米国の複数の規制当局が合同で、ステーブルコイン発行者に利用者の本人確認を義務付ける新たな規則案を公表した。銀行秘密法(BSA)に基づき、規制対象の金融機関と同等レベルの厳格な本人確認が求められる内容だ。
この規則案は、昨年成立したGENIUS法の枠組みのもとで具体的なマネーロンダリング対策の基準を定める動きである。ステーブルコイン業界にとっては、単なる自主規制から強制力を持つ法的義務への大きな転換点となる。
ここでは、提案された規則の中身、施行までのスケジュール、そして同時に進行する他の暗号資産規制との関係を整理する。
規則案の核心、銀行と同等の本人確認を義務化
今回の規則案が最も重視しているのは、ステーブルコインの発行者に対して、既存の銀行と変わらない利用者確認プロセスを導入させることだ。具体的な根拠法として、銀行秘密法(BSA / Bank Secrecy Act)の最低基準が持ち出されている。
銀行秘密法とは、金融機関に対して顧客の本人確認や取引記録の保存、不審な取引の当局への報告を義務付ける米国の法律である。1970年に制定された古い法律だが、これまで銀行や証券会社など伝統的な金融機関を主な対象として運用されてきた。その網に、いよいよステーブルコイン発行者も本格的に組み込まれることになるわけだ。
なぜいま規制強化が動き出したのか
直接のきっかけはGENIUS法である。GENIUS法とは、2025年に米国議会で成立したステーブルコイン規制の枠組み法だ。正式名称は「Guiding and Establishing National Innovation for US Stablecoins Act」といい、ステーブルコインの発行と運営に関する連邦レベルの統一ルールを定めることを目的としている。
このGENIUS法には、マネーロンダリング防止(AML)とテロ資金供与対策(CFT)に関する規定が含まれている。今回の規則案は、その規定を実際の運用に落とし込む「実施規則」の位置づけだ。法律だけでは抽象的だった義務が、ようやく具体的な手順として見えてきた形である。
口座開設に立ちはだかる3つの壁
規則案がステーブルコイン発行者に求める本人確認の要件は、主に次の3つに整理できる。
- 口座を開設しようとする人物の身元を確実に検証すること
- 検証に使った本人確認情報を適切に記録し、保管すること
- その人物がテロリストやテロ組織の関係者でないかどうかを審査すること
これらはいずれも、従来の銀行が新規口座を開設する際に当然のように実施してきた手続きだ。オンラインバンキングが普及した現在では、運転免許証やパスポートの画像アップロードと自撮り写真を組み合わせた「eKYC(電子本人確認)」と呼ばれる仕組みが一般的である。ステーブルコインの発行者にも、こうした電子本人確認の導入が実質的に求められると見られている。
GENIUS法の施行スケジュール、業界に与える準備期間は

GENIUS法の実際の施行タイミングは、2つの条件のうちいずれか早い方と定められている。ひとつは法律の署名から18か月後、もうひとつは連邦当局による実施規則の確定から120日後だ。
今回の規則案は6月16日に連邦官報(Federal Register)へ正式に掲載される予定で、掲載後60日間のパブリックコメント期間に入る。つまり一般市民や業界関係者が意見を提出できる期間が設けられているわけだ。この期間終了後に内容が精査され、最終的な規則として確定する流れになる。
施行までのタイムラインを考えるうえで注目したいのは、業界側の準備負荷である。すでに多くのステーブルコイン発行者は自主的にAML・CFT対策を導入しているが、法的義務として要求される水準に達しているかどうかは慎重な検証が必要になる。
同時並行で進むGENIUS法周辺の規制動向

今回の規則案だけがGENIUS法関連の動きではない。米国では複数の省庁や機関が、それぞれの管轄領域で具体的なルール作りを進めている。
財務省が先行して打ち出したAML要件
米財務省はすでに、GENIUS法の下で違法金融を標的にした独自のAMLおよびCFT要件案を提示している。違法金融とは、制裁対象国への資金移動や、ランサムウェアの身代金支払いなど、明らかに違法な目的で行われる金融取引全般を指す。
財務省の提案と今回の規則案は、いわば車の両輪である。財務省は「どんな取引が違法金融に当たるか」を定義し、合同規制当局は「発行者が顧客をどう確認するか」を定義する。両者が揃って初めて、実効性のある規制体制が完成する構図だ。
FDICの預金保険に関する慎重姿勢
連邦預金保険公社(FDIC)もGENIUS法に関連した見解を示している。FDICは4月に、ステーブルコイン発行者が保有する法人預金に対して保険を提供する場合でも、その保険の保護範囲をステーブルコインの保有者個人にまで拡大すべきではないとの考えを表明した。
これはつまり、発行者の銀行口座が破綻した場合に、FDICの保険金が発行者の経営立て直しには使われても、個々のステーブルコイン保有者には直接支払われない可能性がある、ということだ。ステーブルコインが「デジタルなドル預金」と誤解されている側面に、規制当局が慎重な線引きを行っている様子がうかがえる。
CLARITY法の行方、暗号資産全体の規制はまだ不透明

GENIUS法がステーブルコインに特化した法律であるのに対し、暗号資産市場全体の規制枠組みを整備する法案として期待されているのがCLARITY法(Digital Asset Market Clarity Act)だ。この法案は、証券取引委員会(SEC)や商品先物取引委員会(CFTC)といった金融規制当局の役割分担を明確にし、どの暗号資産が証券に該当し、どれがコモディティに該当するのかを定義することを目指している。
ホワイトハウスや議会の多くは、8月の夏期休会までにCLARITY法を可決できるとの見方を示している。米財務長官も可決への期待を公言している状況だ。しかし民主党側からは、法案を推進する議員や公職者自身が暗号資産を保有していることによる利益相反の懸念が指摘されており、審議が長引く可能性も報じられている。
GENIUS法が比較的スムーズに成立したのに対し、CLARITY法はより広範な政治的駆け引きの渦中にある。ステーブルコインだけに適用されるルールと、暗号資産全体を律するルールでは、関係する業界の数も利害も桁違いだからだ。
この記事のポイント
- 米規制当局がステーブルコイン発行者に対し、銀行並みの本人確認を義務付ける規則案を発表した
- GENIUS法のAML・CFT規定に基づく具体化で、口座開設者の身元確認やテロリスト審査が求められる
- 規則案は60日間のパブリックコメントを経て最終化され、GENIUS法の施行タイマーが動き出す
- 財務省やFDICも別途要件を提示しており、規制環境は重層的に整備されつつある
- 暗号資産全体を対象とするCLARITY法は政治的対立で審議が難航しており、8月までの可決は不透明

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
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