イーロン・マスク氏が構想する金融「エブリシング・アプリ(あらゆる機能を持つアプリ)」がいよいよ現実味を帯びてきた。
ソーシャルメディアプラットフォーム「X」の金融サービス部門である「X Money」が、2026年4月にパブリックベータ版の提供を開始する。マスク氏は3月10日、自身のXアカウントでこのスケジュールを明らかにした。
ベータ版では個人間送金(P2P)や預金、利回り付与などの機能が実装される見通しだ。既存の決済大手であるVenmoやCash Appに対抗する姿勢を鮮明にしている。
X Moneyが4月にパブリックベータ開始 主要機能と初期展開

X Moneyは、Xのプラットフォーム内で直接金融取引を完結させるサービスだ。マスク氏は「X Moneyの早期パブリックアクセスを来月開始する」と投稿し、開発が最終段階にあることを示唆した。
初期のベータテスターからの報告によると、ユーザーはアプリ内で直接給与の受け取り(ダイレクトデポジット)を設定できる。さらに、残高に対して利回り(イールド)を得ることも可能だ。イールドとは、銀行の利息のように、資産を預けたり運用したりすることで得られる収益を指す。
ウィリアム・シャトナー氏がベータ版をプロモーション
今回の一般公開に先立ち、著名俳優のウィリアム・シャトナー氏がプロモーションに協力している。マスク氏から招待を受けたシャトナー氏は、チャリティ活動の一環としてベータ版へのアクセス権をオークションに出品した。
オークションの収益は、子供たちを支援する「ハリウッド・チャリティ・ホースショー」に寄付される。1,000ドルの寄付を行った個人は、早期アクセス権を得て実際に決済機能を利用できる仕組みだ。すでに一部のユーザーは、X Moneyを使用してドーナツショップでの支払いや個人間送金を行う様子をSNS上で公開している。
既存の金融アプリとの競合
X Moneyが目指すのは、送金から支払い、資産運用までを一つのアプリで完結させる「スーパーアプリ」の構築だ。これはPayPalやVenmo、あるいはジャック・ドーシー氏が率いるBlock(旧Square)のCash Appが提供するサービスと直接競合する。
マスク氏はかつてPayPalの前身であるX.comを創業した経緯があり、金融分野への再参入は長年の悲願とされる。SNSとしての膨大なユーザーベースを背景に、金融機能を統合することでプラットフォームの粘着性を高める狙いがある。
ドージコイン統合の兆候は見られず 市場の反応と期待

多くの暗号資産(仮想通貨)投資家が注目していたのは、マスク氏が長年支持を表明してきたドージコイン(DOGE)の採用だ。しかし、現時点でのX Moneyのインターフェースや機能説明の中に、DOGEを含む暗号資産の直接的な統合を示す証拠は見当たらない。
マスク氏は過去、自身を「ドージファーザー」と称し、テスラのグッズ販売などでDOGE決済を導入してきた。このため、Xの決済基盤にもDOGEが組み込まれるとの憶測が根強く残っている。
暗号資産市場では、今回のローンチ発表を受けてDOGE価格が反応した。2026年3月10日時点で、DOGEは前日比9.52%上昇し、0.100023ドル付近で取引されている。これは、公式な発表はないものの、将来的な統合を期待する投機的な買いが入ったものとみられる。
「暗号資産統合」の可能性は残されているのか
マスク氏は最近、X Moneyの将来的な機能として「暗号資産の統合」を含む第三者の予測投稿をリポスト(再共有)した。これにはローン(融資)やマネー・マーケット・アカウント(高金利の預金口座)なども含まれていた。
現段階で機能が実装されていない理由として、規制当局への対応が挙げられる。暗号資産を扱うには、従来の法定通貨決済とは異なる高度なコンプライアンス(法令遵守)体制が求められるため、段階的な導入を選択した可能性がある。
スマート・キャッシュタグの拡充
Xはすでに金融関連の機能を一部導入している。その一つが「スマート・キャッシュタグ」だ。これは「$BTC」や「$TSLA」のように、通貨や株式のシンボルの前に「$」を付けて投稿すると、リアルタイムの価格チャートが表示される機能だ。
ユーザーはX上で直接資産の分析を行うことができる。ただし、X自体が証券会社や取引所として機能しているわけではない。Xのプロダクトリードであるニキータ・ビア氏は、現時点でXがユーザーに代わって直接取引を実行することはないと明言している。
基盤構築に向けたライセンス取得とパートナーシップ

X Moneyの展開を支えるのは、着実に進められてきた法的基盤の整備だ。Xの子会社であるX Paymentsは、米国内で金融サービスを提供するために必要な「マネートランスミッターライセンス(資金移動業免許)」を、すでに40以上の州で取得している。
マネートランスミッターライセンスとは、第三者に代わって資金を移動させる業務を行うために必要な許可だ。このライセンスがない限り、法的に送金サービスを提供することはできない。全米での展開には全州での取得が望ましく、Xは着々とその範囲を広げている。
Visaとの提携による即時入金
2025年1月、X Moneyは決済大手Visaとの提携を発表した。これにより、ユーザーはVisaのネットワークを通じて、安全かつ即時にアカウントへ資金を入金(ファンディング)することが可能になった。
既存の銀行システムを介した送金は数日かかることもあるが、Visaのインフラを利用することで、デジタルネイティブなユーザーが求めるスピード感を実現している。この提携は、X Moneyが単なる実験的な試みではなく、既存の金融システムと深く連携した本格的なサービスであることを示している。
「X」ブランドによる金融の再定義
マスク氏がTwitterを買収し「X」へと改称した最大の理由は、金融機能を含む万能アプリへの転換だ。同氏は1999年に創業したX.comにおいて、すでに現在のオンラインバンキングに近い構想を持っていた。
20年以上の時を経て、SNSという強力な伝播力を持つツールを手に入れたことで、その構想が再び動き出した。X Moneyが一般公開されれば、情報の流れと金の流れが同一のプラットフォーム上で融合することになる。
予測市場とステーブルコイン 変わりゆくデジタル金融の潮流

X Moneyが始動する一方で、暗号資産市場全体では「予測市場」や「ステーブルコイン」の役割が再定義されつつある。これらの動向は、将来的にX Moneyが取り込む可能性のある領域だ。
予測市場大手のPolymarket(ポリマーケット)は、Palantir(パランティア)と提携し、スポーツ予測市場における監視システムを開発している。これは市場操作やインサイダー取引を防ぐためのもので、プラットフォームの透明性を高める狙いがある。
ジャック・ドーシー氏のステーブルコイン容認
また、ビットコイン(BTC)至上主義者として知られるBlock社のジャック・ドーシー氏も、顧客の需要に応える形でステーブルコインのサポートを開始した。ステーブルコインとは、米ドルのような法定通貨と価値が連動するように設計された暗号資産のことだ。
ドーシー氏はステーブルコインを「一つの門番(中央集権的な機関)から別の門番へ移るだけだ」と批判しつつも、実用性を重視するユーザーの声には逆らえなかった。BlockのCash Appは、AIアシスタント「Moneybot」を介してステーブルコインの決済フローを構築している。
X Moneyへの影響
これらの競合他社の動きは、X Moneyにとっても無視できない。DOGEのようなボラティリティ(価格変動)の激しい資産を決済に使うのはハードルが高いが、ステーブルコインであれば実用性は飛躍的に高まる。
Xが将来的に暗号資産を統合する場合、純粋なビットコインやドージコインだけでなく、価値の安定したステーブルコインが決済の主軸となる可能性は十分に考えられる。
独自分析:X Moneyが金融業界に与える破壊的インパクト

X Moneyの真の脅威は、既存の銀行や決済アプリが持たない「圧倒的な滞在時間」にある。ユーザーはニュースを確認し、他者と交流するためにXを開く。その流れの中でシームレスに送金や投資が行えるようになれば、金融サービスは「目的」ではなく「付随する機能」へと変化する。
筆者の分析では、現段階でDOGEの統合が見送られているのは、決してマスク氏が関心を失ったからではない。むしろ、金融サービスとしての信頼性を第一に考え、まずは法定通貨ベースの堅牢なインフラを確立することを優先した結果だろう。
一度ライセンスとユーザー基盤が固まれば、プログラム可能な「デジタルマネー」としての暗号資産を導入するのは技術的に容易だ。つまり、4月のローンチは壮大な金融実験の「フェーズ1」に過ぎない。
また、X Moneyが「イールド(利回り)」を強調している点にも注目すべきだ。これは従来の銀行預金よりも高い収益性を提供することで、既存金融からの資金移動を促す強力なインセンティブとなる。Appleがゴールドマン・サックスと提携して提供している貯蓄口座と同様の戦略であり、テック企業が銀行を「土管化(インフラのみの存在にすること)」する動きが加速するだろう。
この記事のポイント
- X Moneyが4月始動:イーロン・マスク氏が率いるXの金融サービスがパブリックベータ版として公開される。
- 主要機能の実装:個人間送金(P2P)、給与の直接預金、残高への利回り付与などが予定されている。
- ドージコイン(DOGE)は未統合:現時点で暗号資産統合の直接的な証拠はないが、将来的な導入の可能性はリポスト等で示唆されている。
- 強固な法的基盤:米国の40以上の州でライセンスを取得済み。Visaとの提携により即時入金も実現している。
- 金融のスーパーアプリ化:SNSと金融が融合することで、既存の銀行や決済アプリのシェアを奪う可能性がある。
出典
- Decrypt「Elon Musk’s X Money App Nears Public Launch, No Sign of Dogecoin」(2026年3月10日)
- Decrypt「Polymarket, Peter Thiel’s Palantir Eye ‘Surveillance Models’ for Sports Prediction Markets」(2026年3月10日)
- Decrypt「Bitcoin Die-Hard Jack Dorsey Doesn’t Like Stablecoins, But Block Will Use Them Anyway」(2026年3月10日)

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
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