英国でポンド建てステーブルコインの将来を巡り、政府内で深刻な路線対立が表面化した。英国議会の貴族院委員会は6月3日に公表した報告書で、イングランド銀行(BoE)が計画する厳格な規制枠組みが「ポンド建てステーブルコインを市場から消し去る」と強い懸念を示している。
Cointelegraphの報道によれば、貴族院は規制の大枠そのものには賛同しつつも、過度に厳しい準備金ルールと利子支払いの一律禁止が英国発のステーブルコイン事業を「ビジネスとして成り立たなくする」と警告した。
この議論の核心にあるのは「保護と競争力のバランス」だ。消費者保護を追求するあまりイノベーションを窒息させれば、英国は暗号資産の国際競争から完全に脱落しかねない。この記事では貴族院の警告内容を整理し、米国のGENIUS法との比較を交えながら、規制と市場育成のジレンマを読み解く。
貴族院が指摘した「規制による間接的な抹殺」シナリオ

貴族院委員会が最大の懸念材料として挙げたのは、イングランド銀行が提案する「二重規制」の枠組みだ。この仕組みでは、決済に特化したステーブルコインの発行事業者は、金融行動監視機構(FCA)とBoEの両方から監督を受けることになる。
報告書はステーブルコインの本質を「投資商品」ではなく「高速かつ低コストの決済手段」と明確に定義した上で、現行案のままではポンド建てステーブルコインが国内外の決済市場で太刀打ちできなくなると分析している。
利子禁止と準備金ルールが事業採算を直撃
具体的に問題視されているのは二つの柱だ。第一に、ステーブルコイン発行者が顧客に対して利子や報酬を支払うことを一律に禁止する案である。これは準備金から得られる運用益を事業者だけが享受し、利用者には何も還元されない構図を生む。
第二に、極めて保守的な準備金の保有義務だ。BoEは発行額と同額かそれに近い流動性資産の保有を求めるとみられている。この二つが組み合わさると、事業者は高いコストを負いながら収益化の手段を奪われることになる。貴族院はこれが「英国発行トークンのビジネスとしての存続可能性」そのものを脅かすと断じた。
カード報酬型インセンティブの行方も不透明
議論をさらに複雑にしているのが、現行案ではクレジットカードのようなポイント還元やキャッシュバック型のインセンティブを認めるかどうかがまったく明確になっていない点だ。
貴族院はこの「グレーゾーン」を放置したまま規制を施行すれば、事業者は法務リスクを恐れて英国市場への参入をためらうと指摘する。結果として、消費者は利便性の高い選択肢を奪われ、結局は規制のない海外のステーブルコインに資金が流出する構図が出来上がる。
数か月に及んだ証言で浮き彫りになった業界と学者の深い亀裂

今回の報告書は単なる机上空論ではない。貴族院委員会は数か月にわたって業界関係者や学識経験者から証言を集めてきた。その過程では、Coinbaseなどの主要事業者に対する厳しい追及も行われている。
Cointelegraphの過去報道によると、委員会は「ステーブルコインは暗号資産への単なる入出金手段を超えられるのか」という本質的な問いを投げかけ、金融安定性や銀行資金調達への影響、消費者保護の実効性について鋭く切り込んだ。
米GENIUS法を巡る評価が真っ二つに割れた背景
証言過程で最も意見が割れたのが、米国で議論が進むGENIUS法の評価だった。この法律は銀行免許を持たないノンバンクのステーブルコイン発行者にも連邦レベルでのライセンス取得を認める内容を含んでいる。
賛成派は「イノベーションの促進に不可欠」と評価し、反対派は「金融システムに新たな脆弱性を持ち込む」と警戒する。この深い亀裂は、ステーブルコイン規制が単なる技術論ではなく、金融秩序の根幹に関わるイデオロギー対立を含んでいることを示している。
英国が目指すべきは「警察」ではなく「育成」の視点

貴族院の報告書で一貫しているのは、規制当局は取り締まり役に徹するのではなく、ポンド建てステーブルコインという新産業を育てる視点を持つべきだという主張だ。
報告書は「ステーブルコイン市場の拡大が新たな違法活動の温床になってはならない」と断りつつも、英国の目指すべき方向性は「警察活動」ではなく「育成」だと強調した。言葉を選びながらも、BoEの現在の姿勢が後者に傾きすぎているという痛烈な批判である。
財務省・BoE・FCAに突きつけた3つの具体的要請
報告書は抽象論で終わらず、具体的な行動を三つ要求している。
- 財務省、BoE、FCAは既存の規制整備スケジュールから逸脱せず、予定通りの履行を徹底すること
- システム上重要な発行者に対する二重規制が実務上どのように機能するのか、所管の線引きを明確化すること
- 保有上限額や準備金要件などの規制措置を再調整し、ポンド建てステーブルコインが「英国の他の決済手段と伍して競争できる」水準に緩和すること
最後の点が最も重要だ。貴族院は「規制によって競争力を奪われ、結果として誰も使わないポンド建てステーブルコインが誕生する」という最悪のシナリオを防ごうとしている。規制の目的は消費者保護であって、産業の窒息ではないという原則を改めて突きつけた格好だ。
英国が直面する規制のジレンマと日本への示唆

今回の貴族院報告書が示した構図は、日本を含む暗号資産規制の先進国すべてに共通する普遍的な課題を浮き彫りにしている。
消費者保護と市場育成はしばしばトレードオフの関係にある。過度に厳格な規制は事業者の海外流出を招き、結果的に国内消費者の選択肢を狭める。一方で規制が緩すぎれば、利用者が不正や破綻のリスクに晒される。
英国の事例で注目すべきは、議会が規制当局に対して公の場で「やりすぎだ」と歯止めをかけた点だ。日本では金融庁が暗号資産交換業者を厳格に監督する一方、ステーブルコインに関しては2023年の資金決済法改正で銀行や信託会社に発行を限定するなど、英国以上に保守的な枠組みを取っている。
Cointelegraphの報道によれば、貴族院は「規制期間を定めたスケジュールを守れ」とも求めている。これは規制の不確実性が長期化すること自体が最大のビジネスリスクだという認識に基づく。日本でもステーブルコイン関連の政省令やガイドラインの整備が進む中、スピード感の重要性は同様に当てはまる論点だ。
この記事のポイント
- 英国貴族院がBoEの過剰規制でポンド建てステーブルコインが競争力を失い消滅する可能性を警告した
- 利子支払いの一律禁止と過度な準備金要件が事業採算を直撃し、利用者にもメリットが及ばない構図が問題視されている
- 貴族院は財務省・BoE・FCAに対し、規制スケジュールの厳守と二重規制の明確化、競争力を損なわない水準への再調整を具体的に要求した
- 米GENIUS法のノンバンク発行者容認を巡っては専門家の意見が真っ二つに割れており、規制の方向性を巡る国際的なイデオロギー対立が鮮明になっている
- 消費者保護と市場育成のバランスは日本を含むすべての暗号資産先進国に共通する普遍的課題であり、英国の事例は規制の「やりすぎ」に議会が歯止めをかけた重要な先例となる

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
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