暗号資産と伝統的金融の境界線が、またひとつ消えた。ステーブルコイン発行で知られるPaxosが、米証券取引委員会(SEC)から清算・決済機関としての登録承認を取得した。ブロックチェーンを基盤技術とする企業が、この種のライセンスを手にするのは初の事例である。
Paxosが5月29日に発表した内容によれば、子会社のPaxos Securities Settlement Company(PSSC)が1934年証券取引所法に基づく清算機関としてSECに登録された。この承認により、PSSCは適格証券取引の清算・決済サービスを提供できるようになる。
これは単なる1企業の許認可取得ではない。ブロックチェーン技術が金融市場のバックエンド、つまり取引の裏側で動く「配管」部分に本格参入する扉を開く出来事だ。本記事では、この承認の背景にある7年にわたる取り組みと、それが意味する市場構造の変化を解説する。
PSSCとは何か、そしてなぜ「清算機関登録」が重要なのか

まず「清算機関(Clearing Agency)」という聞き慣れない言葉から整理しよう。証券取引では、売り手と買い手が約定した後、実際に証券と代金の受け渡しを行うプロセスが必要だ。この「取引の後始末」を専門に行うのが清算機関である。米国ではDTCC(Depository Trust & Clearing Corporation)が代表格で、株式や債券の取引のほぼすべての決済を担っている。
現在の伝統的な証券決済は、取引日から決済日までに通常1〜2営業日(T+1またはT+2)を要する。このタイムラグには、カウンターパーティリスク(相手方が決済日に支払い不能になるリスク)が潜んでいる。PaxosがSECの無行動保証(no-action relief)のもとで2020年から実施してきたパイロットプログラムでは、ブロックチェーンを使った即日決済(T+0)の実現可能性が示されていた。
つまり、ブロックチェーンを清算・決済の基盤に据えれば、取引完了までの時間を大幅に短縮し、その過程で発生するコストやリスクも圧縮できるというわけだ。PSSCが今回得た正式な登録は、この実験段階を超えて、実際の市場インフラとして稼働するための前提条件にあたる。
「ブロックチェーンネイティブで初」の重み
Paxosは今回の発表で、自社を「ブロックチェーンネイティブ企業として初かつ唯一」のSEC登録清算機関だと位置づけている。金融業界では、既存の金融機関がブロックチェーン技術を部分的に導入する動きは珍しくない。しかし、ブロックチェーンを中核技術として創業した企業が、伝統的な金融規制の枠組みの中で清算機関として認められた事例はこれが初めてだ。
この点について、PaxosのCEO兼共同創業者であるCharles Cascarilla氏は「今回の清算機関登録はSECとの7年にわたる取り組みの成果である」と述べている。さらに「最も重要なのは、これによりパートナー企業が市場とブロックチェーン技術の進化に対応し続けるための、最も包括的なインフラを提供できるようになることだ」と強調した。
「7年」という歳月に注目したい。2019年ごろにSECとの対話を開始したとすると、当時はまだICOブームの余波が続き、暗号資産業界と規制当局の関係は現在以上に緊張していた時期だ。その頃から一貫して対話を続け、最終的に登録承認という形で実を結んだ事実は、規制対応を「後付け」ではなく「前提」として事業を構築してきたPaxosの姿勢を示している。
2020年から続くパイロットの実績とパートナー網

PSSCはSECの無行動保証を受けて、2020年から米国株式の清算・決済パイロットを主要なグローバル金融機関とともに実施してきた。このパイロットでは、ブロックチェーンベースのポストトレード(取引後処理)インフラが、即日決済とコスト削減を通じて効率性をもたらすことが実証されたとPaxosは説明している。
特筆すべきは、Paxosがすでに確立しているパートナー企業の顔ぶれだ。PayPal、Interactive Brokers、Mastercard、Mercado Libreといった名だたる企業と協業してきた実績がある。これらの企業は決済や電子商取引、オンライン証券といった分野で膨大な取引量を抱えており、PSSCの清算・決済サービスが本格稼働すれば、その影響は一部の暗号資産関連取引にとどまらない可能性がある。
またPaxosは複数のステーブルコインも発行している。PayPal USD(PYUSD)やPax Gold(PAXG)などが代表的だ。清算機関としての地位確立は、これらのステーブルコインを単なる「暗号資産」ではなく、証券決済のための決済手段として位置づける道を開く可能性も秘めている。
伝統的資本市場との融合が加速する構造

Paxosは今回の承認について「ブロックチェーン技術と伝統的資本市場が収束を続ける中で、金融市場インフラの重要な要素となる」とコメントしている。この「収束(convergence)」という言葉が示す通り、暗号資産と伝統的金融はもはや別々の世界ではなくなりつつある。
これまでは、暗号資産取引所やDeFiプロトコルが独自の決済システムを構築し、伝統的な清算機関とは異なるレイヤーで取引が完結していた。しかし、PSSCのようなプレイヤーがSECの監督下で清算・決済を担うようになれば、証券トークンやトークン化された伝統的資産の取引が、既存の金融規制の枠組みの中で合法的に処理できるようになる。
この動きは、暗号資産市場が長年直面してきた「規制の不確実性」という課題に対する、ひとつの決着の形でもある。完全な規制回避ではなく、規制と正面から向き合い、適合した上でブロックチェーン技術の利点を発揮する道を示している点で、業界全体にとってのモデルケースとなるだろう。
この記事のポイント
- Paxos傘下のPSSCがSECから清算機関登録を取得。ブロックチェーンネイティブ企業として初の事例
- 2020年からのパイロットで即日決済とコスト削減の効果を実証済み
- PayPalやMastercardなど既存パートナー網を活かした展開が期待される
- ブロックチェーンと伝統的金融市場の「収束」を制度的に裏付ける出来事

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
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