米国の市場インフラを支える決済大手DTCCが、トークン化証券の取り扱いに向けた具体的なスケジュールを発表した。
2026年7月から限定的な取引の試験運用を開始し、同年10月にはプラットフォームを本格稼働させる計画だ。これは、既存の金融システムとブロックチェーン技術を結びつける、最も具体的な一歩となる。
この動きは単なる実験ではない。ブラックロックやJPモルガン、ゴールドマン・サックスを含む50社以上が設計段階から関与し、SECからは限定的ながら規制上の承認も得ている。伝統的な金融の巨人が、本気でオンチェーンに乗り出す局面に入ったことを示すニュースだ。
DTCCの計画、試験運用は7月から

DTCC(米国証券保管振替機関)は5月4日、トークン化証券プラットフォームの試験運用を7月に開始し、10月の本格稼働を目指すと発表した。
DTCCは米国市場の中心的な決済機関であり、日々数兆ドル規模の取引を処理している。同社が保管する証券の総額は114兆ドルを超える。そのDTCCがブロックチェーンベースの決済に本格参入する意味は大きい。
今回のプラットフォームは、DTCC傘下のDTC(Depository Trust Company)内に構築される。具体的には、すでにDTCCが保管している株式や債券などの資産について、ブロックチェーン上でデジタル表現(トークン)を発行できる仕組みとなる。つまり、まったく新しい資産を生み出すのではなく、既存の証券をデジタル化して扱いやすくする発想だ。
重要なのは、このデジタル版の証券が従来の証券と同一の所有権と投資家保護を維持する点である。DTCCのフランク・ラサラCEOは「トークン化は市場の機能と運営を大きく変え、投資家に新たな流動性、透明性、効率性をもたらすと確信している」とコメントした。
50社以上が設計に関与
このプラットフォームの設計には、50社を超える金融機関や暗号資産関連企業が意見を提供している。
参加企業には、ブラックロック、ゴールドマン・サックス、JPモルガンといったウォール街の重鎮が名を連ねる。さらに、暗号資産ネイティブの企業であるAnchorageやCircleも関与している点が興味深い。伝統金融と暗号資産産業が、同じテーブルでインフラ設計を議論している構図だ。
これだけの大企業が参加している背景には、トークン化への期待の高まりがある。DTCCのプラットフォームは、実証実験を超えて実際の取引に使われる段階に到達しようとしている。
トークン化がもたらす市場構造の変化

トークン化とは、株式や債券といった現実の資産をブロックチェーン上で表現し、取引可能にすることだ。この技術が実用化されれば、金融取引のあり方が根本から変わる可能性がある。
決済時間の短縮とコスト削減
現在の株式取引では、売買が成立してから実際に資金と証券が移動するまでに数日を要することがある。この「T+2」(取引日から2営業日後決済)の仕組みは、間に複数の仲介業者が入るために生じるタイムラグだ。
トークン化によってブロックチェーン上で即時に決済が完了すれば、このタイムラグを大幅に短縮できる。仲介コストも削減され、より効率的な市場運営が可能になる。DTCCのような中央決済機関が自らこの技術を導入する意義は、まさにここにある。
流動性と市場参加者の拡大
トークン化には、もうひとつ大きな利点がある。資産の「小口化」だ。
従来、大口の機関投資家しかアクセスできなかった資産クラスを、より小さな単位で取引できるようになる。これにより、個人投資家や新興国の投資家など、これまで市場に参加できなかった層が新たに参入できるようになる。結果として市場全体の流動性が高まり、より健全な価格形成が期待できる。
この文脈において、DTCCのプラットフォームは「既存の証券」を対象としている点が重要だ。すでに広く取引されている米国株や国債がトークン化されることで、トークン化市場全体の信頼性が一気に高まる効果が見込まれる。
ウォール街で加速するトークン化競争

DTCCだけが動いているわけではない。複数の大手取引所や金融機関が、トークン化証券の取り扱いに向けて具体的な準備を進めている。
NasdaqとICE、取引所勢の動き
Nasdaqは、企業がブロックチェーンベースの株式を発行するための枠組みを整備中だ。暗号資産取引所Krakenの親会社と提携し、トークン化株式をグローバルに流通させる計画で、早ければ2027年にも実現する可能性がある。
ニューヨーク証券取引所(NYSE)を運営するインターコンチネンタル取引所(ICE)も、暗号資産プラットフォームOKXとの提携を通じてトークン化株式の計画を推進している。OKXの大規模なユーザーベースを活用し、個人投資家へのリーチを拡大する狙いがある。
こうした動きは、業界内で「エブリシング取引所(Everything Exchange)」と呼ばれる構想につながっている。株式、債券、デジタル資産がすべて同じインフラ上で取引される世界像だ。DTCCのプラットフォームは、このビジョンを実現するための重要なバックエンド機能を提供することになる。
DTCCの段階的アプローチ
DTCCが今回の発表に至るまでには、長年の準備期間があった。同社は数年にわたり分散型台帳技術のテストを重ね、Canton Network(CC)のような機関投資家向けブロックチェーンプロジェクトにも参加してきた経緯がある。
決定的な進展となったのは、2025年12月にSECから「ノーアクションレター」を取得したことだ。
ノーアクションレターとは、規制当局が「特定の行為について、たとえ法令違反の疑いがあっても強制措置を取らない」と事前に約束する文書である。DTCCはこれにより、ラッセル1000構成銘柄、ETF、米国債など、限定的ではあるが明確な範囲の資産についてトークン化サービスを提供できるようになった。
この規制上の明確さが、7月の試験運用開始を可能にした直接的な要因だ。
SECのノーアクションレターが持つ意味

今回の発表で特に注目すべきは、SECがトークン化証券に対して限定的ながらゴーサインを出した事実だ。
規制の不確実性をいかに乗り越えたか
暗号資産産業が長年直面してきた最大の障壁は、規制の不確実性である。特にSECは、多くの暗号資産を「未登録の証券」とみなす立場を取っており、業界との摩擦が続いてきた。
しかしDTCCのアプローチは、この問題を巧妙に回避している。対象を「すでにSECに登録されている既存の証券」に絞り、さらにノーアクションレターという正式な手続きを経ることで、規制リスクを最小化した。
この手法は、他の金融機関がトークン化に参入する際のひな型となる可能性が高い。規制当局と正面から対立するのではなく、既存の枠組みの中で段階的に進める戦略だ。
対象資産の範囲と今後の拡大可能性
ノーアクションレターがカバーするのは、ラッセル1000構成銘柄(米国大型株)、ETF、米国債に限られる。これは市場全体から見れば一部に過ぎないが、まずは影響の大きい主要資産から始めるという現実的な判断と見ることができる。
DTCCのプラットフォームが安定的に稼働し、規制当局との信頼関係がさらに構築されれば、適用範囲は徐々に拡大していく公算が大きい。企業債券や地方債、さらにはオルタナティブ資産への展開も視野に入ってくるだろう。
市場インフラの転換点、DTCCの決断がもたらす波及効果

DTCCの発表は、単なる一企業の事業計画以上の意味を持つ。114兆ドルを超える証券を管理する決済インフラがブロックチェーンに乗り出すことは、市場全体に対する強力なシグナルだ。
トークン化の「安全基地」ができることの影響
これまで、トークン化証券の最大の課題は「安全に保管・決済できる公的なインフラがない」ことだった。小規模なプロジェクトやスタートアップが個別に取り組んでいたが、DTCCのような公的インフラが参入することで、一気に信頼性が高まる。
投資家にとっては、これまで通りの投資家保護を受けながら、ブロックチェーンの効率性を享受できる道が開かれる。資産運用会社にとっては、新たな商品設計の可能性が広がる。そして規制当局にとっては、管理された環境でトークン化の実験を観察できる機会となる。
日本市場への示唆
この動きは日本市場にとっても無関係ではない。日本でも証券トークンオファリング(STO)の制度整備が進められてきたが、米国でDTCCのような中核インフラがトークン化に踏み切れば、グローバルな流れが一気に加速する可能性がある。
日本の金融機関や取引所が、この流れにどう対応するか。2026年後半から2027年にかけて、各国の市場インフラがブロックチェーン対応を競う展開が予想される。DTCCの10月本格稼働は、その幕開けを告げる出来事として記憶されることになるだろう。
この記事のポイント
- DTCCがトークン化証券プラットフォームを発表、7月に試験運用を開始し10月本格稼働へ
- ブラックロック、JPモルガンなど50社以上が設計に参加、SECのノーアクションレターも取得済み
- ラッセル1000構成銘柄、ETF、米国債などを対象に、既存証券のデジタル表現を発行
- NasdaqやICEもトークン化に注力しており、ウォール街で「エブリシング取引所」構想が加速
- 中核的な市場インフラの参入により、トークン化市場全体の信頼性が大きく向上する見通し

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
分かりやすい解説で、ブロックチェーン革命の潮流を一般に広めることを目指す。初心者から上級者まで、最新情報を求めるすべての人に役立つ情報発信を心がけている。
