韓国警察庁(KNPA)が、捜査過程で押収した暗号資産(仮想通貨)の取り扱いに関する新たな指針を策定したことが明らかになった。この動きは、当局による資産管理の不備や、保管中の資産が流出する事案が発生したことを受けたものだ。新指針では、匿名性の高いプライバシーコインを含むデジタル資産の保管・管理体制を標準化し、捜査の透明性を高める狙いがある。
韓国メディア「Asiae」の報道によれば、警察庁は押収の各段階におけるコンプライアンス要件をまとめた指令案を完成させた。従来の物理的な証拠品とは異なるデジタル資産特有の性質に対応するため、ソフトウェアウォレットの運用や秘密鍵の管理方法が具体化されている。捜査当局は2026年上半期中に、専門的な技術を持つ民間カストディ業者の選定も進める方針だ。
本記事では、韓国警察が直面している課題や新指針の具体的な内容、そして国家機関による暗号資産管理が抱える構造的な問題について、最新の報道を基に解説する。デジタル資産が犯罪捜査の対象となるケースが急増する中、証拠保全と資産価値の維持をいかに両立させるかが焦点となっている。
捜査プロトコルの刷新、プライバシーコインも対象に

韓国警察庁が策定した新指針は、暗号資産を「物理的な証拠」から「デジタルな権利」へと再定義するものだ。警察の広報担当者は地元メディアに対し、捜査のパラダイムが変化していると指摘した。かつて押収品は倉庫に保管されていたが、現在はウォレットアドレスと秘密鍵の管理が不可欠になっているとの認識を示している。
秘密鍵(Private Key)とは、暗号資産の送金や管理を行うためのデジタルな署名鍵であり、銀行口座の暗証番号に相当する。これが第三者に漏洩したり紛失したりすれば、資産を取り戻すことは不可能になる。警察庁の指令案では、捜査員がこれらの鍵を扱う際の厳格な手順を定めている。ビットコイン(BTC)が1BTCあたり74,050ドル付近で推移し、イーサリアム(ETH)も2,311ドル台に達する中、押収資産の市場価値は極めて高くなっており、管理の失敗は国家的な損失に直結する。
匿名通貨(プライバシーコイン)への対応
今回の指針で注目すべき点は、プライバシーコイン(匿名通貨)への対応が含まれていることだ。プライバシーコインとは、Zcash(ZEC)やMonero(XMR)のように、送信者、受信者、取引金額を第三者が追跡できないよう設計された暗号資産を指す。これらはZKP(ゼロ知識証明 / Zero Knowledge Proof)などの技術を用いて、情報を明かさずに取引の正当性だけを証明する仕組みを持つ。
捜査当局にとって、取引履歴が不透明なプライバシーコインの追跡と押収は極めて難易度が高い。新指針では、これらの特殊な資産を扱うための専用ソフトウェアウォレットの管理基準を設けている。つまり、警察が技術的な専門性を高めることで、犯罪者が匿名性を悪用して資産を隠匿することを防ぐ姿勢を鮮明にしている。
民間カストディ業者の選定と予算の壁

警察庁は自庁内での管理に加え、信頼できる民間カストディ業者への委託も計画している。カストディ(Custody)とは、顧客の資産を安全に保管・管理するサービスのことだ。暗号資産においては、ハッキングリスクを最小限に抑える「コールドウォレット(インターネットから隔離された保管場所)」の運用や、複数の承認を必要とする「マルチシグ」などの高度なセキュリティが求められる。
警察庁は2026年上半期中に業者の選定を完了させる予定だ。しかし、この計画はこれまで順調に進んできたわけではない。2025年には3度の入札が行われたが、応募した企業の適格性不足などを理由にすべて失敗に終わっている。専門的な管理能力を持つ企業が、政府の求める厳しい基準と低い予算設定の間で折り合いをつけられなかったことが背景にある。
予算制約とリスクの不均衡
報道によれば、警察が押収資産の管理に割り当てた予算はわずか8,300万ウォン(約5万5,600ドル)にとどまっている。これに対し、過去5年間に警察が押収した暗号資産の総額は、確定判決ベースで545億ウォン(約3,650万ドル)に上る。このうちビットコインが約507億ウォン、イーサリアムが約18億ウォンを占めている。
数千万ドル規模の資産を管理するためのセキュリティコストとしては、現在の予算は極めて過小であるとの指摘がある。管理会社にとっては、数兆ウォン相当の法的責任を負うリスクがある一方で、報酬が極めて低いという「リスクとリターンの不均衡」が生じている。2026年の業者選定において、予算の増額や条件の見直しが行われるかが焦点となる。
背景にある管理不備とフィッシング事件

警察が管理体制の刷新を急ぐ背景には、法執行機関による重大な不祥事がある。2026年1月、光州地方検察庁の定期点検において、保管中だった約320 BTCが消失していることが発覚した。調査の結果、2025年8月の捜査中に、検察の管理体制を突いたフィッシング詐欺によって資産が奪われていたことが判明した。
フィッシングとは、偽のサイトやメールを用いてログイン情報を盗み出す手口だ。国家の捜査機関が、一般利用者と同様のサイバー攻撃によって押収資産を失ったことは、当時の韓国社会に大きな衝撃を与えた。幸いにも、正体不明のハッカーが2026年2月に資産を返却したため、検察はこれらを売却し、約315億9,000万ウォン(約2,150万ドル)を国庫に納めることができた。
捜査機関を狙うサイバー犯罪の脅威
この事件は、押収された資産が「安全な場所」にあるわけではないことを露呈させた。特に北朝鮮を背景に持つとされるハッカー集団などは、取引所だけでなく政府機関のデジタル資産も標的にしている。以下の動画は、暗号資産を狙うサイバー犯罪の巧妙な実態について解説したものだ。
押収資産が多額になればなるほど、管理する捜査員の端末やネットワークが攻撃対象となるリスクは高まる。光州の事例は、個々の捜査員の裁量に任せる管理の限界を示しており、組織的なガバナンスと専門業者への委託が不可欠であるという結論を当局に突きつけた形だ。
独自分析:国家によるデジタル資産管理のパラドックス

韓国警察による今回の指針策定は、法執行機関が直面する「デジタル資産管理のパラドックス」を浮き彫りにしている。国家は法に基づき資産を押収する権利を持つが、その資産を安全に保持するための技術的インフラを自前で維持することが困難であるという矛盾だ。
物理的な証拠品であれば、鍵のかかる倉庫に保管し、出入りを記録すれば保全は完了する。しかし暗号資産の場合、秘密鍵という「情報」そのものが資産であるため、管理者がその情報を知った瞬間に横領や流出のリスクが生じる。これを防ぐには、管理者が鍵の全容を知ることができない「マルチシグ」や「MPC(多者間計算)」といった高度な暗号技術が必要となるが、これらを警察組織が内製化するにはコストと専門人材の両面でハードルが高い。
「仮想資産利用者保護法」との整合性
韓国では2024年7月から「仮想資産利用者保護法」が施行されており、民間取引所に対して顧客資産の厳格な分離保管とカストディの利用を義務付けている。今回、警察庁が民間カストディ業者を選定しようとしている動きは、政府自らが民間セクターに課している基準を、自らの捜査プロセスにも適用しようとする試みだ。つまり、政府も「一利用者」として、暗号資産エコシステムの安全なインフラに依存せざるを得ない状況にある。
今後は、押収された資産の価値変動(ボラティリティ)への対応も課題となるだろう。保管中に価格が急落した場合、被告人が無罪となった際の賠償問題に発展する可能性がある。今回の指針策定は、韓国が暗号資産を単なる「犯罪の道具」としてではなく、適切な管理が必要な「価値ある資産」として正式に認めた重要な一歩だと言える。
この記事のポイント
- 韓国警察庁(KNPA)が押収した暗号資産の管理・保管に関する新指針を策定した。
- 指針には秘密鍵の管理や、匿名性の高いプライバシーコインへの対応基準が含まれている。
- 2026年上半期中に民間カストディ業者の選定を目指すが、過去には予算不足で入札が失敗している。
- 背景には検察庁がフィッシング詐欺により320 BTCを一時紛失した事件があり、管理体制の強化が急務となっていた。
- 警察が扱う押収資産は過去5年間で約3,650万ドルに達しており、国家レベルの資産保全が求められている。
出典
- Cointelegraph「South Korea police draft crypto seizure rules after custody lapses: Report」(2026年3月17日)
- Asiae「[단독]경찰, 가상자산 압수물 관리 지침 마련…외부 수탁업체 선정 추진」(2026年3月17日)

暗号資産とブロックチェーンの可能性を追求するエミリー。
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