米内国歳入庁(IRS)は、暗号資産(仮想通貨)投資家を対象とした新たな報告制度「Form 1099-DA」の運用を開始した。2025年度の取引データに基づき、2026年の確定申告シーズンから適用される。この新制度により、米国の仮想通貨ブローカーは顧客の取引情報を政府当局へ直接報告することが義務付けられる。
今回の制度変更における最大の懸念は、取引所が報告するデータが「総収入(売却代金)」に限定されている点だ。ビットコイン(BTC)などの取得価格(コストベース)は報告対象に含まれていない。BTC価格が70,676ドル前後で推移するなか、投資家は自ら過去の取得原価を証明しなければ、多額の課税リスクに直面する可能性がある。
本記事では、この新たな税務報告制度が投資家にどのような実務的負担を強いるのか、そしてDeFi(分散型金融)利用者が直面する「フォレンジック会計(遡及的な精査)」の必要性について、専門家の見解を交えて詳述する。
IRSによる新報告制度「Form 1099-DA」の全容

IRSが導入した「Form 1099-DA」は、暗号資産ブローカーが顧客のデジタル資産取引を政府に報告するための専用フォームだ。これまで、仮想通貨の利益申告は投資家の自己申告に大きく依存していたが、この制度により当局は取引の実態をより正確に把握できるようになる。
仮想通貨ブローカーへの報告義務化
対象となる「ブローカー」には、CoinbaseやKrakenといった中央集権型取引所(CEX)が含まれる。これらの企業は、2025年中に発生した顧客の取引データを収集し、2026年初頭までに顧客とIRSの両方にForm 1099-DAを送付しなければならない。これは、伝統的な証券会社が株式売買に対して発行する「Form 1099-B」の仮想通貨版にあたる。
ブローカーとは、第三者のためにデジタル資産の売買を仲介する事業者を指す。この定義には、一部のウォレットプロバイダーや決済処理業者も含まれる可能性がある。投資家は、自分が利用しているサービスがブローカーに該当するかどうかを確認する必要がある。
「総収入(Gross Proceeds)」のみが報告されるリスク
新制度の運用初年度において、最も注意すべき点は報告される情報の範囲だ。取引所は、資産がいくらで売却されたかを示す「総収入」のみを報告する。例えば、ある投資家が1BTCを70,676ドルで売却した場合、IRSには「70,676ドルの収入があった」という事実だけが伝わる。
しかし、税金は「利益(売却価格 - 取得価格)」に対して課される。取得価格(コストベース)の情報がIRSに共有されないため、投資家自身が「そのBTCをいくらで買ったか」を証明しなければ、売却額の全額が利益とみなされ、過大な税金を請求される恐れがある。Coinbaseの税務担当副社長ローレンス・ズラトキン氏は、この情報の不一致が混乱を招くと警鐘を鳴らしている。
投資家を待ち受ける「取得価格」証明の壁

投資家にとって、過去の取得価格を正確に特定する作業は極めて困難だ。特に、複数の取引所や自己管理型ウォレット(ノンカストディアル・ウォレット)を併用している場合、資産の移動履歴が複雑に絡み合うためだ。
コストベース(取得原価)の欠如が招く混乱
コストベースとは、資産を購入した際の価格に手数料などを加えた基準額のことだ。株取引では証券会社がこの計算を代行することが一般的だが、仮想通貨の世界では、異なるプラットフォーム間で資産を移動させると、移動先の取引所は「その資産が元々いくらで購入されたか」を知る術がない。
記事によれば、2025年度の取引については、取引所はIRSに対してコストベースを報告する義務を負っていない。この情報の欠如により、投資家は自身の取引履歴を遡り、手動で計算を行う「フォレンジック会計(法廷会計的な精査)」を強いられることになる。これは、あたかも数年前のレシートをすべて探し出し、家計簿をゼロから作り直すような作業だ。
ウォレット間移動とDeFi取引の複雑性
DeFi(分散型金融)を利用している投資家にとって、状況はさらに深刻だ。DeFiとは、銀行や取引所のような仲介者を通さず、ブロックチェーン上のプログラム(スマートコントラクト)によって直接取引を行う仕組みを指す。Uniswapでのスワップ、Aaveでの貸付、ステーキング報酬の受け取りなど、1日に数百件のトランザクションを発生させるトレーダーも少なくない。
仮想通貨税務ソフト企業CoinTrackerの税務戦略責任者、シェハン・チャンドラセケラ氏は、複数のウォレットや取引所をまたぐ取引を、手動で照合することは実質的に不可能だと指摘している。ネットワーク手数料(ガス代)やステーキング報酬もすべて課税対象となるため、正確な帳簿付けには高度な専門知識と専用ツールが不可欠だ。
専門家が警鐘を鳴らす税務調査と通知のリスク

新制度の導入により、IRSが保有するデータと投資家の申告内容に乖離が生じやすくなる。これがきっかけとなり、税務調査や是正勧告の通知(レター)が急増する可能性が指摘されている。
IRSによる自動照合と不一致への対応
IRSは、Form 1099-DAから得られた総収入データと、投資家が提出する確定申告書(Form 8949)の内容を自動的に照合する。ここで金額に不一致があれば、システムが自動的に警告を発する仕組みだ。ズラトキン氏は、取得価格の情報がないまま総収入だけが報告されることで、多くの投資家に「不一致」を修正するよう求める通知が届く可能性が高いと述べている。
一方で、元IRS職員のマイルズ・フラー氏は、初年度についてはIRSも慎重に動くとの見方を示している。膨大な新データを適切に処理するには時間がかかるため、即座に大規模な税務調査が始まるわけではないという。しかし、データが蓄積される数年後には、過去の不備が遡って追及されるリスクは否定できない。
2026年以降の「カバード・アセット」への移行
この混乱は、2026年以降に段階的に解消される見通しだ。2026年1月1日以降に取得されたデジタル資産は「カバード・アセット(対象資産)」として扱われ、ブローカーは売却価格だけでなく取得価格もIRSに報告することが義務付けられる。つまり、2027年の確定申告からは、現在の株式取引と同じように、取引所から提供される書類だけで申告が完結するようになる。
ただし、それ以前に取得した資産や、外部ウォレットから入金した資産については、引き続き「アンカバード(対象外)」として投資家自身が管理しなければならない。この「カバード」と「アンカバード」の混在が、今後数年間の税務実務における最大の争点となるだろう。
米国の規制強化が市場に与える影響と展望

IRSの監視の目が厳しくなるなか、一部の投資家が規制を逃れるために米国外の取引所やDeFiへ活動拠点を移すのではないかという懸念がある。しかし、専門家の見解は冷静だ。
海外取引所やDeFiへの流出可能性
チャンドラセケラ氏は、新ルールによって投資家の行動が大きく変わることはないと予想している。米国内の取引所は信頼性が高く、規制下にある安心感から、利便性を優先するユーザーが多いからだ。また、DeFiでの匿名取引も、ブロックチェーン分析技術の向上により完全な秘匿は難しくなっている。
グローバルな規制環境の同期
米国の動きは、世界的なトレンドの一部に過ぎない。OECD(経済協力開発機構)が策定した「暗号資産報告枠組み(CARF)」に基づき、欧州やアジアの各国でも同様の報告制度が導入されつつある。フラー氏が指摘するように、規制の波は世界中に広がっており、非居住者向けの海外取引所を利用しても、自動的な情報交換制度によって居住国の税務当局に情報が伝わる仕組みが構築されている。
独自の分析:デジタル資産税制の未来と投資家の生存戦略

今回のIRSによるForm 1099-DA導入は、暗号資産が「特別な資産」から「一般的な金融資産」へと脱皮する過程における、避けて通れない痛みだ。これまでは、取引の透明性の低さが原因で、機関投資家の参入や広範な普及が阻まれてきた側面がある。報告制度の整備は、短期的には投資家に過大な事務負担を強いるが、長期的には市場の健全化と信頼性向上に寄与するだろう。
特に注目すべきは、これまで「無法地帯」と見なされることもあったDeFi取引に対して、当局が明確な管理の意志を示した点だ。これは、DeFiプロトコル自体にKYC(本人確認)や報告機能を組み込む「規制準拠型DeFi」の台頭を加速させる可能性がある。投資家は、もはや「バレなければ良い」という考えを捨て、リアルタイムでの帳簿付けを前提とした運用スタイルに切り替える必要がある。
また、日本の投資家にとっても他人事ではない。日本でも現在、仮想通貨税制の改正(申告分離課税への移行など)が議論されているが、その前提条件として、米国のような正確な取引報告制度の構築が求められる可能性が高い。米国の事例は、将来の日本における税務実務の先行指標となるとの見方が強い。
この記事のポイント
- IRSは2026年の確定申告から、仮想通貨取引の報告制度「Form 1099-DA」を本格運用する。
- 運用初年度は「売却代金(総収入)」のみが報告され、取得価格の情報が欠如するため、投資家自身による証明が必要となる。
- 複数のウォレットやDeFiを利用する投資家は、膨大な取引履歴を精査する「フォレンジック会計」の負担を強いられる。
- 2026年以降は「カバード・アセット」制度により、新規取得分については取引所が取得価格も報告するようになる。
- この規制強化は世界的な潮流であり、透明性の向上は暗号資産が主要な金融資産として認められるための重要なステップである。
出典
- The Block「IRS crypto reporting rules set stage for confusing tax season: Here’s what you need to know」(2026年3月14日)

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
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