米国の伝統的な株式市場とブロックチェーン技術の距離が、かつてないほど縮まろうとしている。トークン化を手掛けるSecuritizeと、巨大な株主管理機関であるComputershareが提携し、米国上場企業がブロックチェーンベースの株式を発行するための道筋を整備した。
対象となるのは、全体で70兆ドル(約1京円)規模に達する米国株式市場だ。両社の取り組みは、既存の市場ルールを維持したまま、投資家にデジタルウォレットで株式を保有するという新たな選択肢を提供するものとなる。
この動きは、伝統的な金融の基幹システムをブロックチェーンに移行させる、これまでで最も大きな試みのひとつだ。単なる実験ではなく、巨大な市場インフラが現実的に動き始めたことを意味している。
提携の背景にある「トークン化株式」の現実解

SecuritizeとComputershareが発表した合意の中核は、上場企業が「イシュアー・スポンサード・トークン(IST)」と呼ばれるトークン化された株式を、既存の株式と並行して発行できるようにする仕組みだ。投資家は従来の証券口座だけでなく、自身のデジタルウォレットで直接株式を保有できるようになる。
RWA(リアルワールドアセット / 現実資産)のトークン化は、もはや暗号資産業界だけのテーマではない。ブラックロックのような巨大資産運用会社が支援するSecuritizeと、S&P500構成銘柄の約58%で株主管理を担うComputershareの組み合わせは、この分野における「現場の巨人」と「技術のパイオニア」の連携といえる。
「派生トークン」ではない直接保有
暗号資産の世界ではこれまで、株式を裏付け資産とするトークンがいくつか登場してきた。しかし、その多くは「原株を誰かが預かり、その預かり証としてトークンを発行する」という派生商品の形をとっていた。この方法では、法的な所有権が曖昧になりやすく、規制上の課題も大きい。
今回のISTはこの問題を根本から解決する。Securitizeのカルロス・ドミンゴCEOはCoinDeskの記事の中で、「ISTは原株の上に成り立つデリバティブ・トークンに依存しない。米国の発行体に対し、トークン形式で直接的な株式所有権を創出する能力を提供するものだ」と説明している。
つまり、トークン自体が法的に「本物の株式」として扱われる仕組みだ。これは、伝統的な金融市場が暗号資産技術を受け入れる上で、長らく立ちはだかっていた法的な壁を取り払う可能性がある。
Computershareの果たす巨大な役割

トークン化の議論では技術面ばかりが注目されがちだが、実際に株式市場を動かしているのは「トランスファーエージェント(株主名簿管理人)」と呼ばれる縁の下の力持ちだ。彼らは企業に代わって株主名簿を管理し、配当金の支払いや株式分割といった重要手続きを取り仕切っている。
Computershareはまさにこの分野の巨人で、世界2万5千社以上の企業を顧客に持ち、S&P500の過半数をカバーする。Computershare北米のイシュアーサービス部門を率いるアン・バウリングCEOは、「我々の焦点は、米国上場企業がコントロールを維持しながらトークン化された株式を発行できるようにすることにある」と述べている。
発行体である企業にとって、自社の株主基盤を正確に把握し、管理できることは極めて重要だ。この新たな枠組みでは、Computershareが従来株とトークン化株の両方で記録管理を一元的に行うため、企業は混乱なくブロックチェーン技術を導入できる。
ブロックチェーンは「縁の下の力持ち」に

このスキームで興味深いのは、ブロックチェーン技術が前面に出てこない設計になっている点だ。Securitizeが基盤技術を提供するが、最近の同様の取り組みと同様に、ブロックチェーン部分は主にバックグラウンドで動作する。
利用者は必ずしもブロックチェーンを意識する必要はない。従来の証券会社を通じて株を売買するのと同様の体験を保ちつつ、決済時間の短縮や自己管理型ウォレットでの保有といった、分散型技術のメリットだけを受け取れる設計を目指している。
これは、暗号資産業界が長年追い求めてきた「マスアダプション(大衆普及)」の一つの完成形ともいえる。技術の存在を意識させずに、その恩恵だけを届ける。このアプローチこそが、70兆ドルという巨大市場の扉を開く鍵になると判断されたのだろう。
投資家にとっての意味と市場構造の変化

個人投資家の視点に立つと、この変化はどのような意味を持つのか。最もわかりやすい変化は、株式の「自己管理」が可能になる点だ。現在、上場株式を購入すると、その記録は証券会社やカストディ銀行に依存している。ISTを選択すれば、暗号資産と同じように、自分で管理するウォレットで株を保有できる。
また、企業側にもメリットがある。トークン化によって株主との直接的な関係を構築しやすくなり、議決権行使のプロセスも合理化できる可能性がある。取引のライフサイクル全体で見た場合、決済の即時化は市場全体の効率性を引き上げる要素だ。
既存のルールを維持する戦略
この取り組みが特に現実的だと評価されるのは、既存の証券規制の枠組みの中で動作するように設計されている点だ。まったく新しい市場や取引所を作るのではなく、今あるルールを守りながら、選択肢としてトークン化株を追加する。
暗号資産に批判的な規制当局との対立を避け、むしろ「今のルールでもここまでできる」という模範を示す。この現実的なアプローチが、S&P500の過半を占める大企業の支持を得た要因とみられる。
今後の展望と潜在的なインパクト

SecuritizeとComputershareの提携がもたらす最大のインパクトは、パイロットプログラムの成功如何で、雪だるま式に導入企業が増える可能性があることだ。ComputershareがS&P500の58%をカバーしているという事実は、理論上、米国を代表する大企業の多くが比較的短期間でトークン化株を導入できることを意味する。
一方で課題もある。投資家のリテラシー、ウォレット管理のセキュリティ問題、税務処理の複雑さなど、解決すべき問題は多い。とはいえ、「できない理由」を探す段階から、「どうやればできるか」を実行する段階に移行したこと自体が、2026年のブロックチェーン業界における一つの到達点といえるだろう。
この記事のポイント
- SecuritizeとComputershareが提携し、米国上場企業がトークン化株式「IST」を発行可能に
- ComputershareはS&P500の58%で株主管理を担う巨大企業であり、導入が加速する可能性
- ISTはデリバティブではなく、法的に直接的な株式所有権をトークン形式で付与する設計
- 既存の証券規制の枠内で動作し、企業が株主基盤のコントロールを維持できる現実的な解
- 投資家は従来の口座に加え、自己管理ウォレットで株式を保有する選択肢を得る

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
分かりやすい解説で、ブロックチェーン革命の潮流を一般に広めることを目指す。初心者から上級者まで、最新情報を求めるすべての人に役立つ情報発信を心がけている。
