ハードウェアウォレット大手Ledgerは10月13日、東南アジアのリセラーであるCryptoBilisが販売した一部のデバイスに、不正なチップが埋め込まれていたことを明らかにした。このチップは初期設定時に画面に表示される24語のリカバリーフレーズを読み取り、モバイル通信網を通じて攻撃者に送信していた。
被害は300以上のウォレットに及び、最大9,320万ドル相当の資産が盗まれた可能性がある。ステーブルコイン発行元のテザーは、盗難に関連する1,000万USDTを凍結した。今回の攻撃はソフトウェアや内部システムの侵害ではなく、物理的にデバイスを改ざんするサプライチェーン攻撃だ。
この記事ではスパイチップの仕組み、被害の広がり、そしてLedgerがユーザーに呼びかける対応策を整理する。ハードウェアウォレットをすでに持っている人も、これから購入する人も、知っておくべきセキュリティリスクである。
スパイチップが復元フレーズを盗む仕組み

ハードウェアウォレットは、秘密鍵をインターネットから隔離して保管するための物理デバイスだ。初期設定の際、ユーザーはバックアップ用に24個の英単語からなるリカバリーフレーズを書き留める。このフレーズはウォレットのマスターキーであり、誰かが入手すればデバイス本体がなくても資産を移動できてしまう。
復元フレーズが狙われる理由
復元フレーズ(リカバリーフレーズ)は、ウォレットの所有権を証明する最も重要な情報だ。暗号資産の秘密鍵を人間が扱いやすい単語の並びに変換したもので、通常12語または24語で構成される。Ledgerは24語を採用している。このフレーズを盗まれれば、攻撃者は別の端末でウォレットを復元し、すべての資産を送金できる。
つまり、復元フレーズの保護はハードウェアウォレットのセキュリティの根幹をなす。デバイス本体が手元にあっても、フレーズが漏れてしまえば資産は守れない。今回の攻撃は、この最も重要な情報を画面から直接読み取るという悪質な手法だった。
チップは画面の内容を読み取り、LTEで送信
Ledgerの調査によると、スパイチップはデバイスの筐体内部に仕込まれていた。ユーザーが初期設定を行い、画面にリカバリーフレーズが表示された瞬間、チップ内のマイクロコントローラーがその文字を認識して解読し、携帯電話の通信規格であるLTEを通じて送信していた。通信にはeSIMが使われており、外部のモバイルネットワークに直接接続する仕組みだった。
この攻撃が特に危険なのは、ソフトウェアの改ざんを一切行わない点だ。Ledgerは公式声明で、スパイチップは秘密鍵を保護するセキュアエレメントやOSを変更しておらず、取引や署名も改変していないと説明した。セキュリティ機能が正常に動作しているように見せかけながら、画面の情報だけを盗むために設計されていた。
セキュアエレメントとは、秘密鍵を隔離して保管するための専用チップで、認証や暗号処理を安全に行うためのものだ。攻撃者はこの部分には触れず、あくまで画面に表示される復元フレーズという、人間が読み取る情報を狙った。デバイスの防御を正面から破るのではなく、迂回する形での攻撃だった。
サプライチェーン攻撃、改ざんはどこで起きたか

Ledgerは今回の事件を、物理的なサプライチェーン攻撃と断定した。サプライチェーン攻撃とは、製品が消費者の手に渡るまでの流通経路のどこかで不正な改変を仕込む手法だ。ソフトウェアの脆弱性を突くのではなく、物理的にデバイスを分解してチップを埋め込み、再梱包するという手間のかかる攻撃である。
リセラーCryptoBilisの販売経路に問題
問題のデバイスは、東南アジアのリセラーであるCryptoBilisを通じて販売されていた。Ledgerによると、10月9日に確認された被害はすべてCryptoBilisが販売したデバイスに関係しているという。同社は現在、どこで改ざんが行われたのか、流通経路のどの段階でチップが埋め込まれたのかを調査している。
Ledgerのパスカル・ゴーティエ最高経営責任者(CEO)は、直接販売とリセラー販売に適用される管理体制を見直していると述べた。また、CryptoBilisはLedger製署名デバイスの販売を停止したことも明らかにした。調査は、誰が改ざんしたのか、あるいは流通経路のどこで起きたのかを特定するために継続中だ。
内部システムやソフトウェアの侵害ではない
Ledgerは公式声明で、今回の攻撃は自社のソフトウェアや内部システムへの侵害ではないと強調した。改ざんされたのはあくまで物理的なデバイスであり、出荷後に第三者が介入した可能性が高い。ハードウェアウォレットのセキュリティモデルは、デバイス自体の完全性が前提となっている。その前提が流通段階で崩されたことになる。
最高技術責任者(CTO)のチャールズ・ギルメ氏は、リセラー管理体制と改ざん防止策を見直しているとし、他の研究機関やベンダーに対し、改ざん検知や流通経路の管理手法について協力を呼びかけた。ハードウェアの真正性をどう保証するかは、業界全体の課題として浮き彫りになっている。
シンガポール空港やドイツにも波及、報告相次ぐ

被害の報告はCryptoBilis以外の経路にも広がりつつある。ビットコイン取引所マウントゴックスの元CEOであるマーク・カルプレス氏は、シンガポール空港で購入したLedger Flexからスパイチップを発見したと主張している。また、ドイツの顧客からも不正チップの報告があり、大手家電量販店のMediaMarkt SaturnがLedgerデバイスの販売を停止した。
マウントゴックス元CEOも被害報告
マーク・カルプレス氏は自身のXアカウントで、シンガポール空港で購入したLedger Flexにスパイチップを発見したと投稿した。同氏は2014年に破綻したビットコイン取引所マウントゴックスの元CEOとして知られる。今回の投稿は本人の主張であり、Ledgerが事実関係を確認したかどうかは明らかになっていない。
それでも、公式チャネルとは別の経路で改ざんされた可能性が示唆されたことで、不安は広がっている。Ledgerはシンガポール空港で購入された製品について調査を進めるとみられる。
ドイツの家電量販店も販売停止
Ledgerは、ドイツの顧客1人からスパイチップの報告を受けたことを受け、大手家電量販店MediaMarkt Saturnが同社デバイスの販売を停止したと発表した。MediaMarkt Saturnはドイツを中心に欧州各国で店舗を展開する大手チェーンである。同社の販売停止は、被害が特定のリセラー経由だけではない可能性を示している。
Ledgerは、少なくとも1台のデバイスに不正チップが埋め込まれていたことを確認済みだ。しかし、その他の場所で購入されたデバイスについては盗難の確認が取れていない。捜査は継続中であり、全容解明には時間がかかる見通しだ。
Ledgerの対応とユーザーが取るべき行動

Ledgerは、CryptoBilisから購入したユーザーに向けて、未使用のデバイスを初期化しないよう呼びかけている。すでに使用した人は、新しいリカバリーフレーズを生成した新しいデバイスに資産を移す必要がある。同社はリセラー管理体制と改ざん防止策を強化する方針だ。
リセラー監査と改ざん検知の強化
LedgerのCEOは、直接販売とリセラー販売に適用される管理策を見直していると述べた。また、CTOは改ざん検知や流通経路の管理手法について、研究機関や他のベンダーとの協業に前向きな姿勢を示した。ハードウェアウォレットの信頼性をどう担保するかは、今後の業界標準に関わるテーマである。
物理的な改ざんを完全に防ぐことは難しい。それでも、販売経路の監査や封印シール、出荷時の真正性確認など、対策を重ねることでリスクを減らせる。今回の事件は、正規品に見えるデバイスにも細工が施される可能性があることを示した。
ユーザーへの注意喚起、未使用なら起動しない
LedgerはCryptoBilisから購入したユーザーに対し、未使用のデバイスを初期化しないよう指示した。初期化しなければ復元フレーズが画面に表示されず、スパイチップに読み取られる可能性が低くなる。すでに使用した人は、新しいデバイスを用意し、新たに生成した復元フレーズでウォレットを復元して資産を移すことが推奨される。
ハードウェアウォレットを購入する際は、公式ストアや信頼できる販売店を利用することが重要だ。特に、開封済みの形跡があるデバイスや、通常より安価で販売されている製品には注意が必要である。デバイスの真正性を確認するためのチェックリストを公式サイトで確認するのも有効だ。
今回の事件は、ハードウェアウォレットが絶対に安全というわけではないことを示した。それでも、適切な流通経路で購入すればリスクを大きく抑えられる。ユーザー自身も、復元フレーズを紙で保管する、他人に見せない、オンラインで保存しないといった基本を徹底する必要がある。
この記事のポイント
- Ledgerは、東南アジアのリセラーCryptoBilis販売分にスパイチップを確認した
- チップは画面の24語のリカバリーフレーズを読み取り、LTEで送信していた
- サプライチェーン攻撃であり、ソフトウェアや内部システムの侵害ではない
- 被害は最大9,320万ドル、300以上のウォレットに及ぶ可能性がある
- ドイツのMediaMarkt Saturnも販売を停止、シンガポール空港での報告も
- ユーザーはCryptoBilis製は初期化せず、使用済みは資産を移す対応が必要

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
分かりやすい解説で、ブロックチェーン革命の潮流を一般に広めることを目指す。初心者から上級者まで、最新情報を求めるすべての人に役立つ情報発信を心がけている。
