米国居住者のアクセスが法的に禁止されている分散型予測市場「Polymarket」で、米国由来とみられる暗号資産ウォレットが過去1年間に5億7100万ドル(約5710億円)相当の政治関連取引を行っていたことが明らかになった。
オンチェーン分析企業Alliumによる新たなレポートが、米国のトレーダーが香港や欧州のトレーダーを大きく引き離し、世界最大の政治賭博コミュニティを形成している実態を浮き彫りにした。このデータは、単に法の網をかいくぐる個人投資家の存在を示すだけでなく、規制された市場では提供されていない金融商品への強い需要がオフショアに流出するという、規制当局にとっての古典的なジレンマを突きつけている。
米国が政治予測市場で最大の「集客国」に

Alliumのデータによれば、直近12か月でPolymarketの政治カテゴリにおいて取引された想定元本のうち、米国にリンクするウォレットが占めた額は5億7100万ドルに達した。これは、2位の香港(4億2200万ドル)を大きく上回る数字だ。
Polymarketは2020年の設立以来、所在地である米国の規制との緊張関係にさらされてきた。プラットフォームは現在、IPアドレスによるブロックを実施し、米国居住者の公式な利用を禁止している。背景には、商品先物取引委員会(CFTC)との和解や、未登録の予測市場運営に関する法的な制約がある。
IPブロックが機能しない構造的理由

表面上は強固に見えるアクセス制限だが、現実には機能していない。Alliumはレポート内で、その理由を暗号資産特有のインフラ構造にあると分析している。
銀行もブローカーも介在しない「無国籍な取引路」
Polymarketの取引は、裏側でイーサリアムやポリゴンといったパブリックブロックチェーンが決済レールとして動いている。ユーザーはステーブルコインと自己管理型ウォレットさえあれば、銀行口座の審査も、証券会社の承認も経由せずに参加できる。
つまり、銀行に取引を止めるよう命じることも、ブローカーに口座を凍結するよう指示することもできない。さらに、VPN(仮想プライベートネットワーク)で自身のIPアドレスを偽装すれば、フロントエンドの地域制限は容易に突破されてしまう。規制当局にとっては、取引の存在を認識できても、それを止める手段が極めて限られているのだ。
ウォレット分析が暴く「代理指標」としての正体
Alliumが利用したのはIPアドレスではなく、ウォレットのオンチェーン活動履歴に基づく国籍タグ付け技術だ。これにより、VPNでアドレスを偽装しても、取引パターンや関連アドレスとの相互作用から、高い確度で米国居住者に関連するウォレットを識別できる。
もっとも、Alliumが活動国の特定に成功したのは政治カテゴリ全ウォレットの約6%にとどまる。このため、5億7100万ドルという数値は「下限値」であり、実際の米国勢の取引規模はこれよりはるかに大きい可能性があると見られている。
米国勢は戦争と地政学に賭ける

この調査で最も興味深い発見の一つは、「何に賭けているか」という資金の向かう先だ。Polymarketの全ユーザー統計では、選挙関連の取引が政治市場全体の32%を占める一方、米国ウォレットの選挙関連取引はわずか16%にとどまっている。
代わりに米国勢が群がったのは、国際紛争や地政学リスクの市場だった。プラットフォーム全体では36%の地政学カテゴリが、米国ウォレットでは46%に跳ね上がる。海外の戦争や武力衝突の行方に賭ける割合が、選挙に賭ける割合の実に3倍近くに達している計算だ。
「ゼレンスキー大統領はスーツを着るか」にかかった22億円
具体的な金額を見ると、米国ウォレットが最も資金を投じた単一市場は、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領がスーツを着用するかどうかを問う「ノベルティ(新奇性)市場」で、2080万ドル(約20億8000万円)が動いた。また、取引額の大きい上位12市場のうち、5つがイラン戦争に関連する賭けだった。
これらのマーケットは、米国で合法的に運営される取引所には上場されていない種類のものだ。KalshiやPolymarketの米国向けコンプライアンス部門は、経済指標や政策金利、連邦選挙といった比較的ソフトなテーマに限定しており、結果として、より投機性の高い需要はオフショアの非コンプライアンス市場へとすり抜けている。
勝率に「米国優位」はなし、投機性の高さが浮き彫りに

需要があろうとも、米国のトレーダーが相場観で特別な優位性を持っているわけではないことも、今回のデータでわかった。
明確な決着が着いた取引を追跡したところ、「最終的に正しい側に賭けていた割合」は米国ウォレットで81.9%、それ以外の全世界平均が80.3%と、ほぼ差異はない。結果に対するリターンも実質的に同一だった。この差は統計的な誤差の範囲であり、市場を読む力に地域差はほとんど認められなかったということになる。
むしろ特徴的だったのはリスクの取り方だ。たとえば「米国によるイラン侵攻」という市場では、ピーク時に全世界の参加者が26%の確率を織り込んでいたのに対し、米国ウォレット勢は53%ものボリュームを投じていた。確信度は極めて高かったが、それが勝率に結びついていない点は、投機的なバイアスを示唆している。
規制の「見えないコスト」と今後の展望

今回のレポートは、単なる数字の暴露ではなく、パブリックブロックチェーン時代の規制の在り方に再考を迫る内容となっている。
米国の顧客をブロックするという行為は、一見、法の執行を遂行しているように見える。しかし実際には、最大の利用者層を監視の届かないオフショア空間へと追いやり、結果として、その取引活動はオンチェーン上で可視化されているにもかかわらず、CFTCやSECなどの管轄外に置かれるという皮肉な事態を招いている。
市場の需要が地政学リスクに偏っている点も見逃せない。米国の規制は伝統的に、テロリズムや戦争に関連する金融商品が、市場操作やモラルハザードを生むことを警戒してきた。アクセスをブロックすれば防げるという前提が機能不全に陥っている以上、規制当局に残された選択肢は大きく二つだ。一つは、CFTCが足元の規制を緩和または再解釈し、合法市場で類似の商品を提供できるようにする道。もう一つは、ブロックチェーンネットワークのプロトコルレベルでの介入という、より踏み込んだ制限を視野に入れることだ。
後者は技術的にも政治的にも困難が伴う。米国財務省外国資産管理局(OFAC)の制裁リスト運用に近い形でプロトコルやスマートコントラクトの「規制コンプライアンス」を義務付ける試みは、かねてよりcryptoコミュニティから「検閲への道」として強い反発を受けている。分散型アプリケーションの性質上、リスク管理とアクセス制限のバランスは、予測市場に限らず広くDeFi全分野の焦点となる論点なのだ。
結局のところ、Polymarketのデータは、投資家が規制された環境では満たせない需要を抱えていることの証明でもある。その需要が「誰が選挙に勝つか」よりも「次の戦争はどこで起こるか」に偏っているという事実を、規制当局がどう捉えるか。目を背けることも、受け入れることも、現行の枠組みでは簡単な決断にはならないだろう。
この記事のポイント
- Polymarketで米国ウォレットが5億7100万ドルの政治取引を実行、全国家中で最大規模
- IPブロックは暗号資産のインフラ構造上、実効性がほとんどないと指摘されている
- 米国勢の取引の46%は地政学リスク関連で、選挙への関心は世界平均の半分以下
- 勝率には米国勢の優位性は見られず、リスク許容度の高さだけが際立つ結果に
- 規制で抑え込めない需要に対し、当局は市場の取り込みか、さらなる締め付けかの岐路に立つ

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
暗号資産投資、DeFi、NFT、WEB3、メタバースといった最先端分野を深く理解し、「エミリーズ・クリプト・インサイダー」を運営。
分かりやすい解説で、ブロックチェーン革命の潮流を一般に広めることを目指す。初心者から上級者まで、最新情報を求めるすべての人に役立つ情報発信を心がけている。
