フランス政府が暗号資産に対する姿勢を大きく転換させた。これまで民間企業が発行するステーブルコインに対して厳しい視線を送ってきたパリの当局が、一転してユーロ建てステーブルコインの普及を後押しする構えを見せている。
この動きは、デジタル決済における米ドルの圧倒的な支配力に歯止めをかけ、欧州独自の金融インフラを構築しようとする戦略的な一歩だ。フランスのローラン・レスキュール財務相は、欧州の主要銀行が主導する新たなプロジェクトへの全面的な支持を表明している。
背景には、欧州の金融主権を守るという強い危機感がある。民間主導のイノベーションを拒絶するのではなく、既存の銀行システムと融合させることで、次世代のデジタル経済における主導権を握ろうとするフランスの新たな戦略を深掘りしていく。
フランス政府の劇的な方針転換とレスキュール財務相の発言

フランス政府の暗号資産に対する態度は、ここ数年で驚くほどの変化を遂げた。かつてはステーブルコインを国家の通貨主権を脅かす存在として敵視していたが、現在はその必要性を公に認める段階に至っている。ロイター通信などの報道によれば、ローラン・レスキュール財務相は、より多くのユーロ建てステーブルコインの登場を呼びかけたという。
以前の厳しい規制姿勢からの脱却
かつてフランスの金融政策を担っていたブリュノ・ル・メール前財務相は、法定通貨に連動する暗号資産に対して極めて厳しい立場を取っていた。ル・メール氏は、民間発行のステーブルコインが「欧州の地には居場所がない」とまで断言し、国家の主権を脅かすリスクを強調していた経緯がある。
2023年には、欧州委員会がステーブルコインの広範な利用を阻止する計画を立てていることを示す文書にも、当時のフランス政府の意向が反映されていた。さらに、フランス銀行のフランソワ・ビルロワドガロー総裁も、ステーブルコインやトークン化された民間通貨が「通貨の民営化」を招き、政治的な脅威になると警告を発していた。
レスキュール氏が示す新たなビジョン
しかし、レスキュール財務相の最近の発言は、こうした過去の懸念を払拭するものだ。同氏は、現在のデジタル市場においてユーロ建てのステーブルコインが、米ドル建てのものに比べて圧倒的に少ない現状を「満足のいくものではない」と指摘した。これは、デジタル空間でのユーロの存在感を高めることが、今のフランスにとっての優先事項であることを示唆している。
レスキュール氏は、欧州連合(EU)全域の銀行に対し、トークン化預金の導入をさらに模索するよう強く促している。トークン化預金とは、従来の銀行預金をブロックチェーン上で扱えるようにデジタル化したもので、ステーブルコインと同様の利便性を持ちつつ、既存の銀行規制の枠組み内で運用できる仕組みだ。財務相がここまで具体的に技術的な方向性を支持するのは異例のことと言える。
欧州12銀行連合「Qivalis」が描くユーロ決済の未来

フランス政府が方針を転換した最大の要因の一つが、欧州の有力銀行が集結して立ち上げたコンソーシアム「Qivalis(キバリス)」の存在だ。このプロジェクトは、民間の力を結集してユーロのデジタル化を推進する、欧州金融界の総力戦とも言える試みである。
参加銀行とプロジェクトの狙い
Qivalisには、欧州を代表する12の銀行が名を連ねている。具体的には、フランスのBNPパリバ、スペインのBBVA、オランダのING、イタリアのウニクレディトといったメガバンクが含まれる。これほどの影響力を持つ金融機関が手を取り合うのは、デジタル決済市場における米国企業の独占に対する強い危機感があるからだ。
現在、世界のステーブルコイン市場はテザー(USDT)やサークル(USDC)といった、米ドルに連動する通貨が9割以上のシェアを占めている。Qivalisはこの現状を打破し、欧州内での取引や国際決済において、ユーロ建てのデジタル通貨が標準となる世界を目指している。レスキュール財務相も「これこそが我々が必要とし、求めているものだ」と述べ、この連合への支持を明確にしている。
2026年後半のローンチ予定と技術的背景
Qivalisが計画しているユーロ建てステーブルコインは、2026年の後半に発行される予定だ。このステーブルコインは、ユーロの価値に1対1で固定(ペッグ)され、ブロックチェーン技術を活用して24時間365日の即時決済を実現する。銀行が発行主体となることで、従来の暗号資産よりも高い信頼性と規制への準拠が期待されている。
また、このプロジェクトは単なる決済手段の提供にとどまらない。スマートコントラクトを活用した自動決済や、複雑な金融取引の効率化など、企業のビジネスプロセスを根本から変える可能性を秘めている。銀行預金のトークン化と並行して進めることで、既存の金融システムとの親和性を保ちながら、デジタル経済への移行をスムーズに進める計画だ。
ユーロ建てステーブルコインが必要とされる理由

なぜ今、フランスや欧州の銀行はこれほどまでにユーロのデジタル化を急いでいるのか。そこには、単なる技術への興味を超えた、地政学的かつ経済的な切実な理由が存在する。
米ドル1強体制への対抗策
暗号資産の黎明期から現在に至るまで、ステーブルコイン市場は米ドルを中心に発展してきた。これは、世界中の投資家や企業がデジタル資産を取引する際、事実上の基軸通貨としてドルを選択してきた結果だ。しかし、欧州の視点から見れば、域内の取引までもがドル建ての資産を経由することは、為替リスクや米国の規制・政策への依存を強めることになる。
ユーロ建てのステーブルコインが普及すれば、欧州の企業はドルに換金することなく、デジタル空間で直接ユーロによる取引を完結できるようになる。これは決済コストの削減だけでなく、欧州経済の独立性を高めることにつながる。レスキュール財務相がユーロ建てコインの少なさを問題視したのは、この経済的自立を勝ち取るためだ。
トークン化預金がもたらす金融の効率化
財務相が言及した「トークン化預金」も、今後の金融インフラにおいて重要な役割を果たす。ステーブルコインが主に決済や取引の手段として使われるのに対し、トークン化預金は銀行のバランスシート上に存在する資産をデジタル化したものだ。これにより、銀行間の資金移動が劇的に高速化し、資産の流動性が向上する。
例えば、企業のサプライチェーンにおいて、商品の納品と同時にトークン化された預金が自動的に支払われる仕組みを構築できる。これにより、従来の銀行振込で数日かかっていた処理が数秒で完了し、資金効率が飛躍的に高まる。フランス政府は、こうした実体経済への恩恵を重視し、銀行による技術導入を後押ししているのだ。
欧州の金融主権とMiCA規制が果たす役割

フランスの方針転換が可能になった背景には、欧州連合(EU)が先駆けて整備した包括的な暗号資産規制「MiCA(市場における暗号資産規制 / Markets in Crypto-Assets)」の存在がある。ルールが不明確だった時代は「リスク」として排除していた対象を、ルールを定めることで「管理可能なツール」へと変えたのだ。
規制による「安心感」の提供
MiCAは、ステーブルコインの発行者に対して厳格な資産裏付けや透明性を求めている。これにより、かつてのテラ(UST)ショックのような暴落リスクを抑え、ユーザーを保護する枠組みが整った。フランス政府が民間のステーブルコインを支持できるようになったのは、この法整備によって、銀行が発行するデジタル通貨の安全性が担保されたからに他ならない。
また、MiCAはEU全域で共通のルールを適用するため、フランスで認可を受けたサービスは他の加盟国でも展開できる(パスポート制度)。Qivalisのような多国籍な銀行連合にとって、この統一ルールは事業を拡大するための強力な追い風となっている。規制はイノベーションを阻害するものではなく、むしろ健全な市場を育てるための土台として機能している。
デジタル・ユーロとの共存
現在、欧州中央銀行(ECB)は中央銀行デジタル通貨(CBDC)である「デジタル・ユーロ」の開発も進めている。一見すると、民間のステーブルコインと競合するように見えるが、フランス政府はこれらを補完的なものと考えているようだ。中央銀行が発行するデジタル通貨が公共のインフラとして機能し、民間のステーブルコインやトークン化預金がより高度で多様な金融サービスを提供する、という役割分担だ。
レスキュール財務相の発言からは、公共セクターだけでなく、民間セクターの活力を取り入れなければ、デジタル決済の覇権争いには勝てないという現実的な判断が透けて見える。欧州の金融主権を守るためには、官民が一体となってデジタル化を推し進める必要があるというわけだ。
独自の視点、フランスの変節は「現実主義」への回帰か

今回のフランス政府の動きを分析すると、理想主義的な規制至上主義から、実利を重視する現実主義へのシフトが見て取れる。当初、当局がステーブルコインを恐れたのは、それが自分たちのコントロールできない「新しい通貨」だったからだ。しかし、既存の有力銀行が発行主体となり、法規制の枠組みに収まるのであれば、それはもはや脅威ではなく、強力な武器になる。
特に、米ドル建てステーブルコインの発行体であるサークル社が、フランスに欧州拠点を設置し、MiCAの下で認可を取得しようとしている動きも無視できない。外資系企業が欧州市場を席巻する前に、自国のメガバンクを支援して対抗馬を育てるという、産業政策的な側面も強いだろう。フランスは、暗号資産を単なる投資対象としてではなく、国家の競争力を左右する「金融インフラ」として再定義したのだ。
今後は、Qivalisに参加する銀行が具体的にどのようなサービスを展開し、ユーザーにどのようなメリットを提示できるかが焦点となる。単に「ユーロだから」という理由だけで選ばれるほど甘い市場ではない。USDTやUSDCが築き上げた圧倒的な流動性と利便性に、欧州の銀行連合がどこまで肉薄できるか。2026年のローンチに向けた、フランスと欧州の挑戦は始まったばかりだ。
この記事のポイント
- フランスのレスキュール財務相が、ユーロ建てステーブルコインの普及とトークン化預金の推進を公に支持した。
- 以前のフランス政府はステーブルコインを金融主権への脅威としていたが、デジタル市場でのユーロの存在感向上を優先する方針へ転換した。
- 欧州の主要12銀行が参加するコンソーシアム「Qivalis」が、2026年後半にユーロ建てステーブルコインのローンチを目指している。
- この動きの背景には、米ドル建てステーブルコインの独占に対する危機感と、欧州独自のデジタル決済インフラを構築する狙いがある。
- EUの暗号資産規制法(MiCA)が整備されたことで、銀行が安全にデジタル資産を発行・管理できる環境が整ったことが方針転換を後押しした。

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
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