に遭った後に詐欺だと気づくケースがほとんどだった。
インディアナ州で先行して成立したという事実は、他の州にとって重要な政治的シグナルとなった。「自州だけが禁止するわけではない」という安心感が議員の背中を押している面は否定できない。連邦レベルでの統一ルールが存在しない空白の中で、州ごとの規制競争が一気に加速している。
市レベルの規制と取引上限を設ける州の動き
州全体での禁止だけでなく、市レベルでの取り組みも活発化している。マサチューセッツ州ヘイブリル市では条例によるATM禁止が検討されており、可決されれば市独自の判断で端末を排除できる道が開かれる。州議会での議論より早く動けるため、地元の消費者保護団体からは現実的な選択肢として評価する声がある。
一方で、全面禁止ではなく「取引額の上限規制」にとどめる州も存在する。アリゾナ州とカリフォルニア州は、仮想通貨ATMで一度に取引できる金額に上限を設けるアプローチを採用している。具体的な上限額は州によって異なるが、ATMを完全に締め出すのではなく、リスクをコントロール可能な範囲に抑えることを狙っている。
この二つの立場の違いは、「利便性と安全性のバランスをどこで取るか」という難しい問いを浮き彫りにしている。ATM事業者からすれば、上限設定は受け入れられるが全面禁止は事業の存続に関わる問題だ。しかし被害者支援団体は、金額制限だけでは巧妙化する詐欺手口を防げないと強く主張している。
デラウェア州法案の核心、90日以内の撤去と代替取引の封じ込め

デラウェア州で提出された法案は、これまでの規制の中でも特に厳格な内容を含んでいる。単に新しい端末の設置を禁じるだけでなく、既存の端末に対しても法律が施行されてから90日以内の完全撤去を義務付けている点が特徴的だ。
法案が狙う「抜け道」の防止
この法案の目を引くのは、ATMそのものの禁止だけではない点だ。法案は、販売時点情報管理システム(POS)や有人カウンターを通じて行われる現金から仮想通貨への交換についても、「ATMを模倣または代替する」取引として明確に禁止対象に含めている。
これはつまり、ATMを撤去した後に、ガソリンスタンドやコンビニエンスストアの店員がレジ越しに同様の取引を代行するようなビジネスモデルを封じ込める意図がある。規制の実効性を高めるための現実的な設計だと言えるだろう。過去に別の業界で規制逃れのためのスキームが横行した事例を念頭に置いた、先回りの対策と見られている。
違反への罰則と消費者保護基金の仕組み
罰則規定も具体的に設計されている。違反1件につき最大1万ドルの罰金が科せられるのに加えて、違反状態で運用されていた端末が発覚した場合、利用者全員への手数料返還が義務付けられる。利用者が特定できない場合には、州の消費者保護基金への支払いが求められる仕組みだ。
この「利用者特定不可時の基金への支払い」という条項は、被害者救済の実効性を高める工夫と言える。詐欺被害に遭った人の多くは、恥ずかしさや諦めから名乗り出ないケースが少なくない。直接的な返金が難しくても、同様の被害を防ぐための財源として間接的に役立てる設計は、他の州の法案でも参考にされる可能性がある。
ニュージャージー州の法案、初犯1万ドル、再犯で倍額の罰金体系

ニュージャージー州の法案も、基本的な方向性はデラウェア州と同様だが、罰則の段階的な強化に重点が置かれている。ATMの所有、管理、設置、販売、販売の申し出に至るまで、関連するあらゆる行為を包括的に禁止する内容だ。
詐欺被害の急増が後押しする規制強化
ニュージャージー州議会が法案を推進する直接的な理由も、「ATM利用に関連する詐欺の著しい増加」だとされている。特に問題視されているのは、被害者がATMの操作画面の前で電話を受けながら指示通りに送金してしまう手口だ。犯人は被害者に「絶対に電話を切るな」「これは通常の取引だと銀行員に説明しろ」と脅し、周囲の助けが入る余地を完全に遮断する。
州全体の被害総額は統計によってばらつきがあるものの、連邦取引委員会(FTC)のデータでは、仮想通貨ATMを経由した詐欺被害は2023年以降、全米で数億ドル規模に達していると推計されている。高齢者を中心とした消費者保護は、党派を超えて支持を得やすいテーマであり、これが急速な法案成立の追い風になっている。
累進的な罰則とその抑止力
ニュージャージー州法案の罰則は初犯で最大1万ドル、2回目以降の違反では倍額の2万ドルへと引き上げられる段階的な設計になっている。事業者にとっては、違反を繰り返すことでペナルティが加速度的に重くなるため、早期のコンプライアンス遵守が経済的にも合理的な判断となる。
この累進的な罰則モデルは、小規模な事業者が「罰金を払えばいい」と割り切って違法状態での営業を続けることを難しくする狙いがある。また、ATMの設置場所を提供するガソリンスタンドや小売店に対しても、違法な端末を置くことの経済的リスクを認識させる効果が期待されている。
事業者側の反論、詐欺の責任は誰にあるのか

全面禁止の動きに対して、ATM事業者側からは強い反発の声が上がっている。彼らに言わせれば、ATMという道具を使って詐欺を働くのは犯罪者であり、道具を提供しただけの事業者に責任を負わせるのは筋が違う、という理屈だ。
かつて世界最大級のATMネットワークを運営していたBitcoin Depotは、2025年12月の国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)の取材に対し、「第三者の犯罪者による行為について、当社が責任を負うことはできない」と明言していた。同社はATMの画面上や取引プロセス中に詐欺への警告を表示し、独自の取引制限を設けるなどの対策を講じていると主張している。
事業者が講じてきた自主的な安全策
多くのATM事業者は、規制が強化される前から自主的な対策を導入していた。具体的には、送金先のウォレットが詐欺報告の多いアドレスと一致する場合に警告を出すブラックリスト機能や、1日あたりの送金上限額の設定、初回利用者への強制的な確認画面の表示などだ。
Bitcoin Depotも「当社の端末と取引プロセスには、堅牢な警告と保護措置が組み込まれている」とICIJに対して説明している。同社に言わせれば、ATMの画面に大きく「詐欺に注意。政府機関が仮想通貨での支払いを要求することはありません」と表示し、取引前に必ず確認を求める設計にしている以上、それを無視して取引を進めた利用者の行動まで責められるのは不合理だ、という論法になる。
Bitcoin Depotの破綻が示す業界の現実
ただ、こうした事業者の主張が広く受け入れられているわけではない。Bitcoin Depotは世界で9,000台以上の端末を展開していたが、2026年5月に連邦破産法第11条の適用を申請し、経営破綻した。破綻の理由として同社が挙げたのが「規制圧力の高まり」だったことは、この業界が直面する現実を如実に示している。
自主的な対策だけでは規制当局の懸念を払拭できず、結果として事業環境の悪化が経営を直撃した構図だ。業界内では「法令遵守に積極的な事業者ほどコストが増え、規制を無視する悪質な事業者との競争で不利になる」という逆説も指摘されていた。結局、業界を挙げての信頼構築が間に合わず、全面禁止という最も厳しい選択肢を引き寄せてしまったと言える。
州ごとの規制が生むパッチワークと業界の未来

今回のデラウェア州とニュージャージー州の法案成立が現実味を帯びるにつれ、全米で規制の「パッチワーク化」がさらに進むことは避けられそうにない。全面禁止の州、取引制限にとどめる州、いまだに明確な規制を持たない州が混在する状況は、事業者にとっても利用者にとっても混乱の種となる。
連邦法不在の影響と州際問題
本来であれば、金融犯罪や消費者保護に関わる規制は連邦レベルで統一されるのが理想的な形だ。しかし、連邦議会では仮想通貨全般に関する包括的な法案がいまだ成立しておらず、この空白を埋めるように各州が独自の対応を急いでいる。Cointelegraphの記事によれば、カナダでも同様のATM禁止が提案されており、この動きは北米全体に波及する可能性がある。
問題になるのは、禁止州と非禁止州の境界線だ。例えば、ニュージャージー州で禁止されても、隣接するペンシルベニア州で規制が緩ければ、詐欺グループは被害者に州境を越えてATMを利用するよう指示するだけかもしれない。州ごとの規制には、こうした地理的な抜け道が常につきまとう。
詐欺対策としての実効性と代替手段の模索
ATMを物理的に撤去すれば、確かにその端末を通じた詐欺被害は減るだろう。しかし、詐欺師が別の手法に切り替えるだけではないか、という懐疑的な見方もある。分散型取引所(DEX)やP2P取引のプラットフォームを使った詐欺に移行する可能性は高く、結局は「いたちごっこ」になる懸念が拭えない。
一方で、ATMが詐欺のインフラとして突出して使われているのは、現金という匿名性の高い決済手段と仮想通貨を直接結びつける唯一の物理的な接点だからだ。この接点を断つことには、他の取引手法では代替できない一定の抑止効果があるという意見も、法執行機関の間では根強い。
事業者側は、利用者の身元確認強化やAIを使った不審取引のリアルタイム検知といった技術的な解決策を提案しているが、規制当局の要求する水準には達していないのが実情だ。利便性を保ちながら安全性を飛躍的に高める技術革新がなければ、ATM業界の未来は極めて厳しいと言わざるを得ない。
この記事のポイント
- 米国ではインディアナ州を皮切りに、仮想通貨ATMの全面禁止が州単位で急速に広がっている
- デラウェア州の法案は90日以内の撤去と代替取引の禁止を含む厳格な内容で、違反時には手数料返還に加え消費者保護基金への支払いも義務付ける
- ニュージャージー州は初犯1万ドル、再犯2万ドルと累進的な罰則で違法操業の継続を困難にする設計
- ATM事業者は自主的な安全策を主張するが、元大手Bitcoin Depotの破綻が示すように規制圧力に抗しきれていない
- 連邦法不在の中で州ごとの規制が乱立するパッチワーク化が進行し、事業者と利用者双方にとって不確実性が高まっている

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
分かりやすい解説で、ブロックチェーン革命の潮流を一般に広めることを目指す。初心者から上級者まで、最新情報を求めるすべての人に役立つ情報発信を心がけている。
