米連邦準備制度理事会(FRB)は5月20日、暗号資産(仮想通貨)業界が長年求めていた「限定的なマスター口座」の正式案を公表した。いわゆる「スキニー口座」構想を具体化する一歩で、銀行免許を持たないノンバンク金融機関にもFRBの決済システムへのアクセスを開放する内容だ。
この制度が実現すれば、暗号資産取引所やフィンテック企業は仲介銀行を介さずに米ドル決済を完了できるようになる。決済の高速化とコスト削減という実務的な恩恵に加え、業界の金融インフラへの統合が一段と進む転換点となる可能性が高い。
ちょうど前日にはトランプ大統領が関連する大統領令に署名しており、FRBと政権の双方から暗号資産企業の銀行アクセスを巡る制度改革が同時進行で動き始めた格好だ。
スキニー口座とは何か

FRBが提示した「ペイメント口座(Payment Account)」は、フルスペックのマスター口座から機能を大幅に削ぎ落とした限定版だ。銀行監督を担う中央銀行の決済レールに乗りながら、銀行に対して課される規制やサービスの一部が適用されない。
マスター口座とは、FRBの決済システムに直接アクセスできる中央銀行口座である。これを持つ金融機関は、米国の決済ネットワークの根幹を流れる資金を直接処理できる。従来、この口座はFRBの監督下にある銀行や信用組合にほぼ限定されてきた。
フル口座との違い
FRBの声明によれば、ペイメント口座の保有者は次の制限を受ける。まず、日中の当座貸越(イントラデイ・クレジット)は利用できない。次に、割引窓口(金融機関が資金を借り入れる緊急融資制度)にもアクセスできない。準備銀行に預けた残高に金利は付かず、自動的な当座貸越防止機能付きで決済サービスのみを利用できる。
割引窓口や日中信用供与は、金融危機時に流動性を供給する安全網である。FRBがこれらの機能をはずしたのは、銀行業を営まないノンバンクにまでセーフティネットを拡大するリスクを避ける意図があるとみられる。
2025年12月案からの変更点
FRBは2025年12月に情報提供依頼(RFI)を出し、45日間の意見公募を経て今回の正式提案に至った。CoinDeskの記事によれば、基本的な枠組みは前回案とおおむね同じだが、いくつかの修正が加えられている。
最も注目すべき変更点は残高制限の緩和だ。閉鎖時残高の上限が前回案より引き上げられ、各機関の想定決済活動量に基づいて設定される方式に改められた。大口の決済ニーズに対応しやすくする現実的な調整といえる。
なぜ暗号資産業界にとって重要なのか

暗号資産取引所が顧客の米ドル預金を管理し、法定通貨と暗号資産を交換するには、銀行口座が不可欠だ。しかし、これまでは大手銀が口座開設を渋ったり、コルレスバンク(仲介銀行)を通じた間接アクセスに頼らざるを得なかった。
仲介銀行を挟むと決済に時間がかかり、手数料も積み上がる。さらに、仲介銀行の内部判断で口座が凍結されるリスクも常につきまとう。スキニー口座によってFRBの決済システムに直結できれば、こうした制約から解放される。
決済コストと時間の大幅削減
FRBの決済システムは米国の金融インフラの中枢を担う。ここに直結できるということは、銀行を介さずに中央銀行マネーで直接決済できることを意味する。送金時間はリアルタイムに近づき、仲介手数料も不要になる。
特にステーブルコインの発行企業や取引所にとっては、顧客資金の入出金を高速化でき、ユーザー体験の改善に直結する。米ドルの発行体として、決済の安定性と信頼性を高める手段にもなる。
銀行依存からの脱却
暗号資産業界は過去に「オペレーション・チョークポイント2.0」と呼ばれる銀行排斥の問題に直面してきた。規制当局が銀行に圧力をかけ、暗号資産企業の口座を閉鎖させたとされる問題である。スキニー口座は、この構造的脆弱性を緩和する施策としても注目されている。
FRB直結の口座を持てば、商業銀行の経営判断や規制対応に左右されにくくなる。業界が求めてきた金融アクセスの安定化に直結する要素だ。
トランプ大統領令と政権の後押し

FRBの提案は、単独で出てきたわけではない。提案発表の前日となる5月19日、トランプ大統領は暗号資産企業の決済レールへのアクセスを見直すようFRBに求める大統領令に署名した。
大統領令は、無保険預金取扱機関やノンバンク金融機関に対する決済口座・決済サービスの提供状況について、FRBが包括的なレビューを実施するよう指示する内容だ。さらに、ワシントンのFRB理事会とは独立して動いてきた12の地区連邦準備銀行の権限についても精査を求めている。
ホワイトハウスの狙い
トランプ政権はかねてから暗号資産推進の姿勢を鮮明にしてきた。大統領令に期限が明示されているわけではないが、FRB理事会への監督権限をちらつかせつつ、制度改革を急がせる意思表示と受け取られている。
地区連銀の独立性への言及は特に重要だ。CoinDeskの記事が指摘するように、2026年3月にクラーケンが連邦準備銀行カンザスシティから限定的マスター口座を取得したのも、ワシントンの理事会経由ではなく地区連銀の判断だった。こうした分散的な意思決定の仕組みにメスを入れる可能性がある。
FRB理事会と地区連銀の関係
米国の連邦準備制度は、ワシントンのFRB理事会と全米12の地区連邦準備銀行が役割を分担する二層構造をとっている。マスター口座の付与は伝統的に地区連銀の裁量に委ねられてきた部分が大きく、これが統一的なルール形成の妨げになってきた側面がある。
今回のFRB提案では、正式な規則が成立するまでの間、各地区連銀に一部の申請審査を一時停止するよう要請している。統一ルールができるまでは個別判断を控えるという意思表示で、規制の分断を解消する狙いがうかがえる。
Krakenの先行事例と業界の反応

2026年3月、暗号資産取引所のクラーケン(Kraken)は暗号資産企業として初めてFRBのマスター口座アクセスを獲得した。ウォール・ストリート・ジャーナルが報じたこの事例は、連邦準備銀行カンザスシティが独自に判断して認めたものだった。
この先行事例が示すのは、FRB理事会の統一規則がなくても個別の地区連銀が裁量で口座を開放できるという事実だ。しかし、これは同時に地区連銀によって対応が分かれるリスクもはらんでいる。統一ルールの必要性を裏付ける材料として、今回の提案で参照されている。
他業態にも波及する可能性
スキニー口座の恩恵を受けるのは暗号資産企業だけではない。FRBの声明にあるように、多様なビジネスモデルを持つフィンテック企業全般が対象になりうる。決済代行業者、送金業者、給与計算サービスのプロバイダーなども、銀行を仲介せずにFRBシステムに直接アクセスできるようになれば、事業コストを大幅に削減できる。
ただし、こうした広がりが大きくなればなるほど、FRBの監督能力や金融システムの安定性に与える影響について慎重な意見も出てくるだろう。今回の提案に付された60日間の意見公募期間で、銀行業界や消費者団体からどのような意見が寄せられるかが注目される。
金融規制の転換点か

一連の動きを大きな視点で見ると、米国の金融規制が「銀行中心」から「機能中心」へと軸足を移しつつあるトレンドが浮かび上がる。銀行業を営まない主体であっても、決済という本質的に重要な機能を果たすなら、中央銀行のインフラに接続を認めるべきだ、という考え方である。
これは規制上のパラダイムシフトに等しいが、FRBの表現はあくまで慎重だ。ペイメント口座は「フルスペックのマスター口座サービスを軽量化したもの」と位置づけられ、銀行制度そのものを置き換える意図はないと強調される。激変緩和を図りつつ、現実の金融技術の進歩に合わせた調整を進めるバランス感覚がうかがえる。
残る課題
スキニー口座で懸念されるのは、FRBが強調する当座貸越防止機能がどこまで実効性を持つかだ。万一、システム障害や繁忙時のバッチ処理遅延で想定外のマイナス残高が発生した場合、FRBがどうリスクを吸収するのかは明確になっていない。
また、マネーロンダリング対策や経済制裁対応について、FRBが口座保有者を直接監督する体制をどう整えるのかも課題となる。現状ではこうした責務は銀行に委ねられている部分が大きい。口座の直接開放は、中央銀行がコンプライアンスの最前線に立つことを意味するからだ。
国際的な含意
米国がスキニー口座を制度化すれば、他国の中央銀行にも波及する可能性がある。すでに英国やシンガポール、スイスなどではノンバンクの中央銀行口座アクセスを部分的に認める動きが出ており、国際的な競争が加速するかもしれない。
国際決済銀行(BIS)も中央銀行デジタル通貨(CBDC)の文脈で、ノンバンクの決済システム参加をテーマに取り上げている。FRBの動きは、単なる国内規制の調整を超えて、グローバルな金融インフラ設計に影響を及ぼす可能性を秘めている。
この記事のポイント
- FRBが暗号資産企業も利用可能な「スキニー口座」の正式案を公表し、60日間の意見公募を開始した
- 当座貸越や割引窓口へのアクセスは与えず、決済機能に特化した限定版のマスター口座として設計されている
- トランプ大統領令による後押しもあり、政権とFRBの両面から制度改革が同時進行している
- クラーケンが先行して地区連銀経由で口座を取得した事例があり、統一ルールの必要性が高まっている
- 銀行中心から機能中心への規制転換を示唆する動きで、国際的な金融インフラ設計への波及も見込まれる

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
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