米国で期待されていた包括的な暗号資産(仮想通貨)規制法案の成立が、思わぬ「伏兵」によって足止めを食らっている。その正体は、ステーブルコインの保有者に支払われる「報酬(利回り)」の扱いだ。
この問題は、単なる技術的な調整の域を超え、仮想通貨業界の巨人であるCoinbaseと伝統的な銀行業界、そしてホワイトハウスを巻き込んだ三つ巴の争いに発展している。交渉が長期化すれば、法案そのものが立ち消えになるリスクも浮上してきた。
なぜ「報酬」という一見小さなトピックが、市場全体のルール作りを停滞させているのか。現在の対立構造と、それが投資家や開発者に与える影響を整理していく。
ステーブルコインの「報酬」が法案成立の壁に

現在、米議会で議論されている市場構造法案(Market Structure Bill)は、暗号資産市場に明確なルールを設け、SEC(証券取引委員会)とCFTC(商品先物取引委員会)の管轄権を整理することを目指している。しかし、この巨大な法案の進展を阻んでいるのが、ステーブルコインの利回りに関する条文だ。
暗号資産市場は法案の行方を注視しているが、足元の価格は落ち着いた動きを見せている。ビットコイン(BTC)は約66,400ドル、イーサリアム(ETH)は1,990ドル台、ソラナ(SOL)は82.90ドル付近で取引されている。また、リンク(LINK)は8.53ドル前後で推移しており、規制の不透明感が続く中でも底堅さを維持している状態だ。
「報酬」を巡るドラフト案の波紋
報道によれば、最近議会内で回覧された法案のドラフト(草案)では、ステーブルコインの報酬に対する制限が強化されていた。これが業界内で大きな反発を招いている。元記事の著者によれば、このドラフト案は関係者が期待していたよりも「制限的」な内容だったという。
特にCoinbaseはこの草案に対して懸念を表明し、修正を求めている。これがきっかけとなり、SNS上では「Coinbaseが法案成立を遅らせている」という批判も噴出したが、問題の本質はより根深いところにある。
GENIUS法との整合性
ステーブルコインに関する規制は、すでに2025年7月に成立した「GENIUS法」で一定の枠組みが示されている。この法律では、ステーブルコインの発行体が保有者に対して直接利息を支払うことを禁止している。
しかし、Coinbaseのような第三者プラットフォームが、自社サービスを通じてユーザーに報酬を提供することまでは禁じていない。今回の議論は、この「第三者による報酬提供」にどこまで制限をかけるか、という点に焦点が当たっている。つまり、法律の「抜け穴」を塞ぎたい側と、ビジネスの自由を守りたい側の攻防だ。
Coinbaseと銀行業界が対立する背景

この対立の裏には、暗号資産業界と伝統的な金融機関による「預金の奪い合い」という構図がある。銀行業界にとって、ステーブルコインが利回りを生むことは死活問題になりかねない。
銀行が恐れる「預金の流出」
銀行業界のロビイストたちは、ステーブルコインに高い利回りが認められれば、消費者が伝統的な銀行預金を引き出し、ステーブルコインに資金を移すことを危惧している。特に地域銀行(コミュニティ・バンク)にとっては、預金基盤が損なわれることは経営リスクに直結する。
彼らの主張は、ステーブルコインが銀行預金と同じような機能(価値の保存と利回り)を持つのであれば、銀行と同等の厳しい規制を課すべきだ、というものだ。これに対し、仮想通貨企業側は「制限をかけすぎればイノベーションが阻害される」と反論している。
ホワイトハウスの仲裁も空振り
事態を重く見たホワイトハウスは、銀行業界と仮想通貨業界の代表者を集めた会合をこれまでに3回開催している。しかし、双方の主張は平行線をたどったままだ。コイン・センター(Coin Center)のエグゼクティブ・ディレクターであるピーター・ヴァン・ヴァルケンバーグ氏は、ホワイトハウスが「合意に近い」と発表しても、直後に銀行側かCoinbase側が「この案は受け入れられない」と拒絶するサイクルが繰り返されていると指摘している。
この硬直状態は2026年に入っても続いており、1月にはCoinbaseのブライアン・アームストロングCEOが、ステーブルコイン報酬を「殺す」ような条項が含まれているとして、上院銀行委員会での採決直前に支持を撤回する事態も起きている。
停滞の余波を受ける「開発者保護」と他の重要条項

ステーブルコインの報酬問題が解決しないことで、法案に含まれる他の重要な条項までが「道連れ」になるリスクが高まっている。特に、ソフトウェア開発者の法的地位を明確にする条項の行方が懸念されている。
BRCA(ブロックチェーン規制確実性法)への影響
この法案には、BRCA(Blockchain Regulatory Certainty Act)と呼ばれる重要な内容が含まれている。これは、顧客の資産を預からない非カストディアル型の開発者(ウォレットアプリの制作者など)を、送金業者としての規制対象から外すことを明確にするものだ。
もしステーブルコインの議論で法案全体が頓挫すれば、開発者たちが法的な不透明感に晒され続けることになる。コイン・センターの政策ディレクター、ジェイソン・ソメンサット氏によれば、BRCAはこの法案の一部として成立する見込みだが、議論が止まっている現状に苛立ちを隠せない関係者は多い。
委員会採決までのタイムリミット
法案が成立するためには、上院の銀行委員会と農業委員会を通過し、上院本会議での採決に進む必要がある。しかし、委員会での議論が長引けば長引くほど、選挙スケジュールなどの影響で法案が立ち消え(廃案)になる可能性が高まる。
ヴァン・ヴァルケンバーグ氏は、「このまま放置されれば、法案そのものが死んでしまう」と警告している。交渉が長引くほど、法案が日の目を見る確率は下がっていくのが議会の常識だ。
独自分析:金融安定とイノベーションの「負のジレンマ」

今回の対立を俯瞰すると、米国が抱える「金融システムの安定」と「デジタル資産の覇権」という、両立しがたい二つの目標が衝突していることがわかる。これは単なる利害関係の不一致ではなく、構造的なジレンマだ。
銀行業界の懸念は、マクロ経済の視点で見れば合理的だ。ステーブルコインが事実上の「高利回り預金」として機能し始めれば、銀行の資金コストは上昇し、貸出能力が低下する可能性がある。これは金融システム全体の安定性を揺るがしかねない。しかし、その懸念を理由に報酬を全面的に禁止すれば、米国の仮想通貨企業は競争力を失い、資本は規制の緩い海外へと流出するだろう。
つまり、銀行を守ればイノベーションが逃げ、イノベーションを優先すれば銀行が揺らぐという「負のジレンマ」に陥っているのだ。ホワイトハウスの仲裁が難航しているのは、この根本的な矛盾を解決する折衷案が見つかっていないからに他ならない。
解決の鍵は、報酬の「源泉」を明確に区分することにあるのではないか。例えば、国債の利回りを裏付けとする「配当型」と、プラットフォームのマーケティング予算から支払われる「キャンペーン型」で規制の重さを変えるといった柔軟なアプローチが必要だ。現在の「一律制限か、自由か」という二元論的な議論を脱却できない限り、法案の成立は遠のくばかりだろう。
今後の展望:4月後半の「マークアップ」が正念場

議会は現在、2週間の休会に入っているが、水面下での交渉は続いている。今後のスケジュールとして注目されるのが、4月中旬から後半にかけて予定されている「マークアップ(法案修正・採決プロセス)」だ。
Coinbaseによるカウンタープロポーザル
Coinbaseの投資調査部門責任者であるデビッド・ドゥオン氏は、今後3週間以内にステーブルコイン報酬に関する「対案(カウンタープロポーザル)」を提示する計画であることを明かした。顧客保護を維持しつつ、持続可能な報酬プログラムを存続させるための具体的な変更案を、業界を挙げて説明する意向だ。
この対案が銀行業界やホワイトハウスに受け入れられるかどうかが、法案の命運を分ける最大の分岐点になる。Wintermuteの政策・アドボカシー責任者であるロン・ハモンド氏は、4月後半には何らかの進展が見られるだろうとの見方を示している。
銀行ロビーの動向に注目
一方で、これまで比較的静観していた銀行側のロビイストたちが、具体的な条文案に対してどのような反応を示すかも重要だ。彼らが妥協の姿勢を見せない限り、上院での支持を取り付けるのは極めて困難だろう。
投資家としては、4月末までの3週間を「規制の方向性が決まる重要局面」として注視しておく必要がある。もしここで合意に至らなければ、包括的な仮想通貨規制の実現は、次の政権や議会まで持ち越される可能性が高い。
この記事のポイント
- ステーブルコインの「報酬(利回り)」を巡る規制内容が、米仮想通貨法案の最大の足かせとなっている。
- 銀行業界は「預金の流出」を懸念して制限を求め、Coinbaseなどの仮想通貨業界は「イノベーションの阻害」として反発している。
- この対立により、ソフトウェア開発者の保護(BRCA)など、他の重要な規制枠組みの成立も遅れている。
- 4月後半に予定される議会のマークアップに向け、Coinbase側が提示する「対案」が合意の鍵を握る。
出典
- The Block「‘What the hell?’ — Crypto frustration boils over as stablecoin fight stalls bill」(2026年3月27日)

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
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