イリノイ州が2027年1月1日から導入する0.2%のデジタル資産税をめぐり、暗号資産業界の主要団体が提訴に踏み切った。この税は利益や手数料ではなく、取引される資産の価値そのものに課される点が特徴だ。本記事では税の仕組みと訴訟の争点、ブローカーや利用者への実務的な影響を解説する。
提訴したのはブロックチェーン協会(Blockchain Association)と暗号資産イノベーション評議会(Crypto Council for Innovation)だ。2026年8月21日にイリノイ州サンガモン郡の巡回裁判所へ訴状を提出した。1か月前にはデジタル商工会議所(The Digital Chamber)も同郡で別の訴訟を起こしている。
この訴訟の行方は、イリノイ州だけでなく他州の暗号資産税制にも影響を与える可能性がある。取引額ベースの課税という手法自体が連邦法に違反するかどうかが問われているからだ。以下、争点を順に整理する。
イリノイ州、取引額ベースの0.2%デジタル資産税とは

イリノイ州が制定したデジタル資産税法(Digital Asset Tax Act)は、州内の顧客が受ける特定のデジタル資産ビジネス活動に対して、資産価値の0.2%を課税する法律だ。2027年1月1日から施行される。徴収義務を負うのは、取引を成立させるブローカーである。
課税対象は利益ではなく取引額、その意味
通常、税金は得られた利益や手数料に対して計算される。たとえば株式投資の譲渡益課税は、売却価格から取得価格を差し引いた利益が課税ベースになる。ところがイリノイ州の新税は違う。取引されるデジタル資産の市場価値に対して0.2%を課す。つまり、たとえ損失が出ている取引でも、動いた資産の額に応じて税金が発生する。
この仕組みは、暗号資産のボラティリティ(価格変動の激しさ)と相性が悪いとの指摘がある。価格が急落する局面では、資産価値が目減りして含み損を抱えていても、取引のたびに税金だけが積み上がる。実質的な経済力と税負担が乖離する構造だ。業界団体が問題視するのも、この点にある。
どんな取引が課税対象になるのか
課税対象となるカバード・デジタル資産ビジネス活動は、ビジネスの一環として、またはサービス提供に合意した顧客のために行われるデジタル資産の交換、移転、保管の単一発生を指す。単なる自己保管ウォレット間の移転がそのまま課税対象になるわけではない。有償でブローカーが提供するサービスが伴う取引に限定される。
とはいえ、この定義は広い。たとえば取引所で暗号資産を売買する、カストディサービスに預ける、送金サービスを利用する、といった行為がすべて対象になり得る。日常的に暗号資産を利用する個人にとっては、取引のたびに0.2%の税金が上乗せされる感覚になる。
業界団体が提訴、連邦法と州法の衝突が焦点に

7つの訴因は何を主張しているのか
ブロックチェーン協会と暗号資産イノベーション評議会が起こした訴訟では、7つの法的根拠を挙げてデジタル資産税法の無効を主張している。柱となるのは、連邦インターネット税自由法(ITFA)による専占、米国憲法の商務条項違反、連邦および州の適正手続き(デュープロセス)保障への違反だ。
専占とは、連邦法が州法に優先するという法的原則を指す。ITFAはインターネット上の取引に対する州の差別的課税を禁じている。原告側は、デジタル資産に対する課税がこの連邦法に反すると主張する。商務条項は、州際通商を規制する権限は連邦議会にあると定めた憲法の規定だ。州が他州のブローカーに課税する際、この条項を超えていないかが争点になる。
また、税の均一性や州議会の立法手続きに関するイリノイ州憲法の規定にも違反すると訴えている。イリノイ州歳入局長のデビッド・ハリス氏、州司法長官のクワメ・ラウル氏、サンガモン郡州検事のジョン・ミルハイザー氏が被告として名指しされている。ただし、これらはあくまで原告の主張であり、裁判所が判断を下したわけではない。
2つの訴訟が並行して進行中
1か月前の2026年7月には、デジタル商工会議所が別の訴訟をサンガモン郡に起こしている。今回の提訴と合わせて、同じ法律に対して2つの訴訟が別々に進行している状態だ。現時点では、両訴訟を統合する決定や共同のスケジュールは公表されていない。ブロックチェーン協会らが公開した訴状には、事件番号欄が空白のまま残されている。手続きはまだ初期段階だ。
ブローカーが徴収できない場合、利用者に直接請求が来る仕組み

翌月20日までに自己申告・納付が必要
この法律が特に利用者にとって見落とせないのは、ブローカーが税金を徴収しなかった場合の扱いだ。イリノイ州の顧客が課税対象のデジタル資産ビジネス活動を受け、ブローカーが税を請求しなかったときは、顧客自身が翌月20日までに州歳入局へ納付しなければならない。申告書式も州が指定するものを使う必要がある。
つまり、ブローカーが税務対応を整えていない海外の取引所や分散型サービスを利用しているイリノイ州民は、自分で取引履歴を追い、毎月税額を計算して納付する義務を負う可能性がある。資産価値が変動する中で、毎月の納税額を自己申告する負担は小さくない。コンプライアンスの実務が個人に重くのしかかる構図だ。
州外ブローカーに課せられる条件
州外に本社を置くブローカーも、一定の条件を満たせば徴収義務の対象になる。過去12か月間のイリノイ州顧客への売上総額が10万ドル以上に達した場合、州内に事業所を持つとみなされる。判定は四半期ごとに行われ、一度基準を満たすと1年間は徴収・納付・申告の義務が続く。登録要件は別途定められている。
この仕組みは、全国展開する暗号資産取引所やフィンテック企業にとって、州ごとの税務対応を迫られることを意味する。イリノイ州だけでなく他州も同様の税を導入した場合、事業者は州ごとに異なる税率と申告システムに対応しなければならない。運用コストは無視できない規模になるとの見方がある。
2027年1月1日が意味するもの、訴訟の行方と市場への影響

提訴だけでは法律は止まらない
重要なのは、訴状の提出自体は法律の施行を自動的に停止しないという点だ。原告側は差し止め命令を求めているが、裁判所が何らかの救済措置を出すまでは、2027年1月1日がそのままコンプライアンス期限として残る。現時点で差し止め命令や審理日程は公表されていない。ブローカーは施行日を前提に準備を進める必要がある。
しかし、裁判所が予備的差し止め命令を出した場合、施行は延期される可能性がある。過去の類似案件では、州税の施行直前に連邦裁判所が差し止めを認めた例もある。事業者と利用者は、今後の裁判所の動きを注視する必要がある。
暗号資産市場に与える中期的な影響
この訴訟の争点は、イリノイ州の税法の合憲性にとどまらない。取引額ベースのデジタル資産課税という手法そのものが、連邦法の枠組みと矛盾しないかが問われている。もしこの税が合憲と判断されれば、他の州が同様の税を導入する動きが加速する可能性がある。逆に差し止めや無効判決が出れば、州レベルでの独自課税に歯止めがかかる。
暗号資産取引は国境や州境を越えて行われる特性を持つ。州ごとに異なる税制が乱立すれば、事業者は最も規制の緩い州へ拠点を移すか、特定州の顧客へのサービスを停止する判断を迫られる。イリノイ州の税が業界に与える影響は、単なる0.2%のコスト増にとどまらない。法の枠組み全体に関わる問題だ。
この記事のポイント
- イリノイ州が2027年1月1日から取引額ベースの0.2%デジタル資産税を導入予定
- 利益ではなく資産価値に課税されるため、損失が出ていても納税義務が生じる
- ブローカーが徴収しない場合、利用者が翌月20日までに自己申告・納付する必要がある
- 業界団体2団体が提訴、連邦法と州法の衝突が主な争点
- 提訴だけでは法律の施行は停止されず、現時点で施行日は変わらない

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
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