米FRB理事「安全」、英BOE高官「5年後消える」、ステーブルコインで対立

ドルやポンドの価値に連動するステーブルコインを巡り、米国と英国の中央銀行幹部から真逆の将来予測が飛び出した。米連邦準備制度理事会(FRB)のクリストファー・ウォラー理事は、ドル建てステーブルコインの普及が米国金融政策の国際的な影響力を高めると指摘。一方、イングランド銀行(BOE)のミーガン・グリーン政策立案者は、ステーブルコインの需要はいずれ急速にしぼみ、5年もすれば存在感を失うとの見方を示した。

この対照的な観測は、米国で審議が続く暗号資産市場構造法案の行方や、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を巡る国際競争の熾烈さを浮き彫りにする。本記事では、両者の主張の背景にあるロジックと、それが市場や規制当局に与える含意を紐解く。

ステーブルコインを巡る米英中銀の真っ向対立

ステーブルコインを巡る米英中銀の真っ向対立

発言の舞台となったのは、クロアチア国立銀行が主催する第32回ドゥブロヴニク経済会議。5月末に開かれた「ステーブルコインと金融政策」と題したパネル討論で、FRBのウォラー理事とBOEのグリーン氏がそれぞれ全く異なる未来図を描いた。

両者はともに主要国の金融政策運営に深く関わる人物だ。ウォラー理事はFRBの金融政策決定会合で投票権を持ち、グリーン氏はBOEの金融政策委員会でインフレ制御のかじ取りを担う。そうしたオピニオンリーダーたちが、金融のデジタル化が生んだ新しい決済手段に対して、ここまで評価を二分させたのは意外な展開ともいえる。

米FRBウォラー理事「ステーブルコインは安全な決済手段だ」

米FRBウォラー理事「ステーブルコインは安全な決済手段だ」

ウォラー理事の主張の核は、驚くほどシンプルだ。ステーブルコインを「決済手段」として捉え、既存の銀行システムに競争をもたらす好ましい存在だと評している。

ドル建てステーブルコインが米国の政策リーチを拡大する

ウォラー理事はBloomberg Newsの報道によれば、ドル建てステーブルコインへの依存度を深める国々は、事実上、米国の金融環境を輸入することになると述べた。これは、FRBが政策金利を変更すれば、ステーブルコインの需要や流通を通じて、間接的にそれらの国々の資金調達環境にも影響が及ぶ可能性があるという論理だ。

従来、ドルの影響力は貿易決済や外貨準備の保有比率を通じて拡大してきた。これに対し、個人や企業が日常的に使うデジタル決済のレイヤーまでドルの浸透度が増せば、米国の金融政策の波及経路はさらに太くなる。世界のドル需要を下支えしてきた米国の戦略的な立場は、こうした民間発行のデジタルドルによって補強され得る。ウォラー理事の発言はこうした構造変化への期待をにじませている。

CBDCへの長年の懐疑と決済革新へのシンパシー

ウォラー理事は中央銀行デジタル通貨(CBDC)に対する懐疑論者としても知られている。会議では、多くの中央銀行でCBDCへの熱意が冷めていると指摘した。この見方はBOEのグリーン氏とは対照的だ。

Reutersが伝えた発言の中で、ウォラー理事は「私は常にステーブルコインを単なる決済手段として見てきた。邪悪なものでも危険なものでもない。決済の世界に競争をもたらしているだけだ」と強調した。破壊的イノベーションを許容する、ある意味でシリコンバレー的な発想が垣間見える。

英BOEグリーン氏「5年後に『なぜ議論したのか』となる」

英BOEグリーン氏「5年後に『なぜ議論したのか』となる」

これとは正反対の立場を鮮明にしたのが、BOEのグリーン氏だ。同氏はトークン化預金(既存の銀行預金をブロックチェーン上で表現したもの)の台頭により、近い将来ステーブルコインの必要性自体が薄れると見立てた。

「トークン化預金こそ勝者になる」という予測

グリーン氏はパネルで「私は、トークン化預金が最終的にステーブルコインに取って代わるだろう。5年後には、なぜステーブルコインについて議論していたのか不思議に思うかもしれない」と発言した。つまり、銀行が発行し、既存の預金保険や規制の枠組みの中で運用されるデジタルマネーこそが主流になるとの見方だ。

この背景には、決済の効率化と金融の安定性をどう両立させるかという、英国の規制当局が直面する根源的な問いがある。ステーブルコインの準備資産の質や発行体の信用リスクに常に目を光らせるよりも、最初から規制された銀行のインフラ上でデジタル決済を動かすほうが、リスク管理の観点で合理的だという発想だ。

ウサギとカメとサイ、三者競争のゆくえ

Reutersの報道によれば、グリーン氏はこの競争を「カメ(CBDC)とウサギ(ステーブルコイン)とサイ(トークン化預金)の大競争」にたとえた。機敏に走るウサギと、着実に進むカメ、そして重量感のあるサイ。三者のうちどれか一つが生き残るというよりは、最終的にすべてが併存する公算が大きいとの見解だ。ただし、グリーン氏自身が最も成長を見込むのはサイ、すなわちトークン化預金であると明言した。

この比喩には、各国の規制当局が抱えるジレンマが集約されている。革新を追い風にしつつ、破綻すれば国家の決済機能が麻痺しかねないリスクをどう封じ込めるか。その答えの一つを、銀行という既存の信頼インフラに求めるのが英国流のリアリズムといえるのかもしれない。

銀行ロビーとの綱引きが続く米国ステーブルコイン法制

銀行ロビーとの綱引きが続く米国ステーブルコイン法制

こうした中銀マンの発言は、アカデミックな議論にとどまらない。現実の法整備を直撃している。米国では、ステーブルコインの利回りを認めるか否かを巡る対立が、デジタル資産市場明確化法(CLARITY Act)の成立を妨げている最大の要因の一つだからだ。

CLARITY法案が抱える利回りを巡る深い溝

CLARITY Actは、デジタル資産に包括的な連邦規制枠組みを設ける超党派の法案だ。しかし、上院銀行委員会を5月15日に通過した後も、議会の本会議採決には至っていない。大きな壁となっているのが、ステーブルコイン発行体が準備金から生じる利子をユーザーに還元することを認めるかどうかの条項だ。

銀行業界は強く反発している。無利子の要求払い預金をビジネスモデルの源泉の一つとする銀行にとって、利回り付きのステーブルコインは預金流出を招く直接的な脅威に映る。一方、暗号資産業界やイノベーション推進派は、利用者が準備資産の果実を受け取るのは当然の権利だと主張する。両者の綱引きが法案の審議を遅らせ、成立の見通しを不透明にしている。

中間選挙の年がもたらす時間切れリスク

さらに、2026年は米国で中間選挙が行われる年だ。議員たちは選挙区でのアピールを優先し、複雑な金融規制の立法作業には時間を割きにくくなる。11月の投票日が迫るにつれ、CLARITY Actが成立しないまま会期が終了するリスクは無視できない水準まで高まっている。

重要なのは、この法案が単なる業界ルールではないという点だ。法制化されなければ、ステーブルコイン発行体は連邦レベルでの法的根拠を欠いたまま州ごとの免許で運営を続けることになる。事業者にとっては不確実性が温存され、大手金融機関が本格参入するための法的な土台も整備されない。ウォラー理事のようにステーブルコインを歓迎する声が連邦準備制度の内部から上がっているにもかかわらず、議会の決断だけが追いついていない状態だ。

ルミス上院議員「中国に先を越されるな」、行動を促す

ルミス上院議員「中国に先を越されるな」、行動を促す

こうした停滞に対し、暗号資産推進派として知られるワイオミング州選出のシンシア・ルミス上院議員(共和党)は、強烈な危機感をあらわにしている。

同議員は自身のX投稿で、「米国は1世紀にわたり世界の安定を支えてきたドル中心の金融システムを築いた。CLARITY Actは次の金融システムを築くための法案だ」と述べ、「行動を起こすべき時は今だ。北京が決断を下すよりも前に」と警告を発した。ここには、技術覇権を巡る米中対立の文脈が色濃く投影されている。

技術標準を握る者、次の準備通貨を握る

ルミス議員の懸念は単なる脅迫ではない。中国政府がデジタル人民元(e-CNY)の実証実験を大規模に進め、越境決済の分野で国際標準化を狙っていることは広く知られている。ドル建てステーブルコインの法的基盤が整わなければ、民間事業者はより規制の明確な地域や、国家主導のデジタル通貨圏に流れる可能性がある。技術標準の主導権争いは、そのまま次の世代の準備通貨を決める戦いになり得るのだ。

ウォラー理事の楽観論とグリーン氏の懐疑論は、どちらも正しいのかもしれない。ドル建てステーブルコインの影響力は拡大している。しかし、銀行預金をチェーン上で扱うトークン化預金の利便性が向上すれば、既存のステーブルコインの優位性は相対的に低下する。要は、どれだけ早く法制化によって事業者に確かな土俵を用意できるかどうかだ。そのスピード感の差が、米国と英国、そして中国との競争の結果を分けることになる。

この記事のポイント

  • 米FRBのウォラー理事は、ドル建てステーブルコインの普及が米金融政策の国際的影響力を高めると評価し、CBDCには懐疑的な立場をとった。
  • 英BOEのグリーン氏は、5年以内にトークン化預金がステーブルコインに取って代わると予測し、「カメとウサギとサイ」の競争ではトークン化預金が勝者になると明言した。
  • 米国のCLARITY Actはステーブルコイン利回りを巡る銀行業界との対立により審議が停滞し、中間選挙の年に成立するか不透明な情勢だ。
  • 法制化の遅れは、デジタル準備通貨の技術標準競争で中国に先行を許す地政学的リスクにもつながると指摘されている。
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