イングランド銀行がステーブルコイン規制を緩和へ、個人保有上限見直し

イングランド銀行(英中央銀行)が、ステーブルコインに対する厳格な規制方針の見直しを検討している。同行のサラ・ブリーデン副総裁が2026年5月のイベントで、個人保有上限の緩和に前向きな姿勢を示したのだ。

この動きは、業界団体や発行体候補からの強い反発を受けたものだ。英国が暗号資産の国際競争から取り残されることへの懸念が、規制当局のトーンを変えつつある。世界のステーブルコイン規制が分岐する中、英国がどのような着地点を模索するのか、その行方を追う。

イングランド銀行が方針転換を示唆した背景

イングランド銀行が方針転換を示唆した背景

2026年5月14日、Cointelegraphの報道によれば、イングランド銀行のブリーデン副総裁は「大規模なステーブルコインが決済手段として急速に普及した場合、商業銀行からトークン化された新たなマネーへ預金が突然流出するのを防ぐために上限が必要だ」との従来の主張をトーンダウンさせたとされる。

具体的には、個人が保有できるステーブルコインの金額に上限を設ける規制について、運用面での課題が多いことを認識し始めた形だ。ステーブルコインとは、法定通貨(ここでは英ポンド)と1対1で価値が連動するよう設計された暗号資産である。価格が安定しているため、決済や送金に適しているとされる。

英中央銀行が当初、この上限規制にこだわった理由は明確だ。もし何千万人もの英国民が銀行預金をステーブルコインに一斉に移し替えれば、従来の銀行システムから流動性が急速に失われる。これは住宅ローンや企業融資の原資を預金に依存する銀行のビジネスモデルを根底から揺るがすリスクとなる。

業界が指摘した「運用上の悪夢」とは

業界が指摘した「運用上の悪夢」とは

業界団体や発行体候補は、この個人保有上限規制に対して「運用が極めて煩雑で、複数のプラットフォームにまたがる監視は実質的に不可能だ」と反論してきた。Cointelegraphの記事はフィナンシャル・タイムズ紙の報道を引用し、こうした上限が法人による利用、つまり企業の資金管理や給与支払い、決済といった分野での本格採用を阻害するとの批判があったと伝えている。

わかりやすく言えば、個人がA取引所、Bウォレット、C決済アプリでそれぞれ上限までステーブルコインを保有した場合、規制当局はこれを合算して監視しなければならない。しかし技術的にも制度的にも、こうした「名寄せ」をリアルタイムで行うことは難しい。

さらに法人利用の観点では、多額の支払いを一度に行う企業財務にとって、個人向けと同じ上限を適用されればステーブルコインは実用に耐えない。英国で規制されたステーブルコインが国際的なビジネスシーンで「使えない通貨」と見なされるリスクを、業界はかねてより警告していた。

ブリーデン副総裁は「最も慎重な声」だった

ブリーデン副総裁は「最も慎重な声」だった

今回の方針転換が特に注目されるのは、ブリーデン副総裁がイングランド銀行内で最もステーブルコインに慎重な立場をとってきた人物だからだ。Cointelegraphの記事によれば、彼女は2025年11月にも「規制を過度に緩和すれば金融安定が損なわれる」と警告していた。

当時、ブリーデン副総裁はステーブルコインを「貨幣類似商品」と位置づけ、発行体に対して厳しい流動性要件を課すことを主張した。具体的には、準備金の大部分を英中央銀行に預託させ、残りも英国債のような高品質の流動性証券で保有させるという内容だ。

このような厳格な枠組みに対しては、法律事務所や発行体候補から「利益率が大きく圧迫され、EUや米国と比較して英国での発行が著しく不利になる」との懸念が出ていた。グローバルに事業を展開する企業であれば、規制が緩やかな法域を選ぶのは当然の行動だ。英国内だけで厳しいルールを課せば、ステーブルコイン発行体は米国やEUへと流れてしまう。

2025年11月の「警告」からわずか半年での変化

ブリーデン副総裁が規制緩和への警告を発したのは2025年11月だ。そこから半年も経たない2026年5月に、早くも保有上限の見直しに言及するようになった。このスピード感は、業界からのフィードバックが想像以上に強かったことを物語っている。

また、国際的な規制環境の変化も影響していると考えられる。米国ではステーブルコイン法案の整備が進み、EUではMiCA(暗号資産市場規制)がすでに施行されている。英国だけが突出して厳しい規制を維持すれば、国際的な競争から完全に取り残されるという危機感が、中央銀行内部でも共有され始めたのだろう。

議会の調査と「デジタルポンド」計画への影響

議会の調査と「デジタルポンド」計画への影響

英国では規制の枠組み整備が多方面で進んでいる。2026年1月には英国議会が法定通貨担保型ステーブルコインの監督方法に関する調査を開始した。Cointelegraphの別の記事によれば、この調査ではコインベースやイノベート・ファイナンスといった業界関係者からも意見聴取が行われている。

議会レベルでの検討と並行して、イングランド銀行と財務省は、より広範な暗号資産規制やデジタルポンド(中央銀行デジタル通貨、CBDC)計画と整合する枠組みの策定を続けている。CBDCとは、中央銀行が発行するデジタル形式の法定通貨だ。紙幣や硬貨と同じ価値を持つが、スマートフォンなどで電子的にやり取りできる。

ここで重要なのは、民間発行のステーブルコインと中央銀行発行のCBDCは競合関係にありうるという点だ。もしポンド建てステーブルコインが厳しく規制される一方で、CBDCであるデジタルポンドが優遇されれば、市場からは「公正な競争ではない」との声が上がるだろう。保有上限の緩和論は、民間と公的セクターのバランスをどう取るかという、より大きな課題の一部でもある。

ドル建てへの対抗馬は生まれるか

保有上限や裏付け資産の要件が柔軟化すれば、英ポンド建てのシステム上重要なステーブルコインが、ドル建てのライバルに対する競争相手として台頭する可能性がある。現在、ステーブルコイン市場はテザー(USDT)やUSDCといったドル建てが圧倒的なシェアを占めている。

もし英国が実用的な規制枠組みを提供できれば、クロスボーダー決済や国内の暗号資産市場でポンド建てステーブルコインの存在感が高まる可能性がある。逆に規制が厳しすぎれば、活動はより寛容と見なされる法域に集中したままだ。こうした状況を、英国の政策立案者たちも認識し始めたということだろう。

グローバル規制競争の中での英国の立ち位置

グローバル規制競争の中での英国の立ち位置

ステーブルコインをめぐる国際的な規制アプローチは、大きく分岐している。EUはMiCAのもとで包括的なルールを設け、ライセンスを取得した発行体に域内全域での事業展開を認めている。米国では連邦レベルでの法案審議が進み、州レベルでもニューヨーク州のように先行して枠組みを整備する動きがある。

このような状況下で、英国が突出して厳格な規制を維持することの代償は小さくない。法律事務所や発行体候補が指摘するように、企業は規制コストの低い法域を選ぶ。ロンドンが長年培ってきた国際金融センターとしての地位を、ステーブルコインの分野で自ら手放すことになりかねない。

Cointelegraphが伝えるところによれば、今回のトーンの変化は、英国の政策立案者たちがまだステーブルコインに関する中道的な着地点を模索している段階であることを浮き彫りにしている。規制の厳格さとイノベーションの促進は、常にトレードオフの関係にある。金融安定を守りながら、いかに新技術の恩恵を享受するか。そのバランスを探る作業は、まだ緒に就いたばかりだ。

この記事のポイント

  • イングランド銀行が業界の反発を受け、ステーブルコインの個人保有上限規制の緩和を検討
  • ブリーデン副総裁は従来最も慎重な立場だったが、わずか半年でトーンが変化
  • 業界は複数プラットフォームにまたがる監視の困難さや、法人利用の阻害を指摘していた
  • 厳格な流動性要件に対しては、EUや米国との競争で不利になるとの懸念が根強い
  • 議会調査やCBDC計画と並行し、英国は国際競争力を意識した中道的な規制を模索中
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