Zcashの開発チームがVisaやMastercardに匹敵する決済規模を実現するための新たなノードソフトウェア「Zakura」をリリースした。
7月15日にバージョン1.0.0が公開されたこのノードは、従来のzcashdクライアントが7月18日にサポート終了を迎えるのに合わせて登場。Zcashのスケーラビリティを根本から変える技術的基盤として位置づけられている。
これは単なるソフトウェア更新ではない。Zcashが抱える根本的なパフォーマンス制約を解消し、プライバシーを保ったままグローバル決済ネットワークとして再出発するための第一歩となる。
Zakuraとは何か、なぜ今必要なのか

ZakuraはZcashブロックチェーンの全履歴を保持し、すべての取引を独立して検証する「フルノード」と呼ばれるソフトウェアだ。Zcash Foundationの既存ノード「Zebra」から分岐(フォーク)して開発された。
特徴的なのは、開発体制が完全に独立している点だ。Zcash Foundationや企業からの資金提供を受けず、ZECの個人寄付のみで運営されている。開発を主導するのは、Zcashのゼロ知識証明を設計した創設メンバーの一人であるSean Bowe氏と、Osmosisの共同創設者で現在Valar Groupを率いるDev Ojha氏の2人だ。
このタイミングでZakuraが緊急に必要とされた背景には、zcashdクライアントの終了がある。7月18日をもってサポートが切れるzcashdは、多くのウォレットや取引所が依存してきた基盤ソフトウェアだ。Zakuraはzcashdとの互換性モードを備えており、既存の統合環境がそのまま動作し続けられるよう設計されている。
Visa級の処理速度をどう実現するか

Zcashの開発チームが掲げる目標は明確だ。VisaやMastercardが処理する毎秒5万件以上のトランザクションを「下限」と位置づけ、それを超える性能を目指している。現状のZcashの暗号技術では、この目標を達成するのに毎秒500メガバイト以上のデータ処理が必要となる。
500メガバイトとはDVD1枚分のデータが約10秒ごとに流れ込む計算だ。プライバシー保護のためにすべての取引にゼロ知識証明という暗号学的な証拠を付ける必要があり、これがデータサイズを肥大化させる根本原因となっている。つまり、プライバシーを保ったままスケールさせるには、この証拠のサイズを劇的に小さくする必要があるというわけだ。
Project Tachyonが挑む証明の圧縮
この問題に取り組むのが、Sean Bowe氏が率いるProject Tachyonだ。ここで使われるのが「再帰的証明」という技術で、数千個の証明を1つにまとめ上げる。簡単にたとえれば、1万人の年齢確認を一人ひとりする代わりに「この1万人全員が20歳以上です」という1枚の証明書で済ませるような発想だ。
この技術によって、ノードが処理すべきコンセンサスデータは毎秒100メガバイトから500メガバイトへと大幅に削減される見込みだ。チームは慎重なエンジニアリングによって実現可能な水準だとしている。
ウォレットのボトルネックを解消するPIR技術
問題はノードだけではない。Zcashのウォレットには別の構造的な制約がある。取引の受取人が隠されているため、ウォレットは「この取引は自分宛てか」を確認するのに、ネットワーク上の全取引をダウンロードして1件ずつ検査しなければならない。この仕様により、現在のウォレットは毎秒1件程度の処理速度が限界だ。
Valar Groupが開発を進めるのが「プライベート情報検索(PIR:Private Information Retrieval)」という技術だ。これはウォレットがサーバーに対して「自分に関係するデータだけをください」と問い合わせできる仕組みで、しかもサーバー側には「どのデータを要求したか」がわからない。言ってみれば、図書館の司書に「私が借りたい本」を知られずに目的の本を手渡してもらうようなものだ。
このPIR技術によって、ウォレット側の処理速度制限が取り除かれ、ネットワーク全体のスループットを飛躍的に高められる可能性がある。
2分で起動、古いデータを削ぎ落とす工夫

高性能を目指す一方で、Zakuraには実用面でも重要な機能が盛り込まれている。「プルーニング」と呼ばれる機能で、ノードが保持する古いブロックチェーンデータを削除し、ディスク使用量を大幅に削減できる。これにより、チームは約11ギガバイトに圧縮した既製コピーを公開している。
新しいノード運用者は、このスナップショットをダウンロードするだけで、約2分でノードを稼働状態にできる。これまでの方法で全履歴を1ブロックずつダウンロードしていた場合と比べ、チームは「680倍高速」と説明している。
さらにZakuraには、高速ブロック伝播のための実験的システムも組み込まれている。これは新しいブロックを0.5秒以内に全ノードへ配信することを目指した仕組みで、高頻度取引に対応するための布石となる。現時点ではデフォルトで無効化されており、慎重にテストが進められている段階だ。
Ironwoodアップグレード、偽造ZECを封じ込める仕組み

Zakuraが対応する次期アップグレード「Ironwood(NU6.3)」は、日本時間7月28日午後9時頃、ブロック高3,428,143でメインネットに導入される予定だ。当初より1週間延期されたもので、Bowe氏は7月10日に「すべての主要組織がこのブロック高にコミットしている」と述べている。取引所やウォレット提供者から準備期間の要請があったためだという。
このアップグレードの核心は「ターンスタイル(回転式改札口)」と呼ばれる仕組みだ。これは何のために導入されるのか。その背景を理解するには、6月に発覚した深刻な脆弱性まで遡る必要がある。
5月29日、Shielded Labsの研究者Taylor Hornby氏が、Zcashの最新プライバシープール「Orchard」の証明回路に欠陥があることを発見した。この「健全性バグ」を悪用すれば、ブロックチェーン上に痕跡を残さず偽造ZECを作り出せることが判明したのだ。この脆弱性はOrchardが導入された2022年5月から存在していた。
開発チームは6月2日までに緊急対応としてOrchardを無効化し、翌3日のハードフォーク「NU6.2」で修正済みの回路を適用して復旧させた。しかしここで根本的な問題が残る。ゼロ知識証明は取引の正当性以外を一切明かさないため、ブロックチェーン上には誰がどれだけ動かしたかの記録が存在しない。過去4年間に偽造ZECが作られたかどうかを誰にも証明できないのだ。
ターンスタイルが供給量の信頼性を回復する
Ironwoodのターンスタイルは、この「証明できない」問題に対する実践的な解決策だ。プライバシープールの出口と入口に制限をかけ、プールから出ていけるZECの総量に上限を設定する。Orchardプールへの新規預入を封鎖すれば、ターンスタイルが唯一の出口となり、内部に留まっている可能性のある偽造コインは出てこられなくなる。
つまり、プール境界での出入りを監視可能にすることで、仮に偽造ZECが存在しても流通市場に出回ることを防ぐ仕組みだ。正規の残高は時間をかけてプールから移行できる一方、不正に作られた可能性のあるコインは内部に封じ込められる。この仕組みによってZEC供給量の信頼性が回復される。
これはZcashにとって極めて重要な転換点だ。プライバシー機能を維持しながら、通貨としての信頼性を取り戻す。この2つを両立させる答えがIronwoodであり、Zakuraはこの新ルールを最初からサポートする初のノードソフトウェアとしてリリースされた。
この記事のポイント
- ZakuraはZcash Foundationから独立した新フルノードで、zcashd終了に合わせてリリースされた
- Project Tachyonによる再帰的証明とValar GroupのPIR技術で、Visa級の毎秒5万件超の処理を目指す
- 約11GBのデータで2分以内にノード起動が可能であり、高速ブロック伝播の実験的機能も搭載する
- 7月28日導入のIronwoodではターンスタイル機構により、2022年から存在した脆弱性に起因する偽造ZECリスクに対処する
- 開発資金は企業や財団ではなくZECの個人寄付で賄われており、独立性の高い体制で運営されている

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
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