米インディアナ州のマイク・ブラウン知事は3月4日、州の退職年金および貯蓄プランにおいて暗号資産(仮想通貨)への投資を可能にする法案「House Bill 1042」に署名した。
この新法は、州が運営する複数の公的年金基金に対し、2027年7月までに少なくとも1つの暗号資産投資オプションを提供することを義務付ける。
投資機会の拡大に留まらず、自己管理(セルフカストディ)やマイニングの権利を法的に保護する条項も含まれており、州レベルでの暗号資産の普及を後押しする内容となっている。
退職年金制度への暗号資産導入を義務化

インディアナ州知事が署名したHouse Bill 1042は、州の公的退職年金制度におけるパラダイムシフトを意味する。同法は、州の立法府が管轄する確定拠出年金プランや、州職員向けの貯蓄プランにおいて、暗号資産を投資対象に含めることを明確に定めた。
具体的には、2027年7月1日までに「セルフ・ブローカレッジ・アカウント(自主運用口座)」を通じて、少なくとも1つの暗号資産関連の投資オプションを選択できるようにしなければならない。これは、加入者が自らの判断で退職金の一部をビットコイン(BTC)などのデジタル資産に割り当てる道を拓くものである。
ビットコインの市場価格は、こうした制度化の動きを背景に底堅く推移している。
対象となる具体的な年金基金
法案の適用対象は広範囲に及ぶ。具体的には、州議会議員の確定拠出年金プラン、州職員向けの「Hoosier START(フージャー・スタート)」プラン、特定の公務員退職基金、および特定の教職員退職基金が含まれる。
確定拠出年金(DC)とは、拠出された資金を加入者が自ら運用し、その結果に基づいて将来の給付額が決まる制度だ。日本の「iDeCo(イデコ)」や企業型DCに近い仕組みであり、運用先の選択肢に暗号資産が加わることの意義は大きい。
セルフ・ブローカレッジ・アカウントとは、標準的な運用メニュー以外に、加入者がより幅広い金融商品にアクセスできる窓口を指す。これにより、保守的なポートフォリオを維持しつつ、一部の資金を成長性の高い暗号資産に振り向けることが可能になる。
導入までのスケジュールと背景
法案は2月27日に州議会を通過し、そのわずか数日後にブラウン知事の署名に至った。2027年7月という期限は、システム改修や信託銀行との調整期間を考慮したものと見られる。
背景には、ビットコイン現物ETF(上場投資信託)の承認以降、機関投資家や公的機関によるデジタル資産の保有が一般化したことがある。調査会社Bitboの推計によれば、上場企業や政府、ETFなどを通じて、既に370万BTC(約2,580億ドル相当)以上が組織的に保有されている。
インディアナ州のこの動きは、ボラティリティ(価格変動)の懸念から暗号資産を遠ざけてきた従来の公的年金の姿勢を、法的強制力を持って転換させるものだ。
暗号資産ユーザーとマイナーの権利を保護

House Bill 1042のもう一つの重要な側面は、暗号資産を利用・生産する市民の権利を法的に担保した点にある。州政府や地方公共団体による不当な介入を防ぐための規定が詳細に盛り込まれた。
これは、単なる投資の許可に留まらず、暗号資産を既存の金融システムと並ぶ正当な手段として州が認めたことを意味する。
自己管理(セルフカストディ)と決済の自由
新法では、金融機関局(DFI)を除く公的機関が、暗号資産による支払いや自己管理、マイニングを禁止する規則を策定・執行することを禁じている。
自己管理(セルフカストディ)とは、取引所などの第三者に資産を預けず、自分専用のデジタル財布(ウォレット)で秘密鍵を管理することを指す。銀行を通さずに現金を自分の金庫で保管するのと同様の権利が、デジタル空間においても法的に保障された形だ。
また、非カストディアル型(資産を預からない形式)の送金を可能にするアプリケーションやソフトウェア・プロトコルについては、送金業者のライセンスを不要とすることも明文化された。これにより、技術開発者が過度な規制に縛られることなくイノベーションを推進できる環境が整う。
マイニング事業者への不当な規制を禁止
地方自治体(郡、市、町など)が、暗号資産のマイニング(採掘)事業者や個人マイナーに対して、同種の他事業には適用されない特別な制限を課すことも禁止された。
マイニングとは、高性能なコンピューターを用いて計算処理を行い、ネットワークの安全性を維持する対価として新規通貨を得る作業である。膨大な電力を消費し、冷却ファンの騒音が発生するため、他州では近隣住民とのトラブルに発展するケースが相次いでいた。
例えばテキサス州フード郡では、マイニング施設の騒音を規制するために新たな自治体を設立しようとする動きまで見られた。インディアナ州の新法は、こうした「狙い撃ち」の規制を封じ、ゾーニング(土地利用規制)においてマイニングを他の産業と同様に扱うよう義務付けている。
米国における退職金口座と代替資産の動向

インディアナ州の動きは、全米で加速する「暗号資産の主流化」という大きな潮流の一部である。特に連邦レベルでの政策転換が、各州の法整備に強い影響を与えている。
退職金口座という巨大な資本プールが暗号資産に開放されることで、市場に流入する資金の桁が変わる可能性が指摘されている。
連邦政府による401(k)へのアクセス拡大
ドナルド・トランプ大統領は2025年8月、確定拠出年金(401(k))の投資家が暗号資産を含む代替資産にアクセスしやすくすることを目指す大統領令に署名した。
401(k)とは、米国の民間企業で広く採用されている確定拠出年金制度だ。従来、米労働省(DOL)は退職金口座での暗号資産運用に対して慎重な姿勢を崩していなかったが、政権交代に伴い、証券取引委員会(SEC)などに対してアクセスの民主化を指示する方針へと転換した。
Varys Capitalのベンチャー部門責任者であるトム・ダンリービー氏は、401(k)の資金のわずか1%が暗号資産に割り当てられるだけで、1,200億ドル(約18兆円)もの新規資金が流入すると予測している。
州レベルでのビットコイン戦略の広がり
インディアナ州以外でも、暗号資産を州の財政や経済戦略に組み込む動きが活発化している。ミズーリ州では、州の準備資産としてビットコインを保有することを検討する「ビットコイン戦略準備法案」が議会で進展している。
これらの動きは、連邦政府の法定通貨(ドル)に対するインフレヘッジ(物価上昇による資産価値減少への対策)として、ビットコインを「デジタル・ゴールド」と見なす考え方が地方政府レベルまで浸透していることを示している。
インディアナ州のHouse Bill 1042は、こうした全米的なトレンドを法制化した最先端の事例と言えるだろう。
独自分析:州レベルでの「暗号資産の権利」確立の意味

今回のインディアナ州の法案署名は、単なる「投資機会の提供」以上の意味を持つ。特筆すべきは、マイニングや自己管理の権利を「法的な権利」として明文化した点だ。
筆者は、この動きが米国内の他州における法整備の「雛形(テンプレート)」になると分析する。
法的確実性がもたらす経済的メリット
暗号資産関連企業にとって、最大の懸念は「ルールの不透明さ」である。インディアナ州が州法でマイニングや自己管理を保護したことは、事業者に対して強力な安心感を与える。
特にマイニング事業者にとって、地方自治体による恣意的な規制リスクが排除されたことは、長期的な設備投資を行う上での決定打となる。今後、安価な電力を求めるマイナーがインディアナ州へと流入し、州の税収増や雇用創出に寄与する可能性が高い。
つまり、この法案は暗号資産の保護であると同時に、州の経済競争力を高めるための「産業誘致政策」としての側面を併せ持っている。
「貯蓄から投資へ」のデジタル版加速
公的年金に暗号資産が組み込まれることは、一般市民の心理的ハードルを劇的に下げる効果がある。
「州が認めた投資先」というラベルが付与されることで、これまで投機的として敬遠していた層が、長期的な資産形成の一部として暗号資産をポートフォリオに組み込み始めるだろう。
これは、暗号資産が「一部の熱狂的な投資家のもの」から「社会基盤を支える金融資産」へと昇華するプロセスを加速させる。インディアナ州の決断は、全米の年金基金がデジタル資産を標準的なアセットクラスとして受け入れる「終わりの始まり」を告げるものと言える。
この記事のポイント
- インディアナ州知事が、州の退職年金に暗号資産投資オプションの導入を義務付ける法案(HB 1042)に署名した。
- 2027年7月までに、州職員や教職員の年金プランで少なくとも1つの暗号資産オプションが提供される。
- 自己管理(セルフカストディ)やマイニングの権利が州法で保護され、不当な禁止措置が禁じられた。
- 連邦レベルの401(k)アクセス拡大と相まって、退職金市場から数千億ドル規模の資金流入が期待される。
- 州レベルでの法整備は、事業者への法的確実性を提供し、産業誘致や経済活性化の手段として機能し始めている。
出典
- Cointelegraph「Indiana governor signs bill allowing crypto in retirement plans」(2026年3月4日)
- Indiana General Assembly「House Bill 1042」(2026年3月4日)

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
分かりやすい解説で、ブロックチェーン革命の潮流を一般に広めることを目指す。初心者から上級者まで、最新情報を求めるすべての人に役立つ情報発信を心がけている。
