米国最大級の証券決済機関DTCCが、トークン化証券の新プラットフォームにパブリックブロックチェーン「Stellar」を採用する。単なる技術選択ではない。規制された金融の世界でパブリックチェーンが正式なインフラとして認められた、象徴的な一歩だ。
発表によれば、DTCCは2027年上半期をめどに、同社が管理するトークン化資産をStellarネットワーク上で利用可能にする。DTCCが管理する資産総額は114兆ドル(約1京7,000兆円)にのぼり、米国市場の基幹インフラだ。これまで閉域型の台帳で行われてきた決済業務に、初めて公共のブロックチェーンが接続されることになる。
背景にあるのは、10年近くにわたる静かな準備期間だ。金融機関が要求するコンプライアンス機能をブロックチェーンの基盤層に組み込むという、Stellarの長期戦略が実を結んだ形である。本記事では、この提携の経緯と、トークン化市場全体への波及効果を読み解く。
DTCCがStellarを選んだ3つの理由

DTCCはニューヨークに拠点を置き、米国の株式・債券取引のほぼすべてを処理する巨大決済機関だ。そのDTCCが特定のパブリックチェーンを公式パートナーとして指名するのは初めてであり、業界では大きな驚きをもって受け止められている。選定の理由は3つの要素に集約される。
コンプライアンス機能の基盤層への統合
第一の理由は、Stellarのネットワークが規制対応に必要な機能をプロトコルレベルで備えている点だ。具体的には、発行体がトークンの移転制限をかけたり、不正なトークンを強制的に回収する「クローバック」機能、送金時にKYC(本人確認)を必須とする仕組みなどが、ネットワークの基本機能として組み込まれている。
クローバックとは、発行体が特定のアドレスに送られたトークンを事後的に取り戻せる機能だ。盗難や制裁対象アドレスへの流出が起きた場合に、資産を凍結・回収できる。これがなければ、誤送金や不正流出時に資産を守る手段がなく、規制当局の承認を得るのは不可能に近い。
Stellar Development FoundationのCEO、デネル・ディクソン氏はCoinDeskの取材に対し、こうした機能は後付けではなくネットワークに直接実装されている点が重要だと強調した。証券法や経済制裁を遵守するには、単なる高速決済だけでは不十分であり、コンプライアンスを中核に据えた設計が求められるというわけだ。
Securrencyとの10年にわたる関係
二つ目は、DTCCが2023年に買収したトークン化プラットフォーム企業「Securrency」との長年の協業関係だ。Securrencyは現在、DTCC Digital AssetsとしてDTCCの中核組織の一部になっている。このチームが過去からStellarの開発者と密接に連携し、金融機関向けの機能を磨き上げてきた。
ディクソン氏によれば、チームの一部は「長期間にわたってStellarと協働してきた」という。DTCCが独自にチェーンをゼロから構築するのではなく、すでに実績のあるStellarを選んだのは、この人的な連続性が大きな要因になったとみられる。ゼロから新規プロジェクトを立ち上げるリスクを避け、実運用を見据えた現実的な選択を取った形だ。
フランクリン・テンプルトンの先行事例
三つ目は、巨大資産運用会社フランクリン・テンプルトンがStellar上で展開してきたトークン化ファンド「BENJI」の成功だ。同社は2019年からStellarの検証を始め、2021年に米国債を裏付けとするトークン化ファンドをローンチした。
このファンドの目新しさは、ファンドの記録を単一の共有台帳上に置くことで、従来のように複数のデータベースを照合する手間を省いた点にある。ディクソン氏によれば、フランクリン・テンプルトンはブロックチェーンの「台帳としての優秀さ」に着目したという。
BENJIの事例は、規制下にある金融商品であってもパブリックチェーン上で適切に運用できることを実証した。ここで得られた知見が、より大規模なDTCCのプロジェクトにも生かされている。時価総額にして約150億ドルにまで成長したトークン化米国債市場の、まさに先駆けといえるプロジェクトだ。
トークン化市場、30兆ドルの潜在規模

DTCCの動きは、暗号資産業界全体で加速する「トークン化」の潮流の延長線上にある。トークン化とは、米国債や株式、不動産、プライベートクレジットといった伝統的な金融商品を、ブロックチェーン上で発行・取引可能なデジタルトークンに変換することを指す。
この技術がもたらす最大の恩恵は、決済時間の短縮だ。現在、証券の売買が完了してから資金や証券が実際に移動するまでには、数日を要するケースが珍しくない。ブロックチェーンを使えば、このプロセスを数分、場合によっては数秒にまで短縮できる可能性がある。また、決済待ちの間に拘束されている担保を解放し、24時間365日の市場運営を実現する道も開ける。
市場規模の予測も出そろいつつある。英銀スタンダードチャータードは2028年までにトークン化資産が2兆ドルに達すると予測する。さらにコンサルティング企業BCGとリップル社の共同レポートでは、2033年までに18.9兆ドルにまで成長する可能性があると試算されている。日本円に換算すると約2,800兆円超だ。これは現在の暗号資産市場全体の時価総額をはるかに上回る数字である。
ディクソン氏はCoinDeskのインタビューで、トークン化はブロックチェーン導入の「完成形」にすぎないと指摘する。真の変革は、取引の記録や所有権の管理といった「本と記録」のインフラが根本から置き換わる点にある。業界の焦点は、目に見えるトークンから、その土台となる台帳技術の信頼性へとシフトしつつある。
パブリックチェーンが金融インフラになる条件

DTCCの意思決定は、パブリックブロックチェーンが伝統的な金融インフラとして受け入れられるための条件を浮き彫りにしている。決済速度が速いだけでは足りず、規制対応と既存の法的枠組みとの整合性が不可欠だというメッセージである。
ベースレイヤーは開かれ、ルールは発行体が決める
ディクソン氏はStellarの設計思想をこう説明する。「ベースレイヤーは常にオープンだ。その上で、どのようにコンプライアンスとプライバシーを持ち込むかは、金融機関が決める」
これは具体的にどういう意味か。まずネットワークへの参加自体は誰に対しても開かれている。しかし、特定の規制対象資産を発行する場合、発行体はその資産に独自のルールを課すことができる。たとえば、送金のたびにKYCチェックを必須にしたり、特定の条件を満たす投資家だけが保有できるように制限したりといった設定が可能だ。
このアーキテクチャは、完全な非中央集権を追求する他のパブリックチェーンとは一線を画す。一方で、銀行や証券会社が使うにはパーミッションが厳格すぎるプライベートチェーンとも異なる。両者の中間的な立ち位置を取ることで、規制と革新のバランスを実現している。これが、資金決済法や証券法といった法体系と衝突せずに共存できる理由だ。
ブラックロック、JPモルガンも続く波
フランクリン・テンプルトンの先行事例に続き、いまやブラックロックやJPモルガン、フィデリティといった名だたる金融機関がトークン化市場に参入している。トークン化米国債の時価総額は約150億ドルに達しており、この分野はもはや実験段階を脱しつつある。
DTCCとStellarの提携が持つ最大の意義は、こうした個別のプロダクトを超えて、市場全体の「配管」に相当する決済レイヤーにパブリックチェーンが食い込んだ点にある。個別のファンドや債券がトークン化されるだけでなく、それらを束ねて管理する中核インフラが変わる。金融システム全体への影響は、単純なプロダクト数の足し算では測れない。
Stellarの戦略は「地味だが強い」

振り返ってみると、Stellarの戦略は暗号資産業界の潮流の中でやや異色だ。派手なマーケティングや短期の価格高騰を追うのではなく、規制された金融機関が実際に使えるインフラの構築に時間を費やしてきた。
クローバック機能やトークン発行時のコンプライアンス制御などは、一般的な暗号資産ユーザーにとっては馴染みが薄く、むしろ「分散型の理念に反する」と見なされることさえある。しかし、証券決済という巨大市場で選ばれるためには、こうした機能こそが必要だった。10年間にわたる静かな開発と、地味だが着実な機能実装が、DTCCという大物を引き寄せた。
今回の発表によって、他の金融機関や市場インフラ企業が同様の動きを加速させる可能性は高い。7兆ドルを超える日々の取引を処理する決済インフラが、ついにブロックチェーンを正式な構成要素として認めた事実は、トークン化市場全体にとって強力な追い風になるだろう。
この記事のポイント
- 米証券決済大手DTCCがトークン化証券の基盤にパブリックブロックチェーンStellarを採用。2027年上半期の稼働を目指す
- 選定の背景には、コンプライアンス機能のプロトコル統合、Securrencyとの10年にわたる協業、フランクリン・テンプルトンによる先行事例の成功がある
- トークン化市場は2033年までに約19兆ドル規模への成長が予測されており、DTCCの動きは個別商品を超えた金融インフラ全体の転換を示唆する
- Stellarの戦略は、金融機関の規制要件を満たす機能を地道に実装し、パブリックチェーンと規制金融の橋渡しを実現した好例といえる

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
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